辺境伯の悪癖と守護者の慈愛

サクラギ

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北の要塞

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 もう馴染みになった医療部屋にお世話になっている。軽く打っただけだと思っていた脇腹だけど、ヒビが入っていると言われて、固定されて包帯を巻かれた。手の甲もヒビは入っているらしく、ここも包帯が巻かれている。頬と肩は火傷を負っていて、でも傷が残るほどではないらしい。

「ごめん」

 ドルフが何度も謝って来て、来る度にお菓子を持って来る。

「もう良いって、仕事だろ? だいたい予想して着いて行ったんだし、ザグを連れて来てくれて助かった。だからもうお菓子もいらないよ」

 ドルフは何度も会いに来てくれるのに、ザグは一度も来てくれない。ザグの行動をお詫びだと言ってドルフが教えてくれるから、ザグが辺境伯の所も娼館にも行っていないのは知っている。ずっと戦闘部の訓練場で訓練に参加しているらしい。あとは走ったり、剣の素振りをしたりしているそうだ。

「トリスはいつも怪我してるよね」

 グラハムが最新の道具と言って乗り物を持って来た。Tの形の掴む所があってボートの上に足を揃えて乗る。重心の位置によって前後して、前に傾ける角度で速度が上がる。

「良いけど、転んだら怪我が酷くなりそう」

 そう言うとグラハムは笑った。

「ザグさまに担いで運んでもらったら良いよ」

「そうだね。でも訓練が忙しいみたいだよ」

 グラハムの軽口にそう言い返すと、グラハムは顎に指を置いてうーんと考えた。

「えーっと、ザグさまだったら、さっき病室の前にいたよ? っていうかぁ、良く来てるの見かけるよ? 会ってないの?」

「え? うん、ここには来てないから」

 困惑してそう言うと、グラハムは笑った。

「ザグさまって可愛いね。気まずいんだよきっと。トリスったら髪切って可愛らしくなったし。満身創痍で庇護欲唆るもん」

 グラハムの意見は良くわからない。でもザグが来てくれていたのなら嬉しい。もう会いたくないと思われているのだと思ったら辛かった。今度こそ友人に対する好きで我慢する。もう二度と抱かれたいと思わない。次にザグが好きな人を紹介して来たら、絶対に祝福する。ジュリア以外だったら誰でも歓迎だ。

「じゃあね、これ使ってね」

 病室の一角に乗り物を置いて、グラハムが部屋を出て行ったら、ザグが入って来た。お菓子を持って来ていて、枕元の棚にお菓子がいっぱいあるのを見て困っている。大きい体を縮めて申し訳なさそうな態度だ。

「すまなかったトリス、この通りだ」

 深々と頭を下げられ、お菓子を差し出された。

「別にザグは悪くないよ。俺が勝手に着いて行っただけだし。今度は間に合ったよ、ザグ。迎えに来てくれて嬉しかった」

 3日来ないかと思った。また栄養失調で倒れて、苦しい思いをするのかと怖かった。

「いや、俺のせいだ」

「ううん、俺のせい……っていうか、ガイアのせいだ。ガイアのことが伝わっていたから、怒らせてしまった。もうどうしようもないよ。避けられなかった」

 自分の夫となった男が、男を監禁して凌辱していた。トリスに罪はないと思いたいが、トリスはあの時、ガイアが好きだった。そういう気持ちがあった部分で後ろめたく思っている。

