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39 逃走

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 竜をもらった。それは生まれたばかりの雛で、親から離れて生きていけるかも分からない状態だ。初めから成体を渡す気は無かったのだろう。

 外に出たら獅子軍が揃っている。知らないうちに竜軍と獅子軍とが距離を置いて睨み合っていた。

「どういう事?」

 ハーツの元に馬が駆けて来る。それに馬車が1台。何て早い行動だ。

 竜軍が見守る中、反対側で列を成す獅子軍に守られながら、トオルを馬車に乗せる。中には獅子の医師が乗っていた。ハーツと一緒に馬に乗る。マサキは拘束されたままヴィルの馬に乗せられた。

「ウェルズから来たんじゃないよね?」

「ウェルズから来た者と中央区から来た者がいる」

「遠いよね?」

 竜軍に背を向け獅子軍の方へ駆けて行く。ハーツが加わると歓声が上がる。

「元々近くに待機させていた。それがヒロイの音に反応してここまで来たんだろう」

 ハーツは誇らしげだ。でもまだ取引の内容を聞いていない。

「このまま領に向かうの?」

「そうしたいが」

 ハーツが馬車を振り返る。馬車の揺れと周りの獣人の気がトオルの体に触る。拘束されているマサキも意識を失ったままだ。

「何を要求された? 国の法に則ってってどういう事?」

 ハーツの胸にもたれて顔を見上げる。言いたくなさそうな表情をしていたが怯まない。聞かないと後で後悔するから。

「あの爬虫類の領地を交換条件に提示された」

「もう奪ったの?」

 まだ数日前の話だ。本当に進行したとは聞いていない。

「冗談で済まなくなったと言う事だな」

 それはどういう事? 思考を巡らせる。
 ハーツは本気かどうか分からない曖昧な話で終わっていた。それをどこからか耳にした竜族がハーツを陥れて冗談を本気にさせ、その奪った領地を何もせず手に入れる計画を練っていたと言う事か。

「ごめんなさい」

 紘伊のせいで争いが起きる。今度は冗談でも軽口でもなく政治が絡んだ現実として。

「いや、竜を欲しいと打診したのは俺だ。この時期に軽く了承された事に警戒するべきだった。ヒロイのせいでは決してない」

「色ボケたハーツのせいだから気にするな」

 後ろから声がかかった。見ればハーツと同じ獅子族と分かる姿で馬を駆る、陽気で軽い印象をした者がいる。誰? とハーツを見る。

「弟だ」

 ハーツには何人兄弟がいるのだろう。でもそう言われると似ていると思う。ハーツよりもずいぶん甘い顔だちだけど。

「爬虫類の領地はこの近くなんだ。それを知りながら単身でストムズに行く方が甘いと思うんだが?」

「アルツェ、言い方に気をつけろよ」

「はーい、お兄様、ヒロイ、あとでたっぷり話そうぜ? お兄様抜きでな」

「応じずとも良いぞヒロイ、時間の無駄だ」

 軽口が続いているけど途中で獣人語になった。紘伊には分からないけど楽しそうに見えた。ハーツの重荷が少しでも軽くなったら良いなと思う。獅子族は温かい。ハーツの温かさと同じ空気が周りにもある。

 竜族は重い空気を持っていた。もしかしたら相手を蹴落とす事が当然の場所なのかもしれない。のんびりした性質だと聞いていたのにずいぶん違う。陰謀を巡らせるのも時には必要なのかもしれないけど、紘伊は近づきたくないなと思う。
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