11 / 22
願望と現実
11
しおりを挟む
目を覚ましたら、ザグの腕の中だった。
「ザグ?」
ベッドの上でザグに背中から抱き締められている。まるで馬上の続きのようで、ザグの頬に手を伸ばしたら、指先に口付けられた。
「くすぐったい」
不満を口にして、引っ込めた指先に唇を寄せた。
「ここは?」
「北の要塞内の俺の部屋」
「ザグの?」
お腹に回っていたザグの手が、細いトリスの腰を強く抱いた。肩口に頬を寄せられ、甘えられていると知る。
「ザグは甘えん坊さん?」
クスクスと笑うと、ザグが頷いたのがわかった。
「えーそうなんだ。可愛いね、ザグ」
「おまえな、他に言うことはないのか?」
トリスはわざとらしくうーんと考えて、体を反対向きにしてザグの顔を見る。
「ごめんなさい。ありがとう。ザグ、大好きだよ」
友情の念を込めて、ザグの手を取り、分厚くて節だった指先に口付けた。
「もう絶対に死を選ぶな、もう二度と見たくないぞ、わかったな?」
「はい、ザグがいてくれるのなら、生きて行けるよ。あの時は……」
ザグの前で晒した醜態が脳裏に浮かび、顔が火照った。
「あれは違う、薬のせいだから、人質を取られてて、ああするしかなくて! お願い、ザグ、忘れて欲しい、お願い」
ザグの手を取り、祈るようにして懇願する。恥ずかしい姿を見られ、ザグの前から姿を消した2年前の状況も勘づかせたのだと思うと、苦しくて悲しい思いがトリスを捕らえる。
「わかっている、トリス、俺の言い方が不味かったのだな、また見放すようなことを言ってすまなかった。あの時にはもう計画が頭の中にあったから、実行することばかりに気をやっていた」
「計画?」
聞き返すとザグは申し訳なさそうな顔をする。あの冷たい屋敷の中から救い出してくれたのだ。ザグが何をしようと咎めるつもりはない。すでに屋敷が炎に包まれたことは知っている。ガイアはザグを怒らせた。怒らせたら怖いことは、ガイアもトリスも知っている。知っていてザグを怒らせたのだ。報復は甘んじて受け入れるべきだ。
「あの1年半は生きた心地がしなかった。クリスロード伯もトリスを本当に勘当する気は無かった。少し郊外に捨て置き、時間を置いて迎えに行く計画だったと聞いた。だが何者かに奪われた。トリスには監視が付けられていた。それなのに簡単に連れ去られた」
ザグの表情が苦悩で歪む。トリスはザグの言葉を聞きながら、父の顔を思い出した。本気で捨てられたのではないと聞き、安心して、このこともまた、かなり応えていたのだとわかった。
「トリスが見つかったと連絡が来た時、本当に良かったと思ったんだ、だが状況を見て恐ろしくなった。クリスロード伯には話せなかった。トリスのあまりにひどい状況に、クリスロード伯の怒りが怖かったのだ」
すまないとザグはトリスの手を握る。トリスは大丈夫だと首を振った。
「もしあの時、トリスの状況をクリスロード伯に話していれば、状況が変わったかもしれない。まさか身内の、ガイアの仕業だとは思わなかった、すまない」
「ううん、俺もザグに話さなかった。知られるのが怖かった。恥ずかしいこといっぱいした。軽蔑されるんじゃないかって……」
「トリスは悪くない! トリスはまだ若い。間違うことだってある。それを導く筈のあいつが……悔しい、悔しいんだ、トリス、俺が甘いばかりに、あいつを野放しにしてしまった。俺にも責任がある」
ザグの頬を涙が伝った。ガイアはザグの友だった。トリスの幼い頃の記憶には、いつも一緒に行動していた二人の姿がある。時折、その中に父も混じっていた。同じ時代を生きていた、特別な関係性がある。
