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一章
〜覚醒の時〜
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丸丸高校に入学して早三ヶ月。桜舞い散る木々は、どこえやら。季節はすっかり夏に変わり、朝から汗ばむ程の暑さになっていた。
隣で一緒に登校している麗央もワイシャツの襟元をパタパタしている。
「暑すぎんだろ、コンビニで飲み物買わね?」
一も二も無く賛成し近くのコンビニへ。
コンビニに向かうと駐車場の辺りで人混みが出来ていた。皆んなこの暑さにやられてコンビニに流れて来たのだろうか?
だが、どうも様子がおかしい。
皆んな駐車場に集まっているだけで一向に動こうとしない。
「なんだ?」人混みをかき分け先頭に出た。
すぐに後悔した。
駐車場の真ん中に山になって積まれている動物の死体。犬やら猫やら色々な死体がごちゃ混ぜになって積まれていた。
山の周りに血の溜まりが有り、周りには無数の蝿が飛んでいた。
「なんだよ、これ……。」
「なあトラ、あれ何かおかしくないか?」
この状況が既に変なんだが、一応聞いてみた。
「無いんだよ、全部……。」
何が?
「あの死体…頭が。」
2
嫌な物を見たせいで暑さも引いてしまった。
悪戯にしても限度がある。麗央もあれから黙ったままでいる。当然と言えば当然だ。
学校に着くと玄関口で女子が二人、麗央に近づいてきた。「麗央くん、おはよう。」一人が屈託の無い笑顔で麗央の右側に陣取る。
もう一人の女子は、僕と麗央の間に割って入り僕がいないかの様に麗央と話し始めた。
いつもの事だ。麗央と違って僕は、陰キャだ。
女子に相手にされないのも、いないものとして扱われるのも。
僕は、透明なんだ。いてもいなくても同じ、眼中どころか視界の端にすら入らない、人が歩いていて虫を踏んでも気づかないのと同じ。
僕が死んでも誰も気づかない。
考えれば、考えるほど何故麗央が僕と友人になったのか分からない。
廊下を突き当たって、右に曲がると一年の教室がある。一組から五組まで有り、僕と麗央は三組だ。教室の前に人集りができていて通れなくなっていた。皆一応に騒ついていて中には、スマホで撮影してる奴もいた。
「またかよ、今度は何だ?」
うんざり顔で教室に入ろうとする麗央を何人かの生徒が止めた。
「麗央、お前は入らない方がいい。」
「先生呼んでくるから待ってて、ね?」
何故だろうか、皆一応に顔が青ざめている。
麗央が他の生徒に足止めを食らっているので代わりに僕が教室に入る事にした。というか僕に声をかけて来る奴なんていなかった。まあ、いつも通りだ。
また僕は、後悔した。
いつもと同じ教室。違うのは、机の一つに動物の頭部が山積みになっていた。
麗央の机だ。吐き気を抑えながら教室を見回すと、それが目に入った。
黒板に、恐らくは動物の血で書いたのだろうか、ほんのりと赤みがかった字でそれはあった。
『次はお前だ』
3
空が赤く夕焼けに包まれた頃、僕と麗央は帰路についていた。あれからすぐに先生達が来て生徒全員の取り調べが始まった。教室で待機はできない為、僕たちは空いている教室で待機となった。丸丸高校の生徒数は、全体で約350人。
その半数が異能者なので取り調べには、かなり時間がかかった。
「結局、警察には言わないつもりなんだろうな。」学校内で取り調べをしたのは、この問題を外に出さない為だ。大人の面子、というやつだろうか。「とにかく麗央、気をつけろよ。誰が狙ってるか分からないんだから。ただでさえお前を妬んでる奴は多いんだ。」
麗央は、分かってると言いながら手をヒラヒラしている。当の本人が一番緊張感が無い。