「違う」

 ザグがベッドに座った。苦しくて重い空気がある。謝罪以外に何があるのかと、トリスは聞くのが怖くなった。

「なに? やめてよザグ、体痛いし、疲れたし、重い話は……怖いな」

「俺がジュリアとは婚姻できないと言ったからだ。しかもクリスロード家の申し出も断った。ジュリアはそれをトリスが反対したせいだと思い込んだようだ」

「え? どういうこと?」

 ザグはトリスを見て苦々しく笑んだ。

「トリスと戸籍上の兄弟になるという話があった。兄弟になって辺境伯、ガイアの後を任せるという話だ」

「なぜ受けなかったの?」

 実際に兄弟になる。トリスの想いの戒めにはもってこいの話だ。ジュリアとこんな事になる前だったら、と付いてしまうが。

「ザグのこと、好きだから、兄弟になれたら嬉しかったよ?」

 トリスがそう言うと、ザグはトリスの負傷していない方の手を取って、柔らかく握った。

「俺もトリスが好きだ。だが肩書きに興味はない。ここの総帥も重かった。ただ特例が貰えるから降りなかっただけだ」

 トリスは笑った。クリスロード家の地位をキッパリいらないと言える者がどれくらいいるだろう。戸籍上だけでも現王妃と兄妹になれる。

「俺は縛られたくない。軍が居場所だと思っている。剣を持って好きに訓練出来る今が一番合っている」

 トリスは頷く。ザグの好きにすれば良い。今までトリスが頼りすぎていたのだ。トリスももう自分で生きて行ける。

「ありがとうザグ。ザグのおかげで立ち直ることが出来た。もう薬に逃げないし、誰かに連れ去られないように気をつける。だから良いよ。ザグはザグのしたいようにして? でもたまにで良いから思い出して、会ってくれたら嬉しいよ」

 涙が出そうだ。本当に親離れする。覚悟を決めて言葉にした。

「婚姻する相手が出来たら教えてね。祝福するから」

 ダメだと思ったら涙が溢れた。

「ああ、ごめんね。脇腹が痛くて、ダメだね、良い事言おうと思ったのに、しまらないや」

 トリスが恥ずかしいと笑ったら、ザグはトリスを抱きしめて来た。傷を気遣ってゆるい抱擁だったけど、トリスを混乱させるのには十分な効果だった。

 ザグは温かい。強くて純粋で優しい。

「好きにしても良いのか?」

 肩にザグの顔がある。耳元で聞くザグの声はちょっとヤバい。腰が疼くからやめてとは言えない。

「うん、良いよ。できれば遠くには行かないで欲しいけどね」

 負傷していない手はザグに握られているから、反対の手でザグの背を撫でた。負傷した手も取られて、包帯の上から手の甲に口付けされた。その行動は、とてもゆっくりトリスの目に映されて、何が起こったのかわからずに、でも心臓が期待するように跳ねた。

「えっと、ザグ?」

 混乱しているとザグの俯けていた顔が上がって、青い瞳がトリスの視線を捕らえた。

 ドキドキした。今までで一番。震えた。幸せな意味で。この瞬間、時が止まれば良いと思った。

 唇に唇が触れた。ザグの唇に触れて、自分の唇が荒れていると知る。そんなどうでも良い事を考えてしまうくらい混乱した。

「……い、いたずら? ダメだよ、……そういうの、こま……」

 深く口付けられて、舌が触れて、少し離れた。

「ふっ、えっえっ……んっ」

 嗚咽を漏らしながら、でも逃したくないとザグの背中に手を回した。ザグが側に寄ってくれて、おでこを合わせて、それからもう一度、口付けをする。

「ガイアじゃない。俺でも良いか? 俺がトリスを抱いても良い?」

「なんで? どうして? ザグは俺なんてどうでも良くて、男は相手にもならないのでしょう?」

 トリスは泣きながら子どもみたいに訴えた。ずっと抱えていたトラウマだ。口付けされて、抱きたいと言われても信じられなかった。

「あの時の事を言っているのか? だったらそれは違う。あの時、トリスはガイアを相手にしていた。嫉妬はしても欲情はしない。それにあの時はすでに暗部が動いていた。任務遂行が優先だった。ごめんな、すぐに助けてやれなかった」

「俺に欲情できる? 男だよ? エロいこと好きだし、いっぱいねだるよ?」

 ザグはトリスから視線を逸らしてため息を吐いた。

「煽るなトリス、おまえの娼館での話はリリアに聞いた。おもちゃは回収した。正直嫉妬したよ。おまえリリアに体を許すくらいなら、はっきり俺に言え。変にちょっかい掛けて来るから、てっきりガイアを忘れられず、代わりにされたのかと思った」

「それはないよ! あんなの……もう思い出したくない!」

「ごめんなトリス、今も嫉妬している。早くおまえを俺のものにしたい。だが今は無理だ。怪我が治ったら場所を用意する。約束だ、もう絶対に無茶はするな」

「うん、ごめんなさい」

 トリスはザグの手を借りてベッドに横になった。額に口付けされて、唇にとねだると、ザグは甘く微笑んで願いを叶えてくれた。
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