12 / 31
12 隼也の部屋
しおりを挟む
心を決めて見上げる。笑顔を張り付かせる。
「なんか人違いをされてね、でも何もなかったよ? すぐに気づいてくれたし」
「抱きしめてもいい?」
じっと見られているから嘘を吐きにくい。それでも笑って見せる。
「え? なんで?」
「震えてる」
背中に手を回されて、気づいたら隼也の肩に頬が押し付けられていた。ムスクかな? 香水の匂いがする。ついさっき嫌な匂いを嗅いだ後だから、より爽やかな印象を持った。
「なにこれ? 隼也っぽくないよ」
冗談にしたくて隼也の背中を強めに叩く。でもギュッと抱きしめられたままで、頭の匂いを嗅がれてそうで何だか恥ずかしい。別に隼也は俺の異変を察知してくれて、友達として捨て置けなかっただけで、これも非常事態に対する効果的な措置なんだろう。
「俺っぽいってなに?」
「こういう事しなさそうでしょ。相手が女の子だったらわかるけど。だって俺だよ? 隼也いつも俺の前だと不機嫌でしょ」
恥ずかしすぎて悪態をつく。早く離して欲しくて抵抗をしてみたら、あっさり腕が離れて行った。背中が遠ざかって行く。本当に抱きしめたかっただけ? っていうかそれだけでも意味がわからない行動なんだけど。
「コーヒー飲む? インスタントのホットしかねえけど」
「うん、ありがとう」
対面キッチンのスツールを示されたからそこに座った。隼也は棚からコーヒーを出してマグカップを取り、慣れた手つきでお湯を入れている。一瞬でコーヒーの香りが部屋に満ちた。そういえば隼也の部屋は無臭だった。いかにも高そうなルームフレグランスが似合う部屋なのに。まぁ俺は無臭のほうが好みでコーヒーの匂いが好きだけど。
「はい」
「ありがとう」
対面キッチンの中でコーヒーに口をつけながらマグカップを差し出された。たぶん何かのアーティストのロゴが入ったマグカップだ。ギターがあるからロックバンドだろうか。飲むと気分がホッとする。少し薄めなのも好みだった。
「賢吾と会うの?」
唐突に聞かれる。隼也はカウンターを回って俺の後ろに位置するソファに座った。そこが定位置なのかもしれない。
「うん、たぶんね」
そう答えたのは、どうにか逃げられないかと思っているからだ。
「俺、いねえよ?」
「うん、知ってる。鰻屋さんの手伝いに行くんだよね?」
「それは知ってんだ」
うん、そうだね。それは知ってる。でもほとんど知らない。思わず愛想笑いをしてしまった。
「俺の前で笑わなくて良い」
「……あ、ああ、ごめんね、俺っていろいろ疎くて、笑うのも癖で——」
傷ついた。なんか、胸がキュッとなった。息が上手くできなくて苦しい。嫌われてる。なのになぜ家に連れて来られたのかわからない。
「別に良い」
「あ、うん、ごめんね」
「無理に謝らなくても良い」
「ッ——」
言葉が出ない。何を言ったら良い? 全部否定されて、不機嫌な顔をして。一気にコーヒーが不味く思える。イライラする。こんな話をするくらいなら、車に乗らなければ良かった。家に帰りたい。
「コーヒーごちそうさま。帰るね?」
半分も飲んでいないコーヒーをカウンターに置いて立ち上がる。
「怒ったのか?」
「違うよ。帰りたいだけ」
「怒ったんじゃねえか」
先回りされて、なぜか隼也の腕の中にいる。なぜ? さっきから何で抱きしめる? 耳元でため息をつかれて怒りも膨らむ。胸を手で押して睨む。多分涙目になってる。キライだ。隼也なんてキライだ。
「なんか人違いをされてね、でも何もなかったよ? すぐに気づいてくれたし」
「抱きしめてもいい?」
じっと見られているから嘘を吐きにくい。それでも笑って見せる。
「え? なんで?」
「震えてる」
背中に手を回されて、気づいたら隼也の肩に頬が押し付けられていた。ムスクかな? 香水の匂いがする。ついさっき嫌な匂いを嗅いだ後だから、より爽やかな印象を持った。
「なにこれ? 隼也っぽくないよ」
冗談にしたくて隼也の背中を強めに叩く。でもギュッと抱きしめられたままで、頭の匂いを嗅がれてそうで何だか恥ずかしい。別に隼也は俺の異変を察知してくれて、友達として捨て置けなかっただけで、これも非常事態に対する効果的な措置なんだろう。
「俺っぽいってなに?」
「こういう事しなさそうでしょ。相手が女の子だったらわかるけど。だって俺だよ? 隼也いつも俺の前だと不機嫌でしょ」
恥ずかしすぎて悪態をつく。早く離して欲しくて抵抗をしてみたら、あっさり腕が離れて行った。背中が遠ざかって行く。本当に抱きしめたかっただけ? っていうかそれだけでも意味がわからない行動なんだけど。
「コーヒー飲む? インスタントのホットしかねえけど」
「うん、ありがとう」
対面キッチンのスツールを示されたからそこに座った。隼也は棚からコーヒーを出してマグカップを取り、慣れた手つきでお湯を入れている。一瞬でコーヒーの香りが部屋に満ちた。そういえば隼也の部屋は無臭だった。いかにも高そうなルームフレグランスが似合う部屋なのに。まぁ俺は無臭のほうが好みでコーヒーの匂いが好きだけど。
「はい」
「ありがとう」
対面キッチンの中でコーヒーに口をつけながらマグカップを差し出された。たぶん何かのアーティストのロゴが入ったマグカップだ。ギターがあるからロックバンドだろうか。飲むと気分がホッとする。少し薄めなのも好みだった。
「賢吾と会うの?」
唐突に聞かれる。隼也はカウンターを回って俺の後ろに位置するソファに座った。そこが定位置なのかもしれない。
「うん、たぶんね」
そう答えたのは、どうにか逃げられないかと思っているからだ。
「俺、いねえよ?」
「うん、知ってる。鰻屋さんの手伝いに行くんだよね?」
「それは知ってんだ」
うん、そうだね。それは知ってる。でもほとんど知らない。思わず愛想笑いをしてしまった。
「俺の前で笑わなくて良い」
「……あ、ああ、ごめんね、俺っていろいろ疎くて、笑うのも癖で——」
傷ついた。なんか、胸がキュッとなった。息が上手くできなくて苦しい。嫌われてる。なのになぜ家に連れて来られたのかわからない。
「別に良い」
「あ、うん、ごめんね」
「無理に謝らなくても良い」
「ッ——」
言葉が出ない。何を言ったら良い? 全部否定されて、不機嫌な顔をして。一気にコーヒーが不味く思える。イライラする。こんな話をするくらいなら、車に乗らなければ良かった。家に帰りたい。
「コーヒーごちそうさま。帰るね?」
半分も飲んでいないコーヒーをカウンターに置いて立ち上がる。
「怒ったのか?」
「違うよ。帰りたいだけ」
「怒ったんじゃねえか」
先回りされて、なぜか隼也の腕の中にいる。なぜ? さっきから何で抱きしめる? 耳元でため息をつかれて怒りも膨らむ。胸を手で押して睨む。多分涙目になってる。キライだ。隼也なんてキライだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
25
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる