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56 攻防
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「どういうつもり?」
自分が綺麗だと自覚があって、それを最大限に活かすやり方を知っている。ヴォグの態度を見ても不快しかない。紘伊はため息を吐いた。
「領主に何を言われたのか知らないけど、昨日の事は気にしていない。謝罪も受け入れた。だからもう良いだろ? 早く部屋から出て行ってくれないか?」
「それはできません」
紘伊の言葉に被せて否定したヴォグの表情には焦りが見える。
「お願いします! 一度で良いんです。私を受け入れて下さい」
獣人の力で飛びかかられて、背中から絨毯の上に落ちて押さえつけられている。
「——何のつもりだ!」
背中を強打して一瞬息が止まる。ヴォグに真上から見下ろされている。
「一回くらい良いだろ? 狼族を抱けるなんて名誉な事、二度とない。しかもこの俺が相手してやるって言ってるんだ、イイ思いさせてやるよ」
ヴォグが顔を近づけて来るのをそっぽを向いて避ける。片手が肩から外れた隙を見て体を返す。
「なんでそうなるんだ? 俺は浮気しない主義なんだ! それにおまえは俺のタイプじゃねえよ」
ヴォグの力が弱まった隙を見てドアへ走ったが、ドアは施錠されていて開けられない。どういう事だ? ヴォグの行動は従者や護衛にも伝わっているのか?
「なんでだよ? それじゃあ困るんだよ。なあ? 俺が頼んでるんだ、この俺が」
絨毯に両手を置いて握り締め、座り込んで紘伊を見上げたヴォグの目には涙が溜まっている。
「泣くほど必死になるような事か?」
狼族の法や常識を知らない。ヴォグが何を思っているのかも分からない。
追って来たヴォグに追い詰められ、ドアに背を預けた形で、体の左右に両手が置かれ、真っ正面から対峙する。息のかかる距離で見つめられているヴォグの目は血走っていて、美しい青の瞳が凶悪に映る。
「たかが人が俺から逃げられると思うな」
ヴォグから距離を取る為に沈み込む。隙間から逃げられないかと視線を走らせれば、かがみ込んだヴォグに行動の範囲を狭められる。後ろ手でドアを叩く。助けが来るとは思えないが、抵抗の行動を止める気はない。獣人の人に対する理不尽なやり方は痛いほど分かっている。ほんの少し気を抜いただけでこれだ。
「俺とヤッて、それでお前は何の理があるんだ? たかが人の! 蔑む俺とヤッて!」
「そういう命令なんだ! できなければ俺は捨てられる!」
「そんなのヤッたところで無駄だろ? 俺とヤッて得られるものなんてない!」
掴み掛かられ、胸ぐらが締まって息が苦しい。途切れる息に抗うように息を吸って、吐きながら言葉にする。緊張で視界が揺れる。それでも守るものがある。ハーツの信頼を、こんな事で裏切りたくない。諦めたくない。
「そんなはずない! 俺が捨てられる? そんなわけ、ない」
ヴォグの嗚咽と奥歯の軋みが聞こえる。荒い息はヴォグも同じだ。紘伊の喉を締めながら、涙を流して詰め寄っている。ヴォグの力が緩んだ瞬間に隙間から抜け出し、恐怖から足が立たずに情けなくも這いつくばって距離を取る。
逃げられた。この一瞬の危機からはかろうじて抜けられた。だが次の手が見つからない。ドア前で膝をついて俯くヴォグの背中を見ている。どうすれば良い? 辺りに視線を向けた。
自分が綺麗だと自覚があって、それを最大限に活かすやり方を知っている。ヴォグの態度を見ても不快しかない。紘伊はため息を吐いた。
「領主に何を言われたのか知らないけど、昨日の事は気にしていない。謝罪も受け入れた。だからもう良いだろ? 早く部屋から出て行ってくれないか?」
「それはできません」
紘伊の言葉に被せて否定したヴォグの表情には焦りが見える。
「お願いします! 一度で良いんです。私を受け入れて下さい」
獣人の力で飛びかかられて、背中から絨毯の上に落ちて押さえつけられている。
「——何のつもりだ!」
背中を強打して一瞬息が止まる。ヴォグに真上から見下ろされている。
「一回くらい良いだろ? 狼族を抱けるなんて名誉な事、二度とない。しかもこの俺が相手してやるって言ってるんだ、イイ思いさせてやるよ」
ヴォグが顔を近づけて来るのをそっぽを向いて避ける。片手が肩から外れた隙を見て体を返す。
「なんでそうなるんだ? 俺は浮気しない主義なんだ! それにおまえは俺のタイプじゃねえよ」
ヴォグの力が弱まった隙を見てドアへ走ったが、ドアは施錠されていて開けられない。どういう事だ? ヴォグの行動は従者や護衛にも伝わっているのか?
「なんでだよ? それじゃあ困るんだよ。なあ? 俺が頼んでるんだ、この俺が」
絨毯に両手を置いて握り締め、座り込んで紘伊を見上げたヴォグの目には涙が溜まっている。
「泣くほど必死になるような事か?」
狼族の法や常識を知らない。ヴォグが何を思っているのかも分からない。
追って来たヴォグに追い詰められ、ドアに背を預けた形で、体の左右に両手が置かれ、真っ正面から対峙する。息のかかる距離で見つめられているヴォグの目は血走っていて、美しい青の瞳が凶悪に映る。
「たかが人が俺から逃げられると思うな」
ヴォグから距離を取る為に沈み込む。隙間から逃げられないかと視線を走らせれば、かがみ込んだヴォグに行動の範囲を狭められる。後ろ手でドアを叩く。助けが来るとは思えないが、抵抗の行動を止める気はない。獣人の人に対する理不尽なやり方は痛いほど分かっている。ほんの少し気を抜いただけでこれだ。
「俺とヤッて、それでお前は何の理があるんだ? たかが人の! 蔑む俺とヤッて!」
「そういう命令なんだ! できなければ俺は捨てられる!」
「そんなのヤッたところで無駄だろ? 俺とヤッて得られるものなんてない!」
掴み掛かられ、胸ぐらが締まって息が苦しい。途切れる息に抗うように息を吸って、吐きながら言葉にする。緊張で視界が揺れる。それでも守るものがある。ハーツの信頼を、こんな事で裏切りたくない。諦めたくない。
「そんなはずない! 俺が捨てられる? そんなわけ、ない」
ヴォグの嗚咽と奥歯の軋みが聞こえる。荒い息はヴォグも同じだ。紘伊の喉を締めながら、涙を流して詰め寄っている。ヴォグの力が緩んだ瞬間に隙間から抜け出し、恐怖から足が立たずに情けなくも這いつくばって距離を取る。
逃げられた。この一瞬の危機からはかろうじて抜けられた。だが次の手が見つからない。ドア前で膝をついて俯くヴォグの背中を見ている。どうすれば良い? 辺りに視線を向けた。
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