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29 レアロス国第3王子シヴァ

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 レアロス国王子シヴァ・レアロスは、ティアと同い年の16歳、成人を迎えたばかりらしい。

 その初伽を神子が務める。

「神子様の方が地位は高いのですが、お相手は王子ですので、ご配慮をお願い致します」

 いつもの部屋の前まで案内した大神官は、ティアが部屋に入る前にそう言って頭を下げた。

 いつもの部屋には豪華な食事、飲み物が運び込まれている。ティアのいる部屋には、身受け候補しか立ち入れない為、侍女は別棟の部屋に待機しているらしい。

 着替えも配膳もまともに出来ない者が王子という立場であろうことは、前世の記憶の方が想像しやすい。

 実際のところは、一応、アシュの配慮で貴族に名を連ねてはいるが、元は庶民だ。王族など見たこともないし、何一つ教育も受けていない。

「なぜ王子の伽を神子が務めるのか」

 疑問が残る。
 絶対何か神様の思惑が絡んでいる。政治的な何か。生出騒動とか継承問題とか。前世の記憶を頼っても、これくらいの考えしかできないが、どこかしっくり来ない気持ちを抱えている。

 だいたい王子が身受け候補なのもおかしな話だ。これから婚姻をして子を成す義務のある王子が元神子を囲ってどうする。……どうせ生きられないから良いということか。

 ドアが開く。
 ソファに座っていたティアは思わず立ち上がった。

 金の髪、深い青の瞳、色白で彫りの深い顔。白いスーツ、英国の王子のような出立ち。

「はじめまして、神子のティアと申します」

 手を差し出して良いのか、良くわからない。貴族の作法すらわからないティアは、ソファから離れ、シヴァの行方を視線で追った。

「レアロス国第3王子シヴァ・レアロスと申します。可愛い神子さん」

 跪き、手を取られ、手の甲にキスされる。

 これは手慣れている。絶対に初伽ではないと直感する。

 立ち上がったシヴァは、ティアの手を引いて、ソファに座った。これは何というか、接待をする女性になった気分だ。

 シヴァの持ったグラスに酒を注ぐ。緑のボトル、赤黒い酒。芳香な香りが届く。

 ゆっくりグラスを回し、色を見て、香りを楽しみ、口にする。

「神託はうまく行っているのかい?」

 シヴァの笑みは作り物のようだ。

「神託は大神官に伝えております。うまく行っているかどうかの判断は王子の方がお詳しいのではありませんか?」

 知るかそんなの、がティアの内心だ。神託を下しても、それが何であったのか報告もない。あった所でどうにもできないから、むしろ知らない方が気楽とさえ思っている。

「王子は望んで身受け候補になられたのですか? お見受けしたところ、伽などとうにお済ませでは?」

「神子とはないよ」

 でしょうけど。
 少しイラつくのは同い年だからだろうか。中身が年上だからだろうか。初伽だと聞いたから、もっとしおらしい純情な青年を想像していたからか。

「幼馴染の婚約者がいる。だから伽は、幼い頃から習って来ているよ」

 シヴァは酒を煽った。
 空いたグラスに酒を注ぐ。

「好きな人がいる、いや、いた、だな。成人したからね、そろそろ婚約者を受け入れろ、ってね」

 ティアはなるほど、と思う。相談相手には神子が適任だ。それに浄化の意味で神子との伽を強要されている。

「好きな人ってどんな人ですか?」

 ティアがそう聞けば、シヴァが驚いた顔をした。

「そこを聞くの? もう終わった話なのに」

「誰にもできない話ではないのですか? 神子は良い話相手になるんじゃないかなって思ってしまっただけです」

 ニッコリ笑って見せると、シヴァは表情を歪めた。

「王子様はお立場がありますから、思い通りには行きませんよね。この世は理不尽なことばかりです」

「同じ学舎で一緒だった。成人を迎えて、あいつは王軍の見習いになった」

 グラスが空く。
 悔しい気持ちが表情にある。
 絶対に結ばれない相手。いずれ成長して階級を上げれば、王子の配下として立つのかもしれない。

「だから僕なのですね」

「全然違う。俺はあいつを抱きたい訳じゃない。ただ側にいたくて……でももう叶わない」

 ティアは悩む。本心は好きにしたら良いと思う。なにせ第3王子だ。王位を継ぐ訳じゃない。いずれ王城を出て領地を治める立場が妥当だろう。けどティアの言葉は神子の言葉だ。神託として受け止められたら困る。

「叶えたら良い」

 言葉にするのを躊躇い、でも言葉にする。シヴァはティアの元に来た。神は何もかもお見通しだ。

「ここに来るみんなが、僕を普通じゃないって言うよ。でも僕が神子だからはっきり言うけど、王子なんて立場、どうにでもなるでしょう? 王族は一夫多妻制。全部手に入れたら良いのに」

「……ひどいな、それ。神子の言葉だとは思えない」

 シヴァが気の抜けた声を出す。
 悪いかよってムスッとしたら、声を出して笑われた。

「シヴァが全部受け止めて、全部幸せにできるくらい、大きな人になれば良いよ。本当は自信、あるんでしょう?」

 神子の身受け候補は、それなりの人物しか選ばれない。神が側に置いても退屈しない者。見目の麗しさもそうだが、これからの活躍も込みだと思う。

「綺麗な聖人君子みたいな顔をして、そんなこと、言っても良いのかい?」

 頬に手を添えられ、距離が近づく。

「シヴァがやる気になって、国が発展するのなら、神子の言葉は神の言葉だよ」

 吐息が唇に掛かる。
 芳醇な濃い香りの舌が絡まり合う。

「神子の言葉を受けたら、実現させて神の言葉とさせなければならないのか。ティアは小悪魔のようだよ」

 手を伸ばし、シヴァの肩を抱けば、ゆっくりとソファに身が沈む。

「初伽だよ、シヴァ、僕もシヴァの伴侶のひとりになるかもっ、あっ……」

 性急な態度も若さゆえだろうか。
 翻弄されれば悔しくて、翻弄してやろうと躍起になる。まるでゲームのようなやり取り。シヴァを好きになれそうだった。
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