まあ麗央が負ける姿は、想像できない。
「ただの質の悪い悪戯だって。気にしすぎだよ。」
僕と麗央は、川沿いの道を歩いていた。右手には、草っ原の斜面が少し続いた後、浅めの川が広がっていた。左手には住宅街が広がっており遊び帰りの子供達の声が聞こえていた。
今まで何度も麗央と通った道だ。
僕が虐められてボロボロになった時も麗央は、僕をおぶってこの道を帰った。懐かしい気持ちに浸っていた時、麗央の足が止まった。
辺りは、青みがかった夕焼けになり夜が近づいていた。「麗央?」眼前を見据える麗央にさっきまでの余裕が消えていた。
前を見ると50メートル位先だろうか。
ゆらゆらと近づいて来る影が見えた。
ゆらり、ゆらりと近づいて来てやっと顔が見えた。「よぉ~麗央ちゃあ~ん、プレゼントは気に入って貰えたかい。」
間違いない、僕をカツアゲして来たあのモヒカンヤンキーだ。
だが。様子が明らかにおかしい。
目の焦点が合っておらず、ニヤニヤと笑っている口からは、涎が垂れ流しになっている。
何よりも。
「あれ、お前か。悪趣味は髪型だけにして来れよ。」コンビニと教室にあった動物の死体は、全部こいつの仕業だ。目的は勿論。
「麗央~会いたかった。」
ゆらり、ゆらりと覚束無い足取りで近づいて来る。「あっそ。」
麗央は気に留める様子も無く回転蹴りでモヒカンの側頭部を撃ち抜いた。昨日と同じだ。
ただ違う事が一つ。
「ああああ~痛い、痛い。」ニヤニヤと笑いながらモヒカンは、じっと麗央を見つめている。
効いてないのか⁉︎麗央の蹴りが。
モヒカンの頭には確かに麗央の蹴りがクリーンヒットしている。にも関わらずモヒカンはニヤニヤした笑みを崩さずじっと麗央を見ている。
「変な薬でもキメたんか?」流石の麗央もあまりの異様さにたじろいでいる。
「あれからよ~考えたんだよ、どうやったらお前を苦しめて殺せるかよぉ~」
ゆらり、ゆらりとモヒカンが近づいてくる。
徐々にモヒカンの体がデカくなってゆく、手には水掻きのような物が生え、肌が灰色がかっていく。口は左右に耳近くまで裂け鋭い牙がびっしりと生えていた。
「足の先からすこ~しずつ、すこ~しずつ食べていこうと思うんだよ。分かってくれるよな~麗央~。」
気づけばモヒカンの体は、ひと回り以上大きくなっていた。「麗央、やばいよ。逃げよう。」
僕は麗央の後ろで震える事しか出来ない。
「明らかに異能者だ。麗央でも無理だよ、逃げよう。」
麗央は僕を見て意を決したように「先に逃げろ」と言った。
「あんだけデカいずうたいしてるんだ、適当にいなしたら俺も逃げる。」
麗央は拳を構えると足を小刻みに動かした。
ボクサーのスタイルで迎え撃つ麗央をモヒカンはニヤニヤしながら見ていた。
「今日は取り巻き無しで大丈夫なのか?」
麗央が挑発する。「あ~あいつらか。」
ニヤニヤしながらモヒカンは麗央に近づいてくる。裂けた口の間から鋭い牙が覗いている。
「美味しかったぜぇぇぇ」
何を言ってるのか、すぐには理解出来なかった。したくなかった。
「行け!トラ!」震える僕に向けて叫んでから麗央は、モヒカンに向かって行った。今僕がここに居ても足手まといだ。反対に振り返り震える足で逃げようとした時。「がああぁぁぁ」
聞こえてきたのは、麗央の叫び声だった。
振り返ると麗央の拳から血がボタボタと流れていた。モヒカンはニヤニヤと麗央を見下していた。「残念だなぁ~麗央。お前の蹴りも拳も、もう俺には届かないんだよなぁ~」
麗央は血が流れている拳を庇いながら構えをとっていた。「無駄無駄無駄、無駄なんだよ麗央俺の異能『鮫』の前じゃ無能者のお前なんか簡単に殺せるんだよぉ。」
