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93 激昂
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声が聞こえている。
「ヒロイをいじめるな」
「そんな事はしない。おまえが口を出す事ではない」
微睡の中、寝返りをうつ。シーツの上をパタパタ探って、一緒に寝たはずのエルを探した。そういえばカウチに寝たはずだ。なのに手触りがシーツで——ハーツが帰って来て運ばれたのかと思う。そうなればこの薄ら聞こえている会話はハーツとエルだ。エルは紘伊を庇ってハーツを問い詰めている。いけない。そんな事をすればハーツを苛立たせてしまう。
「……エル?」
覚醒に至らない思考の中で、エルの名を呼び、そうして自身も失態を犯したのだと怖くなる。
窓が開けられ、閉められる。カーテンを引く音と窓を打つ音。
「ハーツごめん、俺——」
言い終わる前に覆い被さって来たハーツに額を押さえられ、顎が上がった状態で深くキスをされた。
「ん——んんッ……」
ギラついたハーツの目が怖い。押さえつけられてキスをするのは初めてだ。
「……い、やだ、ハーツ——」
窓を叩くエルの行動が止む。同時に窓が割れる音が響いた。紘伊に覆い被さっていたハーツが動く。反対側の壁で重い音が響いた。
「ハーツ!」
ハーツの喉が鳴っている。初めて聞くハーツの威嚇音だ。盛り上がった筋肉と立ち上がったたてがみ。音のした方向を睨むハーツの目が光を帯びる。紘伊は震えた。日頃温厚なハーツが見せた怒りはかなりの衝撃を放つ。それでも紘伊はエルのところへ向かいたかった。壁に激突したエルは壁に背を預けて脇腹を押さえている。口端からは血が流れて——なのにハーツは紘伊の腕を掴んで行かせてくれない。
「なんで? エルは何も悪い事をしていないだろ? 罰するなら俺だけで充分だ!」
震えながらハーツを見据える。知らない間に涙が流れている。
「ヒロイをいじめるな!」
壁から背を離し、立ち上がったエルが翼を広げてハーツに向かう。
「エル! やめろ! 止まれ!」
ハーツの指先から出ている鋭い爪がエルに向かった。すんでのところで回避したエルは、床に膝と手を付いてハーツを睨んでいる。エルの皮膚に鱗が浮かび、トカゲのような尾が床を打ち、緩く巻いた角が頭部から出ていた。
「俺を責めてくれ、ハーツ」
今にも飛びかかりそうな姿のハーツの背中を押さえれば、ハーツの怒りが紘伊に向かい、鋭い爪が紘伊の肩を裂いた。痛みに顔を顰める。でも声をあげてしまえばエルが向かって来る。それだけは抑えなければ。
「エル! 大丈夫だから——大丈夫だよエル。……少しだけ喧嘩したんだ、それだけだから。……そうだエル、お腹が空いただろ? 厨房にエルの好きな果物があるよ。ね? エルは良い子だから、言う事が聞けるよね?」
腕の傷から血が落ちないように手で押さえ、泣いてないと笑って見せる。竜の耳には紘伊の不安と興奮で早鐘を打つ音が聞こえているだろうし、いくら手で押さえたからといって血の匂いまで止める事は出来ないから、エルが紘伊の言葉に従ったのは、紘伊の真意を察したからだ。
「果物を食べて来る。ヒロイ、後で一緒に傷の手当てをしよう」
部屋の壁の向こう側には、部屋内の物音と声に気づいた従者が集まっている事だろう。ただハーツの指示を待っていただけの彼らは、やはり紘伊の味方ではない。ハーツはまだ気がたっている。荒い呼吸音が紘伊を怯えさせている。
「ヒロイをいじめるな」
「そんな事はしない。おまえが口を出す事ではない」
微睡の中、寝返りをうつ。シーツの上をパタパタ探って、一緒に寝たはずのエルを探した。そういえばカウチに寝たはずだ。なのに手触りがシーツで——ハーツが帰って来て運ばれたのかと思う。そうなればこの薄ら聞こえている会話はハーツとエルだ。エルは紘伊を庇ってハーツを問い詰めている。いけない。そんな事をすればハーツを苛立たせてしまう。
「……エル?」
覚醒に至らない思考の中で、エルの名を呼び、そうして自身も失態を犯したのだと怖くなる。
窓が開けられ、閉められる。カーテンを引く音と窓を打つ音。
「ハーツごめん、俺——」
言い終わる前に覆い被さって来たハーツに額を押さえられ、顎が上がった状態で深くキスをされた。
「ん——んんッ……」
ギラついたハーツの目が怖い。押さえつけられてキスをするのは初めてだ。
「……い、やだ、ハーツ——」
窓を叩くエルの行動が止む。同時に窓が割れる音が響いた。紘伊に覆い被さっていたハーツが動く。反対側の壁で重い音が響いた。
「ハーツ!」
ハーツの喉が鳴っている。初めて聞くハーツの威嚇音だ。盛り上がった筋肉と立ち上がったたてがみ。音のした方向を睨むハーツの目が光を帯びる。紘伊は震えた。日頃温厚なハーツが見せた怒りはかなりの衝撃を放つ。それでも紘伊はエルのところへ向かいたかった。壁に激突したエルは壁に背を預けて脇腹を押さえている。口端からは血が流れて——なのにハーツは紘伊の腕を掴んで行かせてくれない。
「なんで? エルは何も悪い事をしていないだろ? 罰するなら俺だけで充分だ!」
震えながらハーツを見据える。知らない間に涙が流れている。
「ヒロイをいじめるな!」
壁から背を離し、立ち上がったエルが翼を広げてハーツに向かう。
「エル! やめろ! 止まれ!」
ハーツの指先から出ている鋭い爪がエルに向かった。すんでのところで回避したエルは、床に膝と手を付いてハーツを睨んでいる。エルの皮膚に鱗が浮かび、トカゲのような尾が床を打ち、緩く巻いた角が頭部から出ていた。
「俺を責めてくれ、ハーツ」
今にも飛びかかりそうな姿のハーツの背中を押さえれば、ハーツの怒りが紘伊に向かい、鋭い爪が紘伊の肩を裂いた。痛みに顔を顰める。でも声をあげてしまえばエルが向かって来る。それだけは抑えなければ。
「エル! 大丈夫だから——大丈夫だよエル。……少しだけ喧嘩したんだ、それだけだから。……そうだエル、お腹が空いただろ? 厨房にエルの好きな果物があるよ。ね? エルは良い子だから、言う事が聞けるよね?」
腕の傷から血が落ちないように手で押さえ、泣いてないと笑って見せる。竜の耳には紘伊の不安と興奮で早鐘を打つ音が聞こえているだろうし、いくら手で押さえたからといって血の匂いまで止める事は出来ないから、エルが紘伊の言葉に従ったのは、紘伊の真意を察したからだ。
「果物を食べて来る。ヒロイ、後で一緒に傷の手当てをしよう」
部屋の壁の向こう側には、部屋内の物音と声に気づいた従者が集まっている事だろう。ただハーツの指示を待っていただけの彼らは、やはり紘伊の味方ではない。ハーツはまだ気がたっている。荒い呼吸音が紘伊を怯えさせている。
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