「クリスロード伯に伝えたのは、トリスが意識を取り戻してすぐだ。どうやらトリスの行方は、クリスロード伯からガイアに伝わったようだ。ガイアがクリスロード伯に代わり、トリスを迎えに来ると聞いた。だから俺も着いて行った。それであれだ。実態を暴く以前の問題だった。だがあそこで計画を無駄には出来なかった。そのせいでトリスをまた死の淵に追いやってしまった。本当にすまない」
ザグは何度もトリスの手を握り、額を寄せた。トリスはそんなザグの姿を見て、心が解されて行くのを感じた。
「俺が悪いのだから、もう謝らないで良いよ。それよりもザグ、俺のこと汚いって思わない? あんな姿見せて、軽蔑してない?」
そんなことを聞いて、軽蔑したと言うザグではない。どんな時にでも相手に寄り添い、優しさをくれるザグだとわかっているから聞けた。嘘でも良い、ザグの言葉で言って欲しかった。
「そんな訳があるか、俺はトリスが好きだ。頑張って生きようとしていたトリスを知っている。大丈夫だ、俺を信じろ」
「うん、ありがとう。俺もザグが好きだよ」
頭を抱えられて、胸に寄せられた。ザグの鼓動が聞こえる。とても安心した。
「ガイアが辺境伯になってから、領に悪い噂がたっていてな、北の要塞では裏から探りを入れていたんだ。詳しくは話せないが、トリスを監禁していた他にもいろいろ悪いことをしていた。あの日、ガイアは国に捕らえられたよ。辺境伯の地位は剥奪された」
「そうなんだ」
トリスはもう忘れたかった。ずっと好きだった相手だ。歪んだ感情をぶつけられ、悦んだ瞬間も確かにあった。それで気づけたことも多い。失敗から学ぶ。でも代償は大きかった。失うものも。でも過去は消せない。だったら前を向く。2度もザグに助けられた命だ。ザグの好意に恥じないように、生きていこうと決めた。まずは父にも謝る。そこから始めると決めた。
「ザグ?」
ベッドの上でザグに背中から抱き締められている。まるで馬上の続きのようで、ザグの頬に手を伸ばしたら、指先に口付けられた。
「くすぐったい」
不満を口にして、引っ込めた指先に唇を寄せた。
「ここは?」
「北の要塞内の俺の部屋」
「ザグの?」
お腹に回っていたザグの手が、細いトリスの腰を強く抱いた。肩口に頬を寄せられ、甘えられていると知る。
「ザグは甘えん坊さん?」
クスクスと笑うと、ザグが頷いたのがわかった。
「えーそうなんだ。可愛いね、ザグ」
「おまえな、他に言うことはないのか?」
トリスはわざとらしくうーんと考えて、体を反対向きにしてザグの顔を見る。
「ごめんなさい。ありがとう。ザグ、大好きだよ」
友情の念を込めて、ザグの手を取り、分厚くて節だった指先に口付けた。
「もう絶対に死を選ぶな、もう二度と見たくないぞ、わかったな?」
「はい、ザグがいてくれるのなら、生きて行けるよ。あの時は……」
ザグの前で晒した醜態が脳裏に浮かび、顔が火照った。
「あれは違う、薬のせいだから、人質を取られてて、ああするしかなくて! お願い、ザグ、忘れて欲しい、お願い」
ザグの手を取り、祈るようにして懇願する。恥ずかしい姿を見られ、ザグの前から姿を消した2年前の状況も勘づかせたのだと思うと、苦しくて悲しい思いがトリスを捕らえる。
「わかっている、トリス、俺の言い方が不味かったのだな、また見放すようなことを言ってすまなかった。あの時にはもう計画が頭の中にあったから、実行することばかりに気をやっていた」
「計画?」
聞き返すとザグは申し訳なさそうな顔をする。あの冷たい屋敷の中から救い出してくれたのだ。ザグが何をしようと咎めるつもりはない。すでに屋敷が炎に包まれたことは知っている。ガイアはザグを怒らせた。怒らせたら怖いことは、ガイアもトリスも知っている。知っていてザグを怒らせたのだ。報復は甘んじて受け入れるべきだ。