鮫?それがモヒカンの異能なのか?「お前の拳でも俺の鮫肌には、効かなかったなぁ~」ニヤニヤと鋭い牙を見せながら距離を詰めて来る。「ふざけんな糞野郎が!」麗央が再び回し蹴りでモヒカンの頭を打ち抜こうとする、が。
麗央の蹴りはモヒカンの頭に届かず、変わりに鋭い牙が食い込んでいた。
「があああああああああ!!!!」
麗央の絶叫が響き渡る。モヒカンが麗央の足に噛み付いていた。アハアハと笑いながら麗央の足を味わっているように見えた。
「あ~やっぱり血は美味いよなぁ~、あいつらよりも美味いぜぇ~麗央。あぁ駄目駄目、お前はゆっくり殺すと決めてるんだから。」
モヒカンは大きくなった拳で麗央の腹部を殴った。「ぶふっ!」麗央の体は空を舞って後ろにいた僕を通り越して嫌な音を立てて落ちた。
ピクピクと痙攣してる麗央にニヤニヤと笑いながらモヒカンが近づいて来る。
僕は動けないでいた。麗央は僕の後ろにいる。
麗央をいたぶる為に僕に近づいて来るモヒカン。僕も同じ目に遭うんだろうか。足の震えが止まらない、仕舞いには膝から崩れてしまった。モヒカンが近づいて来る。怖い。
「退け、お前に興味は無い。」モヒカンは僕には目もくれずに麗央に近づいて行く。
震えが少し治まり、ホッとするような安心感が腹の底からやって来た。情け無い、麗央は僕を助けようとしてくれたのに。僕は。
「……ろ…ら。」耳にかろうじて届いたのは、紛れも無い麗央の声だ。「逃げろ、トラ。」朦朧とした意識の中でそれでもなお僕の事を案じてくれている。「まだ死ぬなよぉ麗央。」
モヒカンが麗央の頭を掴み持ち上げる。麗央には、もう抵抗する気力も残されていない。
うぅ、と唸る麗央を楽しそうに、新しいおもちゃで喜ぶ子供の様に見つめているモヒカン。
「これから家に持ち帰ってゆっくりと殺してやるからなぁぁぁぁぁ。」口が裂けんばかりに広がり涎がダラダラと流れている。
どうする、どうする、どうする、どうする。
僕に何が出来る。誰か助けを呼ぶ?警察は?
その間に麗央が殺されたら?なら、僕が助けるか?無理だ。
僕には何も出来ない。何も無い。助けられ無い。無理だ。無価値だ。無意味だ。
なら逃げるか?でも麗央が。
麗央が死んじゃう。麗央が、死ぬ?
「嫌だ…」
自然に口から出ていた。
麗央がいなくなる何て嫌だ。
麗央は僕の唯一の親友だ。僕みたいな奴を本気で助けようとしてくれる優しい奴だ。
そんな奴が、麗央が、死んでいい訳が無い。
「や、やめろよ。」
「あぁ?」
震える声で、震える足で、僕はモヒカンに立ち向かう。モヒカンは、せっかくのいい気持ちに水を刺されたようで明らかに殺意の剥き出しの目で僕を睨んできた。
「何か言ったか?金魚の糞が。」
腹に力を込めて今度は、ハッキリと言った。
「やめろって言ってんだよ!」
僕は、もう逃げない。
胸の奥から熱いものが湧き上がって来ていた。
隣で一緒に登校している麗央もワイシャツの襟元をパタパタしている。
「暑すぎんだろ、コンビニで飲み物買わね?」
一も二も無く賛成し近くのコンビニへ。
コンビニに向かうと駐車場の辺りで人混みが出来ていた。皆んなこの暑さにやられてコンビニに流れて来たのだろうか?
だが、どうも様子がおかしい。
皆んな駐車場に集まっているだけで一向に動こうとしない。
「なんだ?」人混みをかき分け先頭に出た。
すぐに後悔した。
駐車場の真ん中に山になって積まれている動物の死体。犬やら猫やら色々な死体がごちゃ混ぜになって積まれていた。
山の周りに血の溜まりが有り、周りには無数の蝿が飛んでいた。
「なんだよ、これ……。」
「なあトラ、あれ何かおかしくないか?」
この状況が既に変なんだが、一応聞いてみた。
「無いんだよ、全部……。」
何が?
