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9 暴力

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 ガタガタっと椅子から落ちた。落ちたけど拘束された手首の鎖が壁と繋がっている。変に浮いた体勢で引きつる脇と腕の痛みに耐えた。

「人のくせに生意気な!」

 獣人が机を蹴り、その音に怯む。ついでに足を蹴り上げられ、外れない手首の拘束が食い込んで痛い。ガツッと腹に蹴りを入れられた所でドアが開き、入って来た黒服の男が獣人の両脇を抱える様にして部屋を出て行った。その時の悲鳴に似た獣人語が耳に残る。

「白石さん大丈夫ですか?」

 案内の人が駆け寄って来て壁の拘束を外した。脇が痛い。手首が痛い。腹が痛い。それでも苦笑を浮かべる。

「……大丈夫です」

 これがこの後も続くのか? 獣人カフェだと営業は12時から5時だ。30分仕事30分休憩というルールの元から行くと、指名が続けばあと最低3回は獣人に会う事になる。人カフェのルールは知らない。どうなるのか分からない恐怖がある。

「たまにいるんですよね~憂さ晴らしに来店する客が。一応、身分の高い方しか入店出来ない事になっているんですけどね~たまにお偉方のご紹介とかあって~そんなにないんですけどね~白石さん、運が悪かったですね~あははは」

 軽い説明を受けながら休憩室に連れられて行く。

「あの方は今後ずっと出禁ですから、不安に思わないでくださいね」

 湿布と消毒薬と絆創膏を渡され、ドアを閉められ外から施錠の音が響く。

 大きな身体で攻められる恐怖を知る。男だから何度か喧嘩の経験はある。学生時代は進学校でエリートが通う学校に行っていたけど、裏で暴れるヤツはいて、紘伊のようなタイプは格好の獲物だった。でもそれは同じ人同士の喧嘩で、素手相手にここまで恐怖する事は無かった。

 腹に怒りが溜まっている。吐き出す場所のない怒りは久しぶりだ。蹴られた腹が赤くなっている。吊られた左脇が軋む。湿布を貼ってみたが多少の冷たさを感じるくらいで痛みは取れない。

 あの部屋に戻って手枷をされる。規則ですからと取り付ける案内係に同情の視線を向けられて屈辱を得る。

 次の客は紘伊の湿布の匂いが嫌だとキャンセルしたらしい。ホッとする。そのせいかこの日の予約は全てキャンセルされたらしく、鎮痛剤と湿布を渡されて、部屋に帰された。

 部屋に戻ってシャワーを浴びる。脱いだ物を洗濯機に突っ込んで洗う。腹の赤みが腫れて青くなっている。左手首にも青痣ができている。

 理不尽な思いはこの日だけじゃない事を思い知って行く。

 次の日の朝、マサキとトオルに話を聞きたかったのに、待機部屋には通されず、昨日と同じ部屋に通された。ただ手枷は無くなった。昨夜逃亡を計らなかった為、信頼を得たらしい。

 そして最初の客に会ってウンザリする。出禁じゃないのか? 入って来て一発目に腹を蹴られ、壁に背中を打った。

「おまえのせいだ! どうしてくれるんだよ?」

 意味が分からない。
 たぶんワニとかトカゲとか、毛皮を持たない生き物だ。目もギョロリとしていてノッペリしている。触れたらヌルリとしそうだ。

 背中を踏みつけられ、脇腹を蹴られた。ドアが開くまで蹴られて踏まれた。

 すごく長い時間に思えたけど、たった5分の出来事だった。
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