「あの1年半は生きた心地がしなかった。クリスロード伯もトリスを本当に勘当する気は無かった。少し郊外に捨て置き、時間を置いて迎えに行く計画だったと聞いた。だが何者かに奪われた。トリスには監視が付けられていた。それなのに簡単に連れ去られた」
ザグの表情が苦悩で歪む。トリスはザグの言葉を聞きながら、父の顔を思い出した。本気で捨てられたのではないと聞き、安心して、このこともまた、かなり応えていたのだとわかった。
「トリスが見つかったと連絡が来た時、本当に良かったと思ったんだ、だが状況を見て恐ろしくなった。クリスロード伯には話せなかった。トリスのあまりにひどい状況に、クリスロード伯の怒りが怖かったのだ」
すまないとザグはトリスの手を握る。トリスは大丈夫だと首を振った。
「もしあの時、トリスの状況をクリスロード伯に話していれば、状況が変わったかもしれない。まさか身内の、ガイアの仕業だとは思わなかった、すまない」
「ううん、俺もザグに話さなかった。知られるのが怖かった。恥ずかしいこといっぱいした。軽蔑されるんじゃないかって……」
「トリスは悪くない! トリスはまだ若い。間違うことだってある。それを導く筈のあいつが……悔しい、悔しいんだ、トリス、俺が甘いばかりに、あいつを野放しにしてしまった。俺にも責任がある」
ザグの頬を涙が伝った。ガイアはザグの友だった。トリスの幼い頃の記憶には、いつも一緒に行動していた二人の姿がある。時折、その中に父も混じっていた。同じ時代を生きていた、特別な関係性がある。
「クリスロード伯に伝えたのは、トリスが意識を取り戻してすぐだ。どうやらトリスの行方は、クリスロード伯からガイアに伝わったようだ。ガイアがクリスロード伯に代わり、トリスを迎えに来ると聞いた。だから俺も着いて行った。それであれだ。実態を暴く以前の問題だった。だがあそこで計画を無駄には出来なかった。そのせいでトリスをまた死の淵に追いやってしまった。本当にすまない」
ザグは何度もトリスの手を握り、額を寄せた。トリスはそんなザグの姿を見て、心が解されて行くのを感じた。
「俺が悪いのだから、もう謝らないで良いよ。それよりもザグ、俺のこと汚いって思わない? あんな姿見せて、軽蔑してない?」
そんなことを聞いて、軽蔑したと言うザグではない。どんな時にでも相手に寄り添い、優しさをくれるザグだとわかっているから聞けた。嘘でも良い、ザグの言葉で言って欲しかった。
「そんな訳があるか、俺はトリスが好きだ。頑張って生きようとしていたトリスを知っている。大丈夫だ、俺を信じろ」
「うん、ありがとう。俺もザグが好きだよ」
頭を抱えられて、胸に寄せられた。ザグの鼓動が聞こえる。とても安心した。
「ガイアが辺境伯になってから、領に悪い噂がたっていてな、北の要塞では裏から探りを入れていたんだ。詳しくは話せないが、トリスを監禁していた他にもいろいろ悪いことをしていた。あの日、ガイアは国に捕らえられたよ。辺境伯の地位は剥奪された」
「そうなんだ」
トリスはもう忘れたかった。ずっと好きだった相手だ。歪んだ感情をぶつけられ、悦んだ瞬間も確かにあった。それで気づけたことも多い。失敗から学ぶ。でも代償は大きかった。失うものも。でも過去は消せない。だったら前を向く。2度もザグに助けられた命だ。ザグの好意に恥じないように、生きていこうと決めた。まずは父にも謝る。そこから始めると決めた。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる