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願望と現実
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目を覚ましたら、ザグの腕の中だった。
「ザグ?」
ベッドの上でザグに背中から抱き締められている。まるで馬上の続きのようで、ザグの頬に手を伸ばしたら、指先に口付けられた。
「くすぐったい」
不満を口にして、引っ込めた指先に唇を寄せた。
「ここは?」
「北の要塞内の俺の部屋」
「ザグの?」
お腹に回っていたザグの手が、細いトリスの腰を強く抱いた。肩口に頬を寄せられ、甘えられていると知る。
「ザグは甘えん坊さん?」
クスクスと笑うと、ザグが頷いたのがわかった。
「えーそうなんだ。可愛いね、ザグ」
「おまえな、他に言うことはないのか?」
トリスはわざとらしくうーんと考えて、体を反対向きにしてザグの顔を見る。
「ごめんなさい。ありがとう。ザグ、大好きだよ」
友情の念を込めて、ザグの手を取り、分厚くて節だった指先に口付けた。
「もう絶対に死を選ぶな、もう二度と見たくないぞ、わかったな?」
「はい、ザグがいてくれるのなら、生きて行けるよ。あの時は……」
ザグの前で晒した醜態が脳裏に浮かび、顔が火照った。
「あれは違う、薬のせいだから、人質を取られてて、ああするしかなくて! お願い、ザグ、忘れて欲しい、お願い」
ザグの手を取り、祈るようにして懇願する。恥ずかしい姿を見られ、ザグの前から姿を消した2年前の状況も勘づかせたのだと思うと、苦しくて悲しい思いがトリスを捕らえる。
「わかっている、トリス、俺の言い方が不味かったのだな、また見放すようなことを言ってすまなかった。あの時にはもう計画が頭の中にあったから、実行することばかりに気をやっていた」
「計画?」
聞き返すとザグは申し訳なさそうな顔をする。あの冷たい屋敷の中から救い出してくれたのだ。ザグが何をしようと咎めるつもりはない。すでに屋敷が炎に包まれたことは知っている。ガイアはザグを怒らせた。怒らせたら怖いことは、ガイアもトリスも知っている。知っていてザグを怒らせたのだ。報復は甘んじて受け入れるべきだ。
「あの1年半は生きた心地がしなかった。クリスロード伯もトリスを本当に勘当する気は無かった。少し郊外に捨て置き、時間を置いて迎えに行く計画だったと聞いた。だが何者かに奪われた。トリスには監視が付けられていた。それなのに簡単に連れ去られた」
ザグの表情が苦悩で歪む。トリスはザグの言葉を聞きながら、父の顔を思い出した。本気で捨てられたのではないと聞き、安心して、このこともまた、かなり応えていたのだとわかった。
「トリスが見つかったと連絡が来た時、本当に良かったと思ったんだ、だが状況を見て恐ろしくなった。クリスロード伯には話せなかった。トリスのあまりにひどい状況に、クリスロード伯の怒りが怖かったのだ」
すまないとザグはトリスの手を握る。トリスは大丈夫だと首を振った。
「もしあの時、トリスの状況をクリスロード伯に話していれば、状況が変わったかもしれない。まさか身内の、ガイアの仕業だとは思わなかった、すまない」
「ううん、俺もザグに話さなかった。知られるのが怖かった。恥ずかしいこといっぱいした。軽蔑されるんじゃないかって……」
「トリスは悪くない! トリスはまだ若い。間違うことだってある。それを導く筈のあいつが……悔しい、悔しいんだ、トリス、俺が甘いばかりに、あいつを野放しにしてしまった。俺にも責任がある」
ザグの頬を涙が伝った。ガイアはザグの友だった。トリスの幼い頃の記憶には、いつも一緒に行動していた二人の姿がある。時折、その中に父も混じっていた。同じ時代を生きていた、特別な関係性がある。
