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北の要塞
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トリスはクリスロード家の末っ子だ。嫡男は屋敷にいて次期当主としての仕事をしていて、次男と三男は王軍にいる。長女は婚姻に興味がなく、王立図書館で司書をしていて、次女は王妃だ。
トリスは遅くに出来た子で一番近い兄と5歳離れている。兄姉はそれぞれに秀でたものを持っていたし、歳の差のせいでよりそれを見せつけられているようで、トリスはずいぶん捻くれた子に成長した。
捻くれて成長して、我儘に育ったけど、近くにザグがいたおかげで立ち直ることが出来た。その代償は大きいものだったが。
トリスが辺境伯となる覚悟を決める前に、すでにクリスロード家当主により外堀が埋められている。辺境伯の屋敷は改装が進められいるし、辺境伯領にはお披露目も兼ねて、祭りの準備も進められている。
トリスが辺境伯の屋敷に温室があると知った時に、ブルーにその話をしただけで、要塞からトリスへのお祝いが、民間用の温室公園になった。そこには食べられる果物や野菜が植えられ、観賞用と食用とがあり、雪深い北の地の栄養源として活用される計画だ。
さらには温室運営の為に人員が確保されている。それは事務員のハロルドが統率を取っている。以前、人身売買として捕らえられていた者の復帰場所にもなっていた。
トリスが辺境伯となることで、辺境伯と要塞との仲違いがなくなり、お互いに照準を合わせていた砲身が国境へ向いたことで、他国、他領に、より強固な北の国境戦力となったことを知らしめた。
さらにトリスが王妃の弟であるから、王家への忠誠を表立って疑う者もいない。
ザグは軍人の憧れの対象だ。特に平民に人気が高く、貴族には侮られることもあったが、そこをトリスの存在が補うことになり、北の国境の統率が強固となる。
トリスの功績は大きい。でも本人はぽやぽやしている。ザグと一生の約束をしたのだ。その日は眠れなくて、思い出してはキャッキャした。でも要塞内で会うことはできても、愛を語らう場所はなく、ザグとの“はじめて”は未だに訪れていない。要塞のガレージで雄弁なプロポーズを贈ってくれたのに、それがトリスの望むものを満たしてくれるのか、本当の意味で知らないとこの先へは行けないと思っているトリスだ。
ザグは女性を愛していた。要塞へ来てからは娼婦を買っていた。ザグが男性を相手にした話は聞いたことがない。ザグの愛を疑ったことはない。でもそういう意味でというのなら、大いに疑っている。トリスを前にしてやっぱり違いましたと言われたら、トリスは王から賜った辺境伯という地位でさえ捨ててしまうだろう。
トリスの部屋は医療部の中にある。総帥を降りたザグの部屋は戦闘部の中だ。ザグの部屋は戦闘部というだけあって、体格の良い男が集まっている。何れ一緒になることは要塞内では周知されているから、トリスから近づく勇気はない。囃し立てられる恥ずかしさは独特なももがある。
かといってトリスの部屋に呼ぶことはできない。呼べば我慢ができないからだ。
トリスは持て余した体をベッドの上で抱えている。頭の中にあるのは、以前、リリアに使われた道具だ。あれをザグに見つかったのは恥ずかしかったけど、あれでザグが興奮してくれるのなら嬉しい。今切実に欲しい。そう思った時、ドアがノックされた。もう門限は過ぎていて、同じ部でも部屋の出入りが禁止されている時刻だ。よほどこことがない限り、部屋を訪れる者はいない。
トリスの鼓動が速くなる。ベッドを降りてドアまで歩く間のふわふわした感じは、まるで酔っているようだった。
ドアを開ければ待ち望んだ人で、トリス息を飲み、泣きそうになる。
ドアを滑るようにして入って来たザグは、トリスを抱きしめた。
「本気? これって処分対象だよ?」
トリスはギュッとザグに抱きついたままだ。言っていることと態度がまるで違う。いつぶりかと考えた。ガレージで告白されてから7日経っている。その間、すれ違う時に話したり、あとは誰かを交えての打ち合わせだけだった。
「抱きしめたいと思っていたのは俺だけか?」