「あの死体…頭が。」
2
嫌な物を見たせいで暑さも引いてしまった。
悪戯にしても限度がある。麗央もあれから黙ったままでいる。当然と言えば当然だ。
学校に着くと玄関口で女子が二人、麗央に近づいてきた。「麗央くん、おはよう。」一人が屈託の無い笑顔で麗央の右側に陣取る。
もう一人の女子は、僕と麗央の間に割って入り僕がいないかの様に麗央と話し始めた。
いつもの事だ。麗央と違って僕は、陰キャだ。
女子に相手にされないのも、いないものとして扱われるのも。
僕は、透明なんだ。いてもいなくても同じ、眼中どころか視界の端にすら入らない、人が歩いていて虫を踏んでも気づかないのと同じ。
僕が死んでも誰も気づかない。
考えれば、考えるほど何故麗央が僕と友人になったのか分からない。
廊下を突き当たって、右に曲がると一年の教室がある。一組から五組まで有り、僕と麗央は三組だ。教室の前に人集りができていて通れなくなっていた。皆一応に騒ついていて中には、スマホで撮影してる奴もいた。
「またかよ、今度は何だ?」
うんざり顔で教室に入ろうとする麗央を何人かの生徒が止めた。
「麗央、お前は入らない方がいい。」
「先生呼んでくるから待ってて、ね?」
何故だろうか、皆一応に顔が青ざめている。
麗央が他の生徒に足止めを食らっているので代わりに僕が教室に入る事にした。というか僕に声をかけて来る奴なんていなかった。まあ、いつも通りだ。
また僕は、後悔した。
いつもと同じ教室。違うのは、机の一つに動物の頭部が山積みになっていた。
麗央の机だ。吐き気を抑えながら教室を見回すと、それが目に入った。
黒板に、恐らくは動物の血で書いたのだろうか、ほんのりと赤みがかった字でそれはあった。
『次はお前だ』
3
空が赤く夕焼けに包まれた頃、僕と麗央は帰路についていた。あれからすぐに先生達が来て生徒全員の取り調べが始まった。教室で待機はできない為、僕たちは空いている教室で待機となった。丸丸高校の生徒数は、全体で約350人。
その半数が異能者なので取り調べには、かなり時間がかかった。
「結局、警察には言わないつもりなんだろうな。」学校内で取り調べをしたのは、この問題を外に出さない為だ。大人の面子、というやつだろうか。「とにかく麗央、気をつけろよ。誰が狙ってるか分からないんだから。ただでさえお前を妬んでる奴は多いんだ。」
麗央は、分かってると言いながら手をヒラヒラしている。当の本人が一番緊張感が無い。
まあ麗央が負ける姿は、想像できない。
「ただの質の悪い悪戯だって。気にしすぎだよ。」
僕と麗央は、川沿いの道を歩いていた。右手には、草っ原の斜面が少し続いた後、浅めの川が広がっていた。左手には住宅街が広がっており遊び帰りの子供達の声が聞こえていた。
今まで何度も麗央と通った道だ。
僕が虐められてボロボロになった時も麗央は、僕をおぶってこの道を帰った。懐かしい気持ちに浸っていた時、麗央の足が止まった。
辺りは、青みがかった夕焼けになり夜が近づいていた。「麗央?」眼前を見据える麗央にさっきまでの余裕が消えていた。
前を見ると50メートル位先だろうか。
ゆらゆらと近づいて来る影が見えた。
ゆらり、ゆらりと近づいて来てやっと顔が見えた。「よぉ~麗央ちゃあ~ん、プレゼントは気に入って貰えたかい。」
間違いない、僕をカツアゲして来たあのモヒカンヤンキーだ。
だが。様子が明らかにおかしい。
目の焦点が合っておらず、ニヤニヤと笑っている口からは、涎が垂れ流しになっている。
何よりも。
「あれ、お前か。悪趣味は髪型だけにして来れよ。」コンビニと教室にあった動物の死体は、全部こいつの仕業だ。目的は勿論。
「麗央~会いたかった。」
ゆらり、ゆらりと覚束無い足取りで近づいて来る。「あっそ。」
麗央は気に留める様子も無く回転蹴りでモヒカンの側頭部を撃ち抜いた。昨日と同じだ。
ただ違う事が一つ。
「ああああ~痛い、痛い。」ニヤニヤと笑いながらモヒカンは、じっと麗央を見つめている。
効いてないのか⁉︎麗央の蹴りが。
モヒカンの頭には確かに麗央の蹴りがクリーンヒットしている。にも関わらずモヒカンはニヤニヤした笑みを崩さずじっと麗央を見ている。
「変な薬でもキメたんか?」流石の麗央もあまりの異様さにたじろいでいる。
「あれからよ~考えたんだよ、どうやったらお前を苦しめて殺せるかよぉ~」
ゆらり、ゆらりとモヒカンが近づいてくる。
徐々にモヒカンの体がデカくなってゆく、手には水掻きのような物が生え、肌が灰色がかっていく。口は左右に耳近くまで裂け鋭い牙がびっしりと生えていた。
