33 / 43
33 誘惑
しおりを挟む
ソファに座ったディーンに引き寄せられ、足の間に座らされる。後ろから抱き込まれて、頬や髪を撫でられている。その包まれる感じが愛おしかった。
「竜に神はいない。竜自体が神のようなものだからな。なにせ千年生きる。神の創りあげた世界から外れた生物が竜だ。人の理に添えない竜は別の地へ渡った。以来、大陸とは別の意義の中で暮らしている」
「じゃあ、なぜディーンは僕の身受け候補になれたの?」
そう言うと、ディーンはティアを持ち上げ、向かい合わせに座らせる。足を開いてディーンの太ももにまたがるのは、少し行為の気配を感じて期待する。目の前にあるディーンにその意志は見えず、少し落胆する。でも強い視線がティアを射ているから、ティアはディーンの黒い瞳を見詰める。容姿が日本人に近い。でもよく見ると光彩が縦長で爬虫類を思わせる。
「おまえ、転生者だろ?」
「え?」
思わず食い入るようにディーンを見た。別に悪いことをしている訳でもないし、隠していた訳でもない。言ったところで誰も信じないだろうし、気味悪がられるだけだと思って秘めていた。ただそれだけだ。なのに言い当てられて怯えた。何の意図があって言い出したのか、その先の答えが怖い。
「……どうして?」
震える声でそう言えば、ディーンは優しいキスをくれた。
「竜に神はいないと言ったが、それは竜の存在が神だからだ。全ての竜を統べる白銀の竜がいる。白銀の竜には黒髪黒目の番がいる。白銀の竜は時空を渡る」
「……黒髪、黒目」
それはティアのかつての姿だ。
「白銀の竜には必ず黒竜が護衛の任に就く。本来なら黒竜の番は金髪の焼けた肌を持つ者なのだが、今回はどうやら違うらしい」
ディーンはふっと笑みをつくり、ティアの頬を撫でた。
「僕?」
そう問うと、ディーンは表情を消し、深く口づけて来る。
後頭部を押さえられ、逃げられないようにされ、貪られる。苦しいけど、嬉しい。誰かに必要だと思ってもらえることが、今のティアには何よりも尊い。しかも番だ。番の意味がその特殊な在り方がわかっているのは、ティアが前世の記憶を持っているからだ。それは狼の特性だ。唯一無二の存在。
「おまえから別の匂いがするとイラつくんだが、今日はずいぶん薄い。別のヤツらのことがどうでも良いというのなら、俺と一緒に来ないか?」
「神様が怒るよ」
それはとても魅力的なお誘いだ。でもできない。獣人国がどうなったのかも知らない。ティアが逃げることで大陸にどんな影響が出るのか考えるだけで怖い。
「俺と来る意志はあるんだな?」
「……それは、」
寂しいから逃げたい。誰かの傍にいたい。そう考えた時、浮かぶのは兄とアシュだ。アシュの傍にいた兄を羨んでいた。羨んでいたアシュと一緒にいられる時を過ごし、ときめいた日々。少しでも近づきたい。好きになって欲しい。そう願った日々。それは神子になって崩されてしまい、強制的に関係を持たされてしまったけど、最初の時は違った。
妨害して来た兄を退け、ティアの手を取ってくれた。
兄ではなく、ティアを。
そして初めてをアシュに貰ってもらえたこと、何よりも嬉しいと思った。
……それなのに。
「……好きなヤツがいるのか」
ディーンはティアの曇った表情から読み取ったようだ。
ティアは怒らせてしまったかと思い、ディーンを見たが、そこには悲しみの濃い色がある。
「好き、なのかな。状況が特殊になってしまったから、……意志とは違うところで抱かれなければならないから、この気持ちが寂しいのか、好意なのか、何なのかわからなくなってる」
「なるほど、候補のひとりか」
ディーンが吐き捨てるように言った。ギラリと光る眼が怖い。ディーンは本気でティアを手に入れたいと思っている。そんな表情だった。
「このまま連れ去りたいな、ティア。連れ去って可愛がって、腕の中に閉じ込めておきたい」
「ディーンのこと、好きだよ。でも選ぶ立場にはないんだ。候補者みんなすごい立場の人ばかりだし、それぞれに良いところがある。でも、ディーンが連れて行ってくれた場所が僕の安らぎの場所になってる。だから……傍にいたいと思うのだけど……」
踏ん切りのつかない想いがある。
なぜアシュは態度を変えてしまったのか。
別の候補者に抱かれるティアが嫌だと言うのなら、そう言って欲しい。ティアのせいで獣人国が荒れてしまったというのなら、ティアを罵って欲しい。全てを飲み込み、ティアを見ようともしないアシュよりは、そっちの方がマシだ。感情が見えない方が怖い。
「わかった。待つよ、ティア。だがおまえを受け取るのは俺だ。誰にも奪われたりしない。覚えておけ、ここにな」
ディーンの手がティアの手を取り、ティアの胸を覆う。心。そうディーンは言っている。
ディーンが口笛を吹くと、小竜が庭から飛んで来て、ディーンの腕に止まった。
「名前を付けてやってくれ。漢字の名前にしてやってくれると、白銀の竜の番が喜ぶ」
「漢字? 本当に日本人なんだね。すごい、僕以外にも転生者がいるの。すごい」
「時空を繋げることができる。おまえも、過去が見たいと思うのなら、白銀の竜に頼むと良い」
じっとディーンを見る。それが番になるメリットなのかと思う。
「……いや、違う。おまえが自由を取り戻したら、遊びに来い。その時、紹介してやる」
ディーンに、ディーンの望む答えを返していないのに、ディーンはティアの気持ちを読み取り、今必要な答えを返してくれる。5年をやり過ごす希望。5年後にできるかもしれない、やりたいこと。
「竜に神はいない。竜自体が神のようなものだからな。なにせ千年生きる。神の創りあげた世界から外れた生物が竜だ。人の理に添えない竜は別の地へ渡った。以来、大陸とは別の意義の中で暮らしている」
「じゃあ、なぜディーンは僕の身受け候補になれたの?」
そう言うと、ディーンはティアを持ち上げ、向かい合わせに座らせる。足を開いてディーンの太ももにまたがるのは、少し行為の気配を感じて期待する。目の前にあるディーンにその意志は見えず、少し落胆する。でも強い視線がティアを射ているから、ティアはディーンの黒い瞳を見詰める。容姿が日本人に近い。でもよく見ると光彩が縦長で爬虫類を思わせる。
「おまえ、転生者だろ?」
「え?」
思わず食い入るようにディーンを見た。別に悪いことをしている訳でもないし、隠していた訳でもない。言ったところで誰も信じないだろうし、気味悪がられるだけだと思って秘めていた。ただそれだけだ。なのに言い当てられて怯えた。何の意図があって言い出したのか、その先の答えが怖い。
「……どうして?」
震える声でそう言えば、ディーンは優しいキスをくれた。
「竜に神はいないと言ったが、それは竜の存在が神だからだ。全ての竜を統べる白銀の竜がいる。白銀の竜には黒髪黒目の番がいる。白銀の竜は時空を渡る」
「……黒髪、黒目」
それはティアのかつての姿だ。
「白銀の竜には必ず黒竜が護衛の任に就く。本来なら黒竜の番は金髪の焼けた肌を持つ者なのだが、今回はどうやら違うらしい」
ディーンはふっと笑みをつくり、ティアの頬を撫でた。
「僕?」
そう問うと、ディーンは表情を消し、深く口づけて来る。
後頭部を押さえられ、逃げられないようにされ、貪られる。苦しいけど、嬉しい。誰かに必要だと思ってもらえることが、今のティアには何よりも尊い。しかも番だ。番の意味がその特殊な在り方がわかっているのは、ティアが前世の記憶を持っているからだ。それは狼の特性だ。唯一無二の存在。
「おまえから別の匂いがするとイラつくんだが、今日はずいぶん薄い。別のヤツらのことがどうでも良いというのなら、俺と一緒に来ないか?」
「神様が怒るよ」
それはとても魅力的なお誘いだ。でもできない。獣人国がどうなったのかも知らない。ティアが逃げることで大陸にどんな影響が出るのか考えるだけで怖い。
「俺と来る意志はあるんだな?」
「……それは、」
寂しいから逃げたい。誰かの傍にいたい。そう考えた時、浮かぶのは兄とアシュだ。アシュの傍にいた兄を羨んでいた。羨んでいたアシュと一緒にいられる時を過ごし、ときめいた日々。少しでも近づきたい。好きになって欲しい。そう願った日々。それは神子になって崩されてしまい、強制的に関係を持たされてしまったけど、最初の時は違った。
妨害して来た兄を退け、ティアの手を取ってくれた。
兄ではなく、ティアを。
そして初めてをアシュに貰ってもらえたこと、何よりも嬉しいと思った。
……それなのに。
「……好きなヤツがいるのか」
ディーンはティアの曇った表情から読み取ったようだ。
ティアは怒らせてしまったかと思い、ディーンを見たが、そこには悲しみの濃い色がある。
「好き、なのかな。状況が特殊になってしまったから、……意志とは違うところで抱かれなければならないから、この気持ちが寂しいのか、好意なのか、何なのかわからなくなってる」
「なるほど、候補のひとりか」
ディーンが吐き捨てるように言った。ギラリと光る眼が怖い。ディーンは本気でティアを手に入れたいと思っている。そんな表情だった。
「このまま連れ去りたいな、ティア。連れ去って可愛がって、腕の中に閉じ込めておきたい」
「ディーンのこと、好きだよ。でも選ぶ立場にはないんだ。候補者みんなすごい立場の人ばかりだし、それぞれに良いところがある。でも、ディーンが連れて行ってくれた場所が僕の安らぎの場所になってる。だから……傍にいたいと思うのだけど……」
踏ん切りのつかない想いがある。
なぜアシュは態度を変えてしまったのか。
別の候補者に抱かれるティアが嫌だと言うのなら、そう言って欲しい。ティアのせいで獣人国が荒れてしまったというのなら、ティアを罵って欲しい。全てを飲み込み、ティアを見ようともしないアシュよりは、そっちの方がマシだ。感情が見えない方が怖い。
「わかった。待つよ、ティア。だがおまえを受け取るのは俺だ。誰にも奪われたりしない。覚えておけ、ここにな」
ディーンの手がティアの手を取り、ティアの胸を覆う。心。そうディーンは言っている。
ディーンが口笛を吹くと、小竜が庭から飛んで来て、ディーンの腕に止まった。
「名前を付けてやってくれ。漢字の名前にしてやってくれると、白銀の竜の番が喜ぶ」
「漢字? 本当に日本人なんだね。すごい、僕以外にも転生者がいるの。すごい」
「時空を繋げることができる。おまえも、過去が見たいと思うのなら、白銀の竜に頼むと良い」
じっとディーンを見る。それが番になるメリットなのかと思う。
「……いや、違う。おまえが自由を取り戻したら、遊びに来い。その時、紹介してやる」
ディーンに、ディーンの望む答えを返していないのに、ディーンはティアの気持ちを読み取り、今必要な答えを返してくれる。5年をやり過ごす希望。5年後にできるかもしれない、やりたいこと。
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい
綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?
ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる