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84 情勢

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 遠い昔、獣人国とこの国が繋がったのは、人の願いが通じたからだとされている。紘伊にとったらそんなものは御伽話で、事実ではないと一蹴するのだが、実際に獣人がここにいて、紘伊は獣人国に行っていた。だから信じるしかないと思っていたのに、実際に目の前で道を繋ぐ体験をしてしまった。

 ギルベスターが言うには、獣人国に道を作るのに最適な媒体があって、その者が純粋に人との繋がりが持ちたいと願った気持ちが道となるらしい。

 今回の媒体はエルだ。産まれたばかりで、紘伊の存在が全ての思考を左右する竜の子である。紘伊が願えばそれを叶える事が全てになる。その純粋さは、人を愛する気持ちに匹敵するらしいのだけど——実際に目の前に道が開けたのだから信じるしかないのだけど。信じられない気持ちの方が強い。

「ヒロイ」

 ギルベスターと共に地下室から戻って来たエルが紘伊に抱きついて来る。よしよしと撫でてやると嬉しそうに目を閉じた。身長の高いエルだけど、体重は軽い。紘伊の膝に乗って巻きついても、紘伊の膝が痛む事はない。ただ身動きがし辛くて邪魔ではあるが。

「そういえば向こうでハーツが困っていると聞いた」

「ハーツが?」

 エルの行動などもう当たり前で、紘伊が可愛がるのも視野に入っていないらしいギルベスターは、部屋の脇に置いてあるティーセットからインスタントコーヒーを選択し、湯沸かしポットからお湯を注いで飲んでいる。

「イーズ領が自由区域になったから、そこの代表に推されているらしいよ」

 ハーツは紘伊といる為に、いろいろ用意される役割を引き受けない方向でかわしている。それこそ自由区域の代表になってしまったら、紘伊のいるこちらにも来られないし、紘伊の居場所のあるウェルズ領の家にさえも来られなくなる。

「せめて早く王が決まれば、ハーツも逃げ出して来れるのにな」

 ギルベスターはこちらに居ながら向こうの情勢に聡い。ハーツとも連絡が取れているようなんだけど、その仕組みを紘伊には教えてくれない。獣人側の秘密と言われてしまえば紘伊にはそれ以上、聞く事ができなかった。

「王は決まりそうですか?」

 紘伊がそう言うとギルベスターは苦い顔で笑った。

「人を伴侶とする者や親が人である奴らが多くなっている。王制は続かないかもな」

 しかも獣人国へ来ている人は日本人が多い。獣人国の民主主義化もあり得るのかもしれない。

「長くかかりそうですね」

 そうなれば法だけでなく仕組みも変わる。うまい落とし所があれば良い。

「いっそハーツが代表を受け入れたら良い」

 ギルベスターの意見はなんとなく多数の意見だろうと思えるけど、それだと紘伊には不都合だ。みんなのハーツになってしまう。紘伊は今すぐにでもハーツに会いたいと思っている。

「それは俺が嫌なんで」

 ハーツは今までも約束を守らず紘伊を後回しにしている。仕方がないと思うけど、もう少しそばにいる努力をして欲しいと思っている。寂しさを飲み込めば、膝に乗っているエルが紘伊を見る。それは親の心を読むような幼子の態度に似ていた。
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