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 ウェルズ領中央に位置する居住区の一角に、紘伊の住む家がある。

 地下に広がる居住スペースと一階にある勉強部屋が日常の紘伊の居場所で、領主城と併設されている図書館で司書の仕事をしながら、そこでも絵本の読み聞かせや勉強のお手伝いをしている。

「ヒロイ先生おはよう」

 獣人の子どもたちや人と獅子のハーフの子、王が代理王に代わってからは、種族関係なく民間施設を利用する事ができるようになった。ただ条件はウェルズ領に住民権を持っている者のみであるが。それでも以前よりは種族間や人に対するの差別が減っている。これは王となるエルチェリンドの意向であり、王の意思を尊重する国民の民意でもある。

「おはようユウ、早いね」

 ユウは王都中央区にある貴族院へ通っている。各領と中央区を行き来する飛竜行船が定期便として運行を始めたので、中央区から領への行き来が楽になった。なのでユウは休みになるとウェルズ領へ戻って来て紘伊の手伝いをしてくれている。

「受付の準備をするね」

「ありがとう。でも毎回お休みに戻って来ていて良いの? 友達と遊んだりしても良いんだよ?」

「大丈夫、そういうのもちゃんとしてるよ」

 ユウはとても可愛くて優秀だ。最初に会った時は幼稚園児くらいに幼かったのに、あっと言う間に見た目が中学生くらいになっている。身長も紘伊と同じくらいで、もうすぐ抜かされてしまいそうだ。獣人の成長が早すぎて、だけど成人したらその後の変化は緩やかになって、紘伊よりも長く生きると思うと感慨深い。

「それよりもヒロイ先生こそいいの? もう何ヶ月会っていないの?」

「ああ、ねえ」

 ユウが言うのはハーツの事だ。

「王様代理って言ったって休みくらいはあるんだろ? っていうかヒロイ先生から会いに行けばいいのに。良かったら僕がここを見てるから、中央区へ行って来れば?」

「大丈夫ありがとう。忙しいのに押しかけても迷惑になるだけだから」

「本当に? 寂しいって顔に書いてあるけど?」

「ユウ! 開講時間になっちゃうよ? 手伝いに来てくれたんでしょ?」

「はーい、ごめんなさい」

 可愛く謝ってカウンターへ向かって行く。その背中を見送って紘伊はため息を落とした。

 エルが王になると決まって、代理をハーツが請け負うとなってから、もう一年が経っている。紘伊も王城に居住をと言われたけど、紘伊はそれを拒否した。その代わり、以前に乗った事のある竜の飛行機を王城とウェルズ領の往来に使いたいと提案したら、全ての領での使用が決まった。

 エルはギルベスターの所へ行っている。この一年であの場所からの撤退の準備をして、こちら側の受け入れ場所をオーギュが準備している。

 9時になれば図書館が稼働し始め、静かな館内に様々な気配が入り込んで来る。セキュリティの為のカードを持参しなければ入館できないから、紘伊も安心していられる。こういうシステム技術は向こうから仕入れている。

「久しぶりだね、紘伊」

 本棚の整理と掃除をしながら歩いていた紘伊を訪ねて来たのはイヨカだった。

「イヨカ教授、お久しぶりです」

 駆け寄って握手を交わす。初めて獣人国でイヨカを見た。イヨカは紘伊が獣人国と関わる前に大学の教員仲間として付き合っていた。もちろんその時は人同士だと思っていたし、獣人のハーフだと聞かされて納得はしたが信じきれない部分はあって——でもこうして獣人国で会い、イヨカの半獣姿——イヨカは虎のハーフだから、頭部に丸い耳があって長い尾が揺れている。を見て本当なんだと改めて思う。

「あちらから移って来たのですか?」

「そうだよ。向こうの羽賀イヨカは、施設崩壊時に行方不明扱いになっているよ」

「破壊を?」

「ほとんどの獣人がこちらへ戻った。だが新たな道がいつ繋がるか分からないからね、引き続きこちらで研究を続けるよ」

「そうですか、お疲れ様でした」

 人が人の利益の為に命を弄んだ尻拭いをイヨカが引き受けていた。獣人の特殊な力を残して来てはいけないと思う。

 交流して獣人国が得た人国の物もたくさんあるけど、それも交流を断つ事で縮小されている。

「エルももう戻っているから、そのうち会いに来るだろう」

「そうですか、ありがとうございます。お世話になりました」

 エルはまた会えなかった1年のうちにどれだけ成長したのだろうか。紘伊は早く会いたいなと思っていた。
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