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8 牛丼
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2時間くらいカラオケでリツのギターと歌を聞いていた。静稀にとっては、リツの歌を堪能できたし、とても有意義な時間だったのだけど、リツはどうだったのかわからない。飲んだビールやつまみのお金も、カラオケのお金も払わせてくれなかったから、この日はリツが誘ったという名目だからなのかと素直に甘えて、お礼を言って別れた。
次の日、とてもいい天気だったから、朝から布団を干して、シーツなどの洗濯物は、近くのコインランドリーに持ち込んで、大型の洗濯機でまとめて洗って乾燥まで済ませた。狭いアパートだから、干す場所がない。一人暮らしには慣れたけど、一人だからずぼらになる点は多い。
昼前に携帯が鳴り、見ればリツからだった。
今から行っても良い? と言われ、駅前からの行き方を教えると、10分後、リツが現れる。すでに駅前にいたらしい。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
友達なんだから普通のことだけど、リツを部屋に入れるのは、恭弥を呼ぶのとは全然違う。恭弥を呼んだこともないのだけど。
「ギターの練習?」
「うん、この後、行く。まだ時間あるから、お昼済ませた?」
リツの手にはビニール袋があって、牛丼のパッケージが透けて見える。
「ありがとう、洗濯したりしてて、お昼の時間忘れてた」
お金を払おうとしたら、いいと言われた。今度、何かおごって? と言われて、それじゃあと財布を戻す。
リツに懐かれたな、と密かに静稀は思った。でも全然嫌ではない。前にバーでバンド仲間に可愛げがないと言われていたし、恭弥はわがままだと言っていた。でもそんな様子はなく、ずいぶん可愛いなと思う。
「バンドのこと、話す?」
グラスにお茶を入れて、もう食べ始めているリツの前に置くと、ありがとうと言って静稀の言葉を聞いてか、食べるのを止めた。
「バンドの話はしたくない。しなくていいから静稀が良い」
リツとは斜向かいになる位置に座り、牛丼の蓋を開ける。箸を割ると、リツも食べるのを再開した。
「……ひとりじゃ寂しいから」
静稀が口に箸を運ぶと、リツが小さな声でそう言った。思わず喉に詰まりそうになる。いや、可愛すぎて静稀の方がテレる。リツの視線を頬に感じる。だから静稀は冷静を装って咀嚼をする。
「地元、遠いもんね。俺で良かったら、いつでも誘って」
リツを見られなかった。頼られると嬉しい。邪な気持ちがあるような気がする。でもそれには気づかないふりをした。せっかく信頼を得られそうだから。リツの生歌を隣で聞ける立場は貴重だと思うから、今はそれで十分だ。
「ありがと」
リツは本当に可愛い。あの日、周りに食って掛かっていた素振りは微塵もない。リツに向けられた強い視線も魅力的だったと思う静稀はどこかおかしい。それも考えないようにする。
「焼肉の歌は?」
静稀がそう言うと、リツは箸を置いた。
びっくりしてリツを見れば、膝を抱えて顔をうずめている。耳が赤い。どうやら恥ずかしがっているようだ。
「あれ、すごく好きだよ、いつか聞きたい」
「嫌だよ」
小さな声が届いた。それから視線を上げたリツは、静稀を睨んだ。それもまた可愛い。
「あれ知ってるの反則だろ? もうやらない、ぜったい、やらないからな!」
どうやらリツには苦い思い出でもあるのだろう。ライブハウスで歌っていたという情報を得ている。人前で歌うのが嫌だという訳でもないだろうに。いつか理由を聞かせてくれると良いなと思った。
「ここは防音設備ないからギターは弾けないけど、歌は良いよ?」
聞かせて? と、冗談口調で言ってみれば、リツは嫌そうな表情をした。
「静稀って見た目と違うよね。高校の頃の生徒会長だった時とも違うと思う。なんていうか、意地悪だ」
「けっこう素だから、これ。リツが俺の部屋に来たから、たぶん何も作れてない。誰かを部屋に入れたの、リツが初めてだからね、俺、普段は外面作ってるから」
そう言うと、リツはむすっとした顔で箸を持つ。最後の方を無理やりかき込んでいる。