「足の先からすこ~しずつ、すこ~しずつ食べていこうと思うんだよ。分かってくれるよな~麗央~。」
気づけばモヒカンの体は、ひと回り以上大きくなっていた。「麗央、やばいよ。逃げよう。」
僕は麗央の後ろで震える事しか出来ない。
「明らかに異能者だ。麗央でも無理だよ、逃げよう。」
麗央は僕を見て意を決したように「先に逃げろ」と言った。
「あんだけデカいずうたいしてるんだ、適当にいなしたら俺も逃げる。」
麗央は拳を構えると足を小刻みに動かした。
ボクサーのスタイルで迎え撃つ麗央をモヒカンはニヤニヤしながら見ていた。
「今日は取り巻き無しで大丈夫なのか?」
麗央が挑発する。「あ~あいつらか。」
ニヤニヤしながらモヒカンは麗央に近づいてくる。裂けた口の間から鋭い牙が覗いている。
「美味しかったぜぇぇぇ」
何を言ってるのか、すぐには理解出来なかった。したくなかった。
「行け!トラ!」震える僕に向けて叫んでから麗央は、モヒカンに向かって行った。今僕がここに居ても足手まといだ。反対に振り返り震える足で逃げようとした時。「がああぁぁぁ」
聞こえてきたのは、麗央の叫び声だった。
振り返ると麗央の拳から血がボタボタと流れていた。モヒカンはニヤニヤと麗央を見下していた。「残念だなぁ~麗央。お前の蹴りも拳も、もう俺には届かないんだよなぁ~」
麗央は血が流れている拳を庇いながら構えをとっていた。「無駄無駄無駄、無駄なんだよ麗央俺の異能『鮫』の前じゃ無能者のお前なんか簡単に殺せるんだよぉ。」
鮫?それがモヒカンの異能なのか?「お前の拳でも俺の鮫肌には、効かなかったなぁ~」ニヤニヤと鋭い牙を見せながら距離を詰めて来る。「ふざけんな糞野郎が!」麗央が再び回し蹴りでモヒカンの頭を打ち抜こうとする、が。
麗央の蹴りはモヒカンの頭に届かず、変わりに鋭い牙が食い込んでいた。
「があああああああああ!!!!」
麗央の絶叫が響き渡る。モヒカンが麗央の足に噛み付いていた。アハアハと笑いながら麗央の足を味わっているように見えた。
「あ~やっぱり血は美味いよなぁ~、あいつらよりも美味いぜぇ~麗央。あぁ駄目駄目、お前はゆっくり殺すと決めてるんだから。」
モヒカンは大きくなった拳で麗央の腹部を殴った。「ぶふっ!」麗央の体は空を舞って後ろにいた僕を通り越して嫌な音を立てて落ちた。
ピクピクと痙攣してる麗央にニヤニヤと笑いながらモヒカンが近づいて来る。
僕は動けないでいた。麗央は僕の後ろにいる。
麗央をいたぶる為に僕に近づいて来るモヒカン。僕も同じ目に遭うんだろうか。足の震えが止まらない、仕舞いには膝から崩れてしまった。モヒカンが近づいて来る。怖い。
「退け、お前に興味は無い。」モヒカンは僕には目もくれずに麗央に近づいて行く。
震えが少し治まり、ホッとするような安心感が腹の底からやって来た。情け無い、麗央は僕を助けようとしてくれたのに。僕は。
「……ろ…ら。」耳にかろうじて届いたのは、紛れも無い麗央の声だ。「逃げろ、トラ。」朦朧とした意識の中でそれでもなお僕の事を案じてくれている。「まだ死ぬなよぉ麗央。」
モヒカンが麗央の頭を掴み持ち上げる。麗央には、もう抵抗する気力も残されていない。
うぅ、と唸る麗央を楽しそうに、新しいおもちゃで喜ぶ子供の様に見つめているモヒカン。
「これから家に持ち帰ってゆっくりと殺してやるからなぁぁぁぁぁ。」口が裂けんばかりに広がり涎がダラダラと流れている。
どうする、どうする、どうする、どうする。
僕に何が出来る。誰か助けを呼ぶ?警察は?
その間に麗央が殺されたら?なら、僕が助けるか?無理だ。
僕には何も出来ない。何も無い。助けられ無い。無理だ。無価値だ。無意味だ。
なら逃げるか?でも麗央が。
麗央が死んじゃう。麗央が、死ぬ?
「嫌だ…」
自然に口から出ていた。
麗央がいなくなる何て嫌だ。
麗央は僕の唯一の親友だ。僕みたいな奴を本気で助けようとしてくれる優しい奴だ。
そんな奴が、麗央が、死んでいい訳が無い。
「や、やめろよ。」
「あぁ?」
震える声で、震える足で、僕はモヒカンに立ち向かう。モヒカンは、せっかくのいい気持ちに水を刺されたようで明らかに殺意の剥き出しの目で僕を睨んできた。
「何か言ったか?金魚の糞が。」
腹に力を込めて今度は、ハッキリと言った。
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