「クリスロード伯に伝えたのは、トリスが意識を取り戻してすぐだ。どうやらトリスの行方は、クリスロード伯からガイアに伝わったようだ。ガイアがクリスロード伯に代わり、トリスを迎えに来ると聞いた。だから俺も着いて行った。それであれだ。実態を暴く以前の問題だった。だがあそこで計画を無駄には出来なかった。そのせいでトリスをまた死の淵に追いやってしまった。本当にすまない」
ザグは何度もトリスの手を握り、額を寄せた。トリスはそんなザグの姿を見て、心が解されて行くのを感じた。
「俺が悪いのだから、もう謝らないで良いよ。それよりもザグ、俺のこと汚いって思わない? あんな姿見せて、軽蔑してない?」
そんなことを聞いて、軽蔑したと言うザグではない。どんな時にでも相手に寄り添い、優しさをくれるザグだとわかっているから聞けた。嘘でも良い、ザグの言葉で言って欲しかった。
「そんな訳があるか、俺はトリスが好きだ。頑張って生きようとしていたトリスを知っている。大丈夫だ、俺を信じろ」
「うん、ありがとう。俺もザグが好きだよ」
頭を抱えられて、胸に寄せられた。ザグの鼓動が聞こえる。とても安心した。
「ガイアが辺境伯になってから、領に悪い噂がたっていてな、北の要塞では裏から探りを入れていたんだ。詳しくは話せないが、トリスを監禁していた他にもいろいろ悪いことをしていた。あの日、ガイアは国に捕らえられたよ。辺境伯の地位は剥奪された」
「そうなんだ」
トリスはもう忘れたかった。ずっと好きだった相手だ。歪んだ感情をぶつけられ、悦んだ瞬間も確かにあった。それで気づけたことも多い。失敗から学ぶ。でも代償は大きかった。失うものも。でも過去は消せない。だったら前を向く。2度もザグに助けられた命だ。ザグの好意に恥じないように、生きていこうと決めた。まずは父にも謝る。そこから始めると決めた。
「ザグ?」
ベッドの上でザグに背中から抱き締められている。まるで馬上の続きのようで、ザグの頬に手を伸ばしたら、指先に口付けられた。
「くすぐったい」
不満を口にして、引っ込めた指先に唇を寄せた。
「ここは?」
「北の要塞内の俺の部屋」
「ザグの?」
お腹に回っていたザグの手が、細いトリスの腰を強く抱いた。肩口に頬を寄せられ、甘えられていると知る。
「ザグは甘えん坊さん?」
クスクスと笑うと、ザグが頷いたのがわかった。
「えーそうなんだ。可愛いね、ザグ」
「おまえな、他に言うことはないのか?」
トリスはわざとらしくうーんと考えて、体を反対向きにしてザグの顔を見る。
「ごめんなさい。ありがとう。ザグ、大好きだよ」
友情の念を込めて、ザグの手を取り、分厚くて節だった指先に口付けた。
「もう絶対に死を選ぶな、もう二度と見たくないぞ、わかったな?」
「はい、ザグがいてくれるのなら、生きて行けるよ。あの時は……」
ザグの前で晒した醜態が脳裏に浮かび、顔が火照った。
「あれは違う、薬のせいだから、人質を取られてて、ああするしかなくて! お願い、ザグ、忘れて欲しい、お願い」
ザグの手を取り、祈るようにして懇願する。恥ずかしい姿を見られ、ザグの前から姿を消した2年前の状況も勘づかせたのだと思うと、苦しくて悲しい思いがトリスを捕らえる。
「わかっている、トリス、俺の言い方が不味かったのだな、また見放すようなことを言ってすまなかった。あの時にはもう計画が頭の中にあったから、実行することばかりに気をやっていた」
「計画?」
聞き返すとザグは申し訳なさそうな顔をする。あの冷たい屋敷の中から救い出してくれたのだ。ザグが何をしようと咎めるつもりはない。すでに屋敷が炎に包まれたことは知っている。ガイアはザグを怒らせた。怒らせたら怖いことは、ガイアもトリスも知っている。知っていてザグを怒らせたのだ。報復は甘んじて受け入れるべきだ。
