獣人カフェで捕まりました

サクラギ

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86 後悔

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 獣人国における紘伊の罪状は、王が追放された時点で無効となっている。だから捕えられる事はないのだけど、紘伊を手に入れた者が勝者というような、迷信が信じられつつあるのは、紘伊が王軍の包囲網から逃れて消えたせいもあるし、紘伊と出会ってからのハーツが、今までにない積極性を見せ、兄にさえ逆らい紘伊を守ったからもあるらしい。

「別れたくない」

 従者がハーツを呼びに来ても、紘伊はハーツをベッドに留めた。途中で置いて行かれるのも嫌だったし、置いて行かれたら病んでしまいそうなくらいに寂しかったからだ。ハーツも紘伊の意思を汲んでくれて、全ての役割を放棄してくれた。

「わかった」

 ハーツが紘伊を抱きしめながら、つむじに頬を寄せて頷いた。紘伊もハーツを抱きしめている。広くて厚い胸に顔を埋めて、短い時間の逢瀬を胸に刻み込んでいる。

「ごめん、嘘。大丈夫、待ってる」

 ハーツにとって面倒くさい相手にはなりたくない。そばにエルがいれば獣人がいる事を幻だとは思わないし、憧れだったギルベスターもいて、友人のイヨカが隠れ獣人だと知っても付き合いが続いている。寂しいと思うのは、この瞬間だけで、向こうに戻れば日常に慣れる。

「この世界に未練はない。ただの後始末だ。いつだってヒロイのそばに行ける」

「後始末だって簡単に言うけど、分かってる。あの子達を不幸にしたくないのは俺も同じだから」

 エルが可愛がっているあの子達は虎の遺伝子を持つ人とのハーフだ。最後に生まれた子が次元を超えられるようになるまで、あの地下施設は維持される。

 ハーツが代表を勤めていた組織もゆっくりと手を引いている。過ぎた力は全てを壊すと人の世に知らしめたのはギルベスターだ。上から圧力をかけ、手を引かせたのはハーツの功績らしいのだが。

「ハーツのそばにいたらダメかな?」

 本音が口をつく。腕が緩み、表情を見られた。恥ずかしい。獣人国のいろいろが煩わしくて戻りたいと願ったのは紘伊の方なのに。

「もちろんあの子達が無事にこっちに渡れたら、その後でって事だよ」

 あと数年で渡り切れる予定だ。それが終わればギルベスターもイヨカも、あの世界にいる獣人全てが引き上げて来る。本当の意味で決別するというのに、紘伊のわがままを汲むように、ハーツは紘伊の側に残ろうとしてくれている。

「よく考えたら俺、こっちの方が知り合いが多いんだよね。向こうには特に会いたい人もいないし。ほら、ハーツだって知ってるだろ? 俺には家族もいないし、友達って言える人もいない。なのに戻りたいって思ってしまったのは、単に残して来た部屋とか仕事とか、そういう引っ掛かりがあっただけだった。そういうの全部片付いてるって見て来たし、唯一の友人だったイヨカも獣人だったし。もう未練はないんだ」

 必死に訴えてみる。ハーツはただ静かに聞いてくれている。呆れないと良い。都合よくコロコロ意見を変えるとウンザリされたらどうしよう。紘伊はハーツの視線を受け止めきれなくて、胸に顔を埋めた。
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