辺境伯の悪癖と守護者の慈愛

サクラギ

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願望と現実

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 トリスが案外モテるのだと知ったのは、夜会に出席するようになってからだ。それは身分による部分が大きい。王妃の弟である。お近づきになりたい者は多い。ただそれには外聞もついて回る。噂話に興じるのも、悪い遊びが裏で横行しているのも、身分の高い者の集まりに集る連中がいるからだ。

 トリスが煙草を覚えたのも夜会でだ。巻き煙草の中に甘い葉を入れる。そうすると頭がぼんやりして現実を忘れられる。甘い香りと香水のキツイ香り。女の化粧の匂い。男の据えた雄の匂い。それらが交わる中での気怠い時間がトリスを慰めた。

 ザグがトリスの前に現れたことがある。ザグはトリスにとって現実だ。現実はトリスにとってはまだ重い。心が完全に拒否をしていて、ザグが目の前に現れても、トリスは認識しなかった。甘い葉に落ちていたからかもしれない。トリスは誰かと肌を合わせることにも慣れていた。初めてが誰だったのかわからないくらいに。


◇◇◇


 トリスの父が夜会狂いになっている息子を心配し、何度となく忠告し、それでも改めなかった為、ついには見放した結果が、トリスの婚姻だった。だがトリスにその意志はない。

「今更、俺に女を娶れと?」

 何に対しても投げやりなトリスは、クリスロード家のお荷物となり果てている。

「煙草は止めろと何度言ったらわかる」

 父が合図を送ると、後ろに控えていた使用人がトリスから煙草を取り上げた。トリスは手持ち無沙汰になり、やっていられるかという態度で椅子から立ち上がった。

「おまえに女からお呼びがかかると思うのか?」

 父はあざ笑う。トリスは父を見下ろし、羞恥に怒りが湧いた。

「どういうことだ?」

 父の冷めた視線がトリスを見上げる。

「おまえからクリスロードの名を取り上げる為の婚姻だ。おまえをいつまでも囲ってやる気はない」

 婚姻というのも名目だけだ。適当な相手と書類上でのみ婚姻させ、クリスロード家から名を抜く。

「は? だったら追い出せば良いだろ? 馬鹿馬鹿しい」

「おまえは名を失くすことの意味がわからないようだな。まあ良い、私には関係のない話だ。好きに生きろ」

 父が手を上げると、使用人がドアを開けた。左右に来た使用人に両腕を掴まれ、部屋から連れ出される。その態度はもう家人に対するものではなく、害虫を追い出すに等しい扱いだった。

「今後、クリスロードの名を語ることは許さん」

 父の最後の言葉だ。トリスの背中でドアが閉まった。

 トリスは屋敷から馬車で王都の外に連れて行かれた。トリスはひとりで王都から出たことがなかった。勉学として地理を知ってはいても、大まかなものしか知らない。どこかわからない街の中で馬車から降ろされ、馬車は容赦なく走り去ってしまった。

 悪態をついて馬車が行った方向とは逆へ歩く。金を持たせてももらえなかったから、金になりそうな時計と指輪を換金した。だがトリスは相場がわからない。自分で買った物でもないから、相場の半値以下で取引されたことにも気付かなかった。世間知らず、そう言うのは簡単だが、トリスは庶民の集まる場所では格好の餌だ。身なりが良いのに護衛も従者もいない。付け込まれるのは早く、ただでさえ甘い煙草のせいでイラついている。身ぐるみ剥がされ、喧嘩に巻き込まれ、売り飛ばされそうなところを警備隊に助けられ、だが薬物中毒であることと身分証明がされなかったことから、北の要塞行きに決定された。そこは罪人の収容所だ。働いて罪を償う、または更生を図る施設となる。

 両手を背中側に回され、拘束されている。
 運ばれる馬車はガタが来て今にも壊れそうだ。古い錆び付いた鉄格子が上部四方を囲っている。屋根はない。北に向かうにつれて雪が降って来る。トリスが着せられている服は庶民が着る薄い布のシャツとパンツのみだ。靴さえ与えられていない裸足で、暖を取るものなどひとつもなかった。反省房以来の寒さにトリスは心さえも凍らされた。トラウマで吐き、熱が出ても誰も助けの言葉さえ掛けてくれなかった。罪人はトリスと他3名がいる。でも誰も他人に興味がない。トリスが吐こうが気にもせず、そっぽを向いて内に籠っている。

 馬車が向かう北には、ガイアが継いだ領地がある。トリスに的確な場所は伝えられていないから、近くに行くのだろうと言う知識しかない。トリスはガイアを想う時だけ気持ちが温まる。トリスの唯一の拠り所はガイアだ。ガイアなら助けてくれる。最初からガイアを頼れば良かったと、北に向かうにつれて甘い囁きが聞こえ出した。

 ガイアは優しい。そして強くて頼りがいがあって、志が高く、自分に厳しい。トリスには甘く、兄のように接してくれた。本当の兄はトリスに冷たかったから、よけいにガイアに憔悴した。ガイアだけがいれば良かった。それなのに女に取られた。辺境伯の令嬢という身分が羨ましかった。
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