「あの1年半は生きた心地がしなかった。クリスロード伯もトリスを本当に勘当する気は無かった。少し郊外に捨て置き、時間を置いて迎えに行く計画だったと聞いた。だが何者かに奪われた。トリスには監視が付けられていた。それなのに簡単に連れ去られた」
ザグの表情が苦悩で歪む。トリスはザグの言葉を聞きながら、父の顔を思い出した。本気で捨てられたのではないと聞き、安心して、このこともまた、かなり応えていたのだとわかった。
「トリスが見つかったと連絡が来た時、本当に良かったと思ったんだ、だが状況を見て恐ろしくなった。クリスロード伯には話せなかった。トリスのあまりにひどい状況に、クリスロード伯の怒りが怖かったのだ」
すまないとザグはトリスの手を握る。トリスは大丈夫だと首を振った。
「もしあの時、トリスの状況をクリスロード伯に話していれば、状況が変わったかもしれない。まさか身内の、ガイアの仕業だとは思わなかった、すまない」
「ううん、俺もザグに話さなかった。知られるのが怖かった。恥ずかしいこといっぱいした。軽蔑されるんじゃないかって……」
「トリスは悪くない! トリスはまだ若い。間違うことだってある。それを導く筈のあいつが……悔しい、悔しいんだ、トリス、俺が甘いばかりに、あいつを野放しにしてしまった。俺にも責任がある」
ザグの頬を涙が伝った。ガイアはザグの友だった。トリスの幼い頃の記憶には、いつも一緒に行動していた二人の姿がある。時折、その中に父も混じっていた。同じ時代を生きていた、特別な関係性がある。
「クリスロード伯に伝えたのは、トリスが意識を取り戻してすぐだ。どうやらトリスの行方は、クリスロード伯からガイアに伝わったようだ。ガイアがクリスロード伯に代わり、トリスを迎えに来ると聞いた。だから俺も着いて行った。それであれだ。実態を暴く以前の問題だった。だがあそこで計画を無駄には出来なかった。そのせいでトリスをまた死の淵に追いやってしまった。本当にすまない」
ザグは何度もトリスの手を握り、額を寄せた。トリスはそんなザグの姿を見て、心が解されて行くのを感じた。
「俺が悪いのだから、もう謝らないで良いよ。それよりもザグ、俺のこと汚いって思わない? あんな姿見せて、軽蔑してない?」
そんなことを聞いて、軽蔑したと言うザグではない。どんな時にでも相手に寄り添い、優しさをくれるザグだとわかっているから聞けた。嘘でも良い、ザグの言葉で言って欲しかった。
「そんな訳があるか、俺はトリスが好きだ。頑張って生きようとしていたトリスを知っている。大丈夫だ、俺を信じろ」
「うん、ありがとう。俺もザグが好きだよ」
頭を抱えられて、胸に寄せられた。ザグの鼓動が聞こえる。とても安心した。
「ガイアが辺境伯になってから、領に悪い噂がたっていてな、北の要塞では裏から探りを入れていたんだ。詳しくは話せないが、トリスを監禁していた他にもいろいろ悪いことをしていた。あの日、ガイアは国に捕らえられたよ。辺境伯の地位は剥奪された」
「そうなんだ」
トリスはもう忘れたかった。ずっと好きだった相手だ。歪んだ感情をぶつけられ、悦んだ瞬間も確かにあった。それで気づけたことも多い。失敗から学ぶ。でも代償は大きかった。失うものも。でも過去は消せない。だったら前を向く。2度もザグに助けられた命だ。ザグの好意に恥じないように、生きていこうと決めた。まずは父にも謝る。そこから始めると決めた。
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