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12 隼也の部屋

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 心を決めて見上げる。笑顔を張り付かせる。

「なんか人違いをされてね、でも何もなかったよ? すぐに気づいてくれたし」

「抱きしめてもいい?」

 じっと見られているから嘘を吐きにくい。それでも笑って見せる。

「え? なんで?」

「震えてる」

 背中に手を回されて、気づいたら隼也の肩に頬が押し付けられていた。ムスクかな? 香水の匂いがする。ついさっき嫌な匂いを嗅いだ後だから、より爽やかな印象を持った。

「なにこれ? 隼也っぽくないよ」

 冗談にしたくて隼也の背中を強めに叩く。でもギュッと抱きしめられたままで、頭の匂いを嗅がれてそうで何だか恥ずかしい。別に隼也は俺の異変を察知してくれて、友達として捨て置けなかっただけで、これも非常事態に対する効果的な措置なんだろう。

「俺っぽいってなに?」

「こういう事しなさそうでしょ。相手が女の子だったらわかるけど。だって俺だよ? 隼也いつも俺の前だと不機嫌でしょ」

 恥ずかしすぎて悪態をつく。早く離して欲しくて抵抗をしてみたら、あっさり腕が離れて行った。背中が遠ざかって行く。本当に抱きしめたかっただけ? っていうかそれだけでも意味がわからない行動なんだけど。

「コーヒー飲む? インスタントのホットしかねえけど」

「うん、ありがとう」

 対面キッチンのスツールを示されたからそこに座った。隼也は棚からコーヒーを出してマグカップを取り、慣れた手つきでお湯を入れている。一瞬でコーヒーの香りが部屋に満ちた。そういえば隼也の部屋は無臭だった。いかにも高そうなルームフレグランスが似合う部屋なのに。まぁ俺は無臭のほうが好みでコーヒーの匂いが好きだけど。

「はい」

「ありがとう」

 対面キッチンの中でコーヒーに口をつけながらマグカップを差し出された。たぶん何かのアーティストのロゴが入ったマグカップだ。ギターがあるからロックバンドだろうか。飲むと気分がホッとする。少し薄めなのも好みだった。

「賢吾と会うの?」

 唐突に聞かれる。隼也はカウンターを回って俺の後ろに位置するソファに座った。そこが定位置なのかもしれない。

「うん、たぶんね」

 そう答えたのは、どうにか逃げられないかと思っているからだ。

「俺、いねえよ?」

「うん、知ってる。鰻屋さんの手伝いに行くんだよね?」

「それは知ってんだ」

 うん、そうだね。それは知ってる。でもほとんど知らない。思わず愛想笑いをしてしまった。

「俺の前で笑わなくて良い」

「……あ、ああ、ごめんね、俺っていろいろ疎くて、笑うのも癖で——」

 傷ついた。なんか、胸がキュッとなった。息が上手くできなくて苦しい。嫌われてる。なのになぜ家に連れて来られたのかわからない。

「別に良い」

「あ、うん、ごめんね」

「無理に謝らなくても良い」

「ッ——」

 言葉が出ない。何を言ったら良い? 全部否定されて、不機嫌な顔をして。一気にコーヒーが不味く思える。イライラする。こんな話をするくらいなら、車に乗らなければ良かった。家に帰りたい。

「コーヒーごちそうさま。帰るね?」

 半分も飲んでいないコーヒーをカウンターに置いて立ち上がる。

「怒ったのか?」

「違うよ。帰りたいだけ」

「怒ったんじゃねえか」

 先回りされて、なぜか隼也の腕の中にいる。なぜ? さっきから何で抱きしめる? 耳元でため息をつかれて怒りも膨らむ。胸を手で押して睨む。多分涙目になってる。キライだ。隼也なんてキライだ。
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