自分アピールが過ぎたかなと、静稀は反省した。でもどうやらリツには素を見て欲しいらしい。素で傍にいるから、素で傍にいて欲しい。そういう意図が裏にあるのだけど、リツは気づいたのだろうか。
次の日、とてもいい天気だったから、朝から布団を干して、シーツなどの洗濯物は、近くのコインランドリーに持ち込んで、大型の洗濯機でまとめて洗って乾燥まで済ませた。狭いアパートだから、干す場所がない。一人暮らしには慣れたけど、一人だからずぼらになる点は多い。
昼前に携帯が鳴り、見ればリツからだった。
今から行っても良い? と言われ、駅前からの行き方を教えると、10分後、リツが現れる。すでに駅前にいたらしい。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
友達なんだから普通のことだけど、リツを部屋に入れるのは、恭弥を呼ぶのとは全然違う。恭弥を呼んだこともないのだけど。
「ギターの練習?」
「うん、この後、行く。まだ時間あるから、お昼済ませた?」
リツの手にはビニール袋があって、牛丼のパッケージが透けて見える。
「ありがとう、洗濯したりしてて、お昼の時間忘れてた」
お金を払おうとしたら、いいと言われた。今度、何かおごって? と言われて、それじゃあと財布を戻す。
リツに懐かれたな、と密かに静稀は思った。でも全然嫌ではない。前にバーでバンド仲間に可愛げがないと言われていたし、恭弥はわがままだと言っていた。でもそんな様子はなく、ずいぶん可愛いなと思う。
「バンドのこと、話す?」
グラスにお茶を入れて、もう食べ始めているリツの前に置くと、ありがとうと言って静稀の言葉を聞いてか、食べるのを止めた。
「バンドの話はしたくない。しなくていいから静稀が良い」
リツとは斜向かいになる位置に座り、牛丼の蓋を開ける。箸を割ると、リツも食べるのを再開した。
「……ひとりじゃ寂しいから」
静稀が口に箸を運ぶと、リツが小さな声でそう言った。思わず喉に詰まりそうになる。いや、可愛すぎて静稀の方がテレる。リツの視線を頬に感じる。だから静稀は冷静を装って咀嚼をする。
「地元、遠いもんね。俺で良かったら、いつでも誘って」
リツを見られなかった。頼られると嬉しい。邪な気持ちがあるような気がする。でもそれには気づかないふりをした。せっかく信頼を得られそうだから。リツの生歌を隣で聞ける立場は貴重だと思うから、今はそれで十分だ。
「ありがと」
リツは本当に可愛い。あの日、周りに食って掛かっていた素振りは微塵もない。リツに向けられた強い視線も魅力的だったと思う静稀はどこかおかしい。それも考えないようにする。
「焼肉の歌は?」
静稀がそう言うと、リツは箸を置いた。
びっくりしてリツを見れば、膝を抱えて顔をうずめている。耳が赤い。どうやら恥ずかしがっているようだ。
「あれ、すごく好きだよ、いつか聞きたい」
「嫌だよ」
小さな声が届いた。それから視線を上げたリツは、静稀を睨んだ。それもまた可愛い。
「あれ知ってるの反則だろ? もうやらない、ぜったい、やらないからな!」
どうやらリツには苦い思い出でもあるのだろう。ライブハウスで歌っていたという情報を得ている。人前で歌うのが嫌だという訳でもないだろうに。いつか理由を聞かせてくれると良いなと思った。
「ここは防音設備ないからギターは弾けないけど、歌は良いよ?」
聞かせて? と、冗談口調で言ってみれば、リツは嫌そうな表情をした。
「静稀って見た目と違うよね。高校の頃の生徒会長だった時とも違うと思う。なんていうか、意地悪だ」
「けっこう素だから、これ。リツが俺の部屋に来たから、たぶん何も作れてない。誰かを部屋に入れたの、リツが初めてだからね、俺、普段は外面作ってるから」
そう言うと、リツはむすっとした顔で箸を持つ。最後の方を無理やりかき込んでいる。
自分アピールが過ぎたかなと、静稀は反省した。でもどうやらリツには素を見て欲しいらしい。素で傍にいるから、素で傍にいて欲しい。そういう意図が裏にあるのだけど、リツは気づいたのだろうか。
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