辺境伯の悪癖と守護者の慈愛

サクラギ

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北の要塞

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 要塞内は性行為禁止だ。ザグに迫られたら許すトリスだけど、それ以前に負傷中で、なんて間の悪いことかと思う。

 それはザグも同じだったようで、総帥を降りて一緒の部屋に住めなくなっていることを悔いていた。

 怪我が落ち着いて病室を出たら、トリスとザグが会えるのは、中央区か廊下のベンチか、表門のガレージくらいで、どこも人の目があった。

 トリスが仕事復帰するまで、ザグと会えなかったトリスは、もしかしたら口付けしたのも夢だったんじゃないかと思ったりした。

 でも違った。トリスが昼食を取るガレージにザグが来た。トリスは嬉しくて、ブルーにも行ってこいと送り出されたから、ザグとガレージ内の物陰に潜んで一緒にお肉のサンドを食べた。食べる前と後に口付けされて、手を握られたりしたから、トリスは舞い上がりっぱなしで、これはもう幸せの最上級なんじゃないかと思った。

「俺が北の辺境伯軍の将軍位に就くと言ったら、トリスは辺境伯を継ぐ気はあるか?」

「え?」

 幸せな時間を噛み締めていたら、ザグが妙な事を言い出した。

「いや、これはもう王とクリスロード伯の策略に落ちる意味もあるんだ。まんまと乗ってやる気はあるか?」

「えっと、それって……どうしよう、俺の考えすぎ? 嘘とかからかってるとかじゃないよね?」

 トリスは混乱している。もうここの所、混乱しっぱなしだ。

「ごめんなトリス、もっと格好良く、綺麗な場所で、婚姻の承諾を得なければいけない事はわかっている。だが時間もないし、ここでは会うのもままならない」

 ザグはトリスの手を握ったまま、ごめんの表現が抱きしめるになっていて、急にザグの胸に顔を押し付けられ、ザグの鼓動の速さを知り、ザグの本気を知った。

「ザグ、それはずっと、一生、一緒にいてくれるっていう約束なんだよね?」

 そっとザグの胸を押して顔を上げて、ザグの目をじっと見つめた。ザグの青い瞳がトリスを見て、甘く崩れた。

「承諾してくれるか? もちろん辺境伯の話は蹴ってくれて構わない。あの地はトリスにとって良い場所ではないからな」

 王とクリスロード伯の策略。それは元々、要塞と北の辺境伯領の仲が悪くて、本来なら連携して北の守りとならなければならないのに、いつ争いが起こっても可笑しくない状況だった。その辺境伯領の将軍に、元要塞総帥のザグが就く。軍の統率はザグだ、言うまでもなく、要塞もザグが相手なら文句は出ない。そこにトリスが辺境伯となる。ザグは裏切らないし、要塞の上層部、職人肌のオヤジ達も、数年でトリスに陥落されている。そこはやはりクリスロード家の者だと言うしかない。人を虜にする魅力を持つのがクリスロード家の特色だ。

「辺境伯を承諾したら、ザグはクリスロードを名乗るの?」

「そうなるだろうな」

 トリスは笑った。以前、ザグとクリスロード家に挨拶に行った時、クリスロード伯がトリスとザグの仲を何とか考えておくと言っていた。その結果がこれなのだろう。トリスの気持ちが筒抜けで、トリスから逃げられないように、ザグはまんまとハメられている。

「ジュリアは?」

 そう聞くとザグは困ったように表情を険しくした。

「トリスに怪我を負わせた。それはクリスロード家を敵に回した事と同じだ。領地を奪われても仕方がない」

「クリスロード家の領地になったの?」

「そうだ。だから兄弟の誰かが辺境伯にならなければならないが、トリスの兄達は、王軍の大事な戦力だからな、体の弱いトリスが行けば良いとなったらしい」

 ザグの説明を聞けば、これは決定事項だ。しかも王の許しが出た後のお伺いということになる。断れる訳がない。トリスは大きく深呼吸した。

「わかった。努力する。でもザグも覚悟を決めてね? もう娼館に行くのも嫌だよ? 軍人の嗜みも許さないけど大丈夫? 俺だけを可愛がってくれないと嫌だよ?」

 そう言ってザグを見つめると、珍しくザグが顔を赤くした。はあっとため息を吐く。

「ここは要塞内で抱けないんだ。俺を煽るような事は言わないでくれ。本気だ、トリス、本気でおまえに婚姻の承諾を願っている。この先、命尽きるまで、この腕でトリスを守ると誓う。一生を共にして、喜びも悲しみも分かち合うと誓う。どうか俺の願いを叶えてくれ」

 トリスの両手を取り、地面に片膝を付いたザグは、額にトリスの両手の甲を当ててから、想いを秘めた眼差しでトリスを見た。トリスの気持ちを探るように瞳を揺らし、願いを語る。深い思いを込めて手の甲に口付けをした。

 トリスは静かに泣いた。ザグを好きだと思う気持ちに封印をして、ザグの幸せを祝福しようと思っていた。それなのにザグはトリスを選んでくれた。嬉しくて、もうこれ以上の幸せはないと思っていたのに、それよりももっと幸せだ。

「嬉しいです。ザグと一緒に、ずっと一緒に……ありがとうザグ、嬉しい」

 ザグの手を引き寄せて、ザグの手の甲に口付ける。自然に引き合って、口付けを交わす。抱きしめ合って、喜びを分かち合った。
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