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54 理不尽すぎる

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 ヴォグはマリカ、狼領主の伴侶らしい。ティカは領主の伴侶を止められる立場だから高官だと思う。

「ヒロイ様、ヴォグが失礼を致しました。傷は大丈夫でしょうか」

 ティカは背にヴォグを庇いながらヒロイに向けて礼の姿勢を取った。別に事を荒立てる気は無いと答えようとした所でティカに言葉を被せられた。

「ですがヒロイ様、必ず従者を付けて行動される様にお願いがされていたのでは? 違えられてはこちらが困ります」

 鋭く冷たい視線が紘伊へ落ちる。謝るのは口だけで、責めの前触れでしかなかった事を知る。つくづく狼族のやり方が嫌いになる。

「そう言うんなら俺の言葉にまともな意見を言えるヤツを寄越せよ。せめてハーツがいつ来るかくらい教えてくれたら良いだろ?」

 紘伊にだって我慢の限界がある。紘伊は呼ばれて来ただけだ。狼領主を奪う気など欠片もなく、ハーツの婚約者としての自分を貶められる理由もない。

「そんな嘘は聞きたくない! マリカ様に思わせぶりな視線を送っていたじゃないか! 俺は見てた! マリカ様の寵愛を望んでいただろ?」

 ガゼボで大人しく見守っていた仲間も強い視線を送って来る。どこをどう見たらそんな風に見えるのか。理不尽さにキレそうだ。

「俺はハーツの伴侶だ。そんな事を思う訳ないだろ」

「嘘だ! そんな筈ない! 本当は威嚇ばかりの怖い獅子族に脅されて逃げて来たんだろ!」

「黙りなさい、ヴォグ! 王弟殿下を侮辱してはいけません」

 紘伊はウンザリしながら立ち上がる。狼族は伴侶も狼族を選ぶと聞いている。自分の種族に誇りを持ち、優位に思うのは勝手だ。美しい姿を好む人もいるかもしれない。でも紘伊は違う。紘伊はハーツ以外の誰もいらない。

「馬鹿馬鹿しい」

 溜息混じりでつぶやいて踵を返した。

「待てよ! 逃げるのか!」

 子どもの癇癪としか思えない。紘伊は振り返りもしなかった。紘伊の行き先に最初に案内をしてくれた従者が立っている。胸に手を当て、すまなそうに視線を下げ、紘伊の案内として先に立った。

「大変失礼を致しました、ヒロイ様。あれは領主の伴侶のひとりでヴォグと申します。領主の伴侶は複数おりまして、領主の寵愛を得るのに必死なのでございます」

 紘伊は前を行く従者の説明を、部屋に戻りながら聞いている。紘伊にしてみれば、だから何? だ。狼族の寵愛合戦なんて紘伊の知るところではない。好きにすれば良い。あの数秒視線を交わした謁見を見て、紘伊が領主に惹かれたなど、どこのどの部分を見れば思えるのか。

 ハーツの温かい腕の中を思い出す。早く会って胸の獣毛に顔を埋めたい。遅いと文句を言って、悪かったと慰めて欲しい。

「ハーツはいつここに来る?」

「それは私では分からぬ事です。明日にでも領主との面会を取り付けましょう」

「聞いて来てくれたら良いだろ? 会ってまた変に誤解されたくない」

「それは従者の仕事の範疇を超えてしまいます。どうかご了承下さい」

 紘伊はイライラしている。狼領は不便が過ぎる。熊領主は領民と同じ位置にいて楽しそうに会話を楽しんでいた。

 ハーツだって王弟だ。本来なら軽く会話を出来る相手ではない。でもハーツは領民と親しくしている。子ども達と楽しく遊んだりもする。ハーツは初対面は怖く感じるかもしれないけど、とても豊かで温かい優しい獣人だ。紘伊の想いはハーツにしか向いていない。貶められる理由など微塵もない。
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