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【第二部】堅物騎士団長と新婚の変装令嬢は今日もその役を演じます
5.お仕事です
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ダニエルと共に第零騎士団の団長室へと入ると、ショーンが難しい顔をしてソファに座っていた。
「お久しぶりです、団長」
エレオノーラがペコリと頭を下げる。
「まあ、先日の結婚式で会ったばかりだが。レオンとしては久しぶりだな。まあ、そこに座れ」
エレオノーラはダニエルと並んで、ショーンの向かい側のソファに座った。
「ああ、そうだ。ジルの話は聞いたか? お前に会えないがために、大暴れしたという件は」
「はい、聞きました。あの、ご迷惑をおかけしました」
なぜか謝罪しなければいけないような気がした。だが、恥ずかしい。
「あれには参った。だが、その二の舞になりそうだ。遠征の話がきている」
「誰にですか?」
「お前に、だ。レオン」
「なぜ? 私は潜入調査が主で遠征は担当ではないはずですが」
「そうだ」
ショーンは両手を組んで、そこに頭を埋めた。
「陛下が、隣国の視察に行くことになった。というより毎年この時期に行っている」
頭を埋めたまま言う。きