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1 佐倉碧の日常

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 大学生になったら、何か大きな変化があって、とても充実した日々を暮らせると思っていた。

 たとえば親元を離れての一人暮らしだから、夜遅くまで友達と飲んで雑魚寝して、計画もなく車を走らせ、朝焼けの海を見るとか。

 恋人ができて一人暮らしがいつの間にか同棲になっていて、普段のなにげない日常生活が楽しくて、でも些細な事で喧嘩して、仲直りのパターンも決まってきたりして、その後の仲直りセックスとか盛り上がったりして——夢は尽きないけれど、現実は日々淡々と過ぎて行くだけ。

 最初が悪かったのだろうか。だいたい誰にも志望校を告げずに実家から遠い距離の大学を選び、受かって通い始めたのに、なぜか高校の時に仲良くしていたヤツらのうちの二人がいて——高校の時と変わらない生活が始まってしまった。これはもう不可抗力で、新たな友人関係が欲しいと思っていても、今更始めるのもという億劫と面倒臭さが先に立つ。気休めに学食やカフェを多く利用しても、隣と前にはいつもの二人がいて、周りを観察はしているけど動けるタイミングがない。

 目立つヤツは目立つし、入学して3ヶ月、夏季休暇前にもなれば、グループも固定してしまっているし、行動パターンも決まってしまう。

 ただ休み前だから雰囲気が浮かれている事もあって、なんとか別の場所に潜り込んで行けないかとは思うのだけど。でもできなくて、俺だけが取り残されて暗い場所に蹲っている気がしてしまう。

 佐倉碧さくらあおい、身長平均、顔も普通。ただ頑張って清潔感とか身だしなみとかには気を使っている。服装も多少は流行りを取り入れて、でも使い回しも気にしてて、周りに浮かないようにしている。性格は引っ込み思案で消極的。変化を求めているけど一歩すら踏み出せない小心者。しかもこんなんでゲイである。周りを気にして萎縮してしまうから、恋人探しにさえアプリを利用する程度で、発展場にもゲイバーにも行く勇気がない。

 アプリだって使いこなせている訳ではなく、身近に同じアプリを使用している人がいるとバイブが作動する機能を使っているのだけど、スマホが震えても周りを確かめる勇気もなくて、コメントで誘いを受けても返事もできず、結果何の変化もないと鬱々している。

 いつもその都度気になる人はいる。それもまた自分がゲイだと自覚してから変わらない。中学生の時は同級生だったし、高校生の時は先輩だった。どちらもすれ違えば嬉しい。使っている香水を調べて同じのを買ってみたり、スニーカーのブランドを真似してみたり。誰にも気づかれずに乙女のように女々しく恋心を隠して来た。だからまだ童貞処女。ただ知識だけは豊富なアンバランスさの中にいる。

 俺の好みはいつも俺とは正反対の目立つ男。それこそアイドルとか俳優とか、女の子にモテて明るい輪の中心にいるようなタイプだ。顔が良くてスタイルが良くて、笑顔が輝いていて声が良くて——思考全てが夢みがちであることなんて自覚しているけど、どうしてもそういう人に目が行ってしまう。

 あんな良い男に話しかけられて、あわよくば誘われて、甘いセリフを言われて触られて、キスなんてされたら……憧れは尽きないけれど、現実は追いついて来ない日々。

 今日もまた、憧れている俳優の七瀬拓海が使用している香水とCMをしている時計を付けて、七瀬拓海とまでは言わないけれど、爽やかな良い男と出会いたいと思いながら、いつもの友達とカフェ席に座り、くだらない事を話しながらアプリを起動させ、周囲に気を向けている。
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