ザグがギュッとトリスを抱きしめると足が浮いた。トリスはそのまま足をザグの腰に回して肩に手を置いた。欲しいってザグの唇を見つめて。
「ん…」
ザグの厚い唇がトリスの唇に重なる。舌を出せば熱い舌で絡め取られた。
トリスはザグが好きだと思う。好きだと思いながら、思い出すのは汚れた自分のことだ。これが初めてだったら良かったのにと思うと涙が溢れた。
「どうして泣く」
ザグはトリスの唇にチュッと音を出して口付けすると、トリスの流れる涙を舐めた。ベッドに下され、上に覆い被って来る。トリスはザグに観察されている。感情を口にしないと許さないということだろう。
「……嬉しくて」
トリスは流れ続ける涙を手の甲で拭う。そうするとザグが手を取り、じっと見つめる。ヒクヒク喉が鳴るのも見つめられている。涙を流してシーツに落ちるところも。見透かされるのが怖くて視線を逸らせば、頬に口付けされた。
ベッドに押し付けられて口付けを交わす。長い口付けだった。荒い息を吐き、喘ぎ声を混じらせる。下履きの中では雄が立ち上がり、布を押し上げていて、モジモジと膝を擦り合わせているのだけど、ザグはわかっていても取り合わない。これは本心を明かさないトリスへの罰だと思った時、頭の中に映像が浮かんだ。
シルエットしかわからない暗い部屋。頭を痺れさせる甘い香りが充満している。柔らかく手触りの良い高価なソファの上で、今と同じように大きな体にのし掛かられて、嫌というほど口付けられた記憶がある。記憶にはまだベールがかかっていて、何かを話していたのか思い出せない。ただその記憶が養成所を辞めた後、甘い煙草に頼り、夜会で遊んでいた頃のものだとはわかる。
「も、唇が腫れちゃう」
トリスが泣きながら言うと、ザグは唇を離し、ベロっとトリスの唇を舐めた。ザグがイヤらしい。肉食獣に捕食されている獲物の気分になる。背中がゾクゾクして、先走りで下履きを濡らした。それをザグに見られて、小さく笑われ、恥ずかしさに耐えられなくて視線を逸らした。
「……イヤらしい体でごめんなさい」
はじめてだったらきっと、こんなことにはならない。この先の行為に期待があるから、はしたない液を漏らす。はじめてがザグで、ザグに教えられた行為だったら、ザグのせいだと言えるのに。
トリスはザグに背を向けて、泣いた。
トリスは遅くに出来た子で一番近い兄と5歳離れている。兄姉はそれぞれに秀でたものを持っていたし、歳の差のせいでよりそれを見せつけられているようで、トリスはずいぶん捻くれた子に成長した。
捻くれて成長して、我儘に育ったけど、近くにザグがいたおかげで立ち直ることが出来た。その代償は大きいものだったが。
トリスが辺境伯となる覚悟を決める前に、すでにクリスロード家当主により外堀が埋められている。辺境伯の屋敷は改装が進められいるし、辺境伯領にはお披露目も兼ねて、祭りの準備も進められている。
トリスが辺境伯の屋敷に温室があると知った時に、ブルーにその話をしただけで、要塞からトリスへのお祝いが、民間用の温室公園になった。そこには食べられる果物や野菜が植えられ、観賞用と食用とがあり、雪深い北の地の栄養源として活用される計画だ。
さらには温室運営の為に人員が確保されている。それは事務員のハロルドが統率を取っている。以前、人身売買として捕らえられていた者の復帰場所にもなっていた。
トリスが辺境伯となることで、辺境伯と要塞との仲違いがなくなり、お互いに照準を合わせていた砲身が国境へ向いたことで、他国、他領に、より強固な北の国境戦力となったことを知らしめた。
さらにトリスが王妃の弟であるから、王家への忠誠を表立って疑う者もいない。
ザグは軍人の憧れの対象だ。特に平民に人気が高く、貴族には侮られることもあったが、そこをトリスの存在が補うことになり、北の国境の統率が強固となる。
トリスの功績は大きい。でも本人はぽやぽやしている。ザグと一生の約束をしたのだ。その日は眠れなくて、思い出してはキャッキャした。でも要塞内で会うことはできても、愛を語らう場所はなく、ザグとの“はじめて”は未だに訪れていない。要塞のガレージで雄弁なプロポーズを贈ってくれたのに、それがトリスの望むものを満たしてくれるのか、本当の意味で知らないとこの先へは行けないと思っているトリスだ。
ザグは女性を愛していた。要塞へ来てからは娼婦を買っていた。ザグが男性を相手にした話は聞いたことがない。ザグの愛を疑ったことはない。でもそういう意味でというのなら、大いに疑っている。トリスを前にしてやっぱり違いましたと言われたら、トリスは王から賜った辺境伯という地位でさえ捨ててしまうだろう。
トリスの部屋は医療部の中にある。総帥を降りたザグの部屋は戦闘部の中だ。ザグの部屋は戦闘部というだけあって、体格の良い男が集まっている。何れ一緒になることは要塞内では周知されているから、トリスから近づく勇気はない。囃し立てられる恥ずかしさは独特なももがある。
かといってトリスの部屋に呼ぶことはできない。呼べば我慢ができないからだ。
トリスは持て余した体をベッドの上で抱えている。頭の中にあるのは、以前、リリアに使われた道具だ。あれをザグに見つかったのは恥ずかしかったけど、あれでザグが興奮してくれるのなら嬉しい。今切実に欲しい。そう思った時、ドアがノックされた。もう門限は過ぎていて、同じ部でも部屋の出入りが禁止されている時刻だ。よほどこことがない限り、部屋を訪れる者はいない。
トリスの鼓動が速くなる。ベッドを降りてドアまで歩く間のふわふわした感じは、まるで酔っているようだった。
ドアを開ければ待ち望んだ人で、トリス息を飲み、泣きそうになる。
ドアを滑るようにして入って来たザグは、トリスを抱きしめた。
「本気? これって処分対象だよ?」
トリスはギュッとザグに抱きついたままだ。言っていることと態度がまるで違う。いつぶりかと考えた。ガレージで告白されてから7日経っている。その間、すれ違う時に話したり、あとは誰かを交えての打ち合わせだけだった。
「抱きしめたいと思っていたのは俺だけか?」
ザグがギュッとトリスを抱きしめると足が浮いた。トリスはそのまま足をザグの腰に回して肩に手を置いた。欲しいってザグの唇を見つめて。
「ん…」
ザグの厚い唇がトリスの唇に重なる。舌を出せば熱い舌で絡め取られた。
トリスはザグが好きだと思う。好きだと思いながら、思い出すのは汚れた自分のことだ。これが初めてだったら良かったのにと思うと涙が溢れた。
「どうして泣く」
ザグはトリスの唇にチュッと音を出して口付けすると、トリスの流れる涙を舐めた。ベッドに下され、上に覆い被って来る。トリスはザグに観察されている。感情を口にしないと許さないということだろう。
「……嬉しくて」
トリスは流れ続ける涙を手の甲で拭う。そうするとザグが手を取り、じっと見つめる。ヒクヒク喉が鳴るのも見つめられている。涙を流してシーツに落ちるところも。見透かされるのが怖くて視線を逸らせば、頬に口付けされた。
ベッドに押し付けられて口付けを交わす。長い口付けだった。荒い息を吐き、喘ぎ声を混じらせる。下履きの中では雄が立ち上がり、布を押し上げていて、モジモジと膝を擦り合わせているのだけど、ザグはわかっていても取り合わない。これは本心を明かさないトリスへの罰だと思った時、頭の中に映像が浮かんだ。
シルエットしかわからない暗い部屋。頭を痺れさせる甘い香りが充満している。柔らかく手触りの良い高価なソファの上で、今と同じように大きな体にのし掛かられて、嫌というほど口付けられた記憶がある。記憶にはまだベールがかかっていて、何かを話していたのか思い出せない。ただその記憶が養成所を辞めた後、甘い煙草に頼り、夜会で遊んでいた頃のものだとはわかる。
「も、唇が腫れちゃう」
トリスが泣きながら言うと、ザグは唇を離し、ベロっとトリスの唇を舐めた。ザグがイヤらしい。肉食獣に捕食されている獲物の気分になる。背中がゾクゾクして、先走りで下履きを濡らした。それをザグに見られて、小さく笑われ、恥ずかしさに耐えられなくて視線を逸らした。
「……イヤらしい体でごめんなさい」
はじめてだったらきっと、こんなことにはならない。この先の行為に期待があるから、はしたない液を漏らす。はじめてがザグで、ザグに教えられた行為だったら、ザグのせいだと言えるのに。
トリスはザグに背を向けて、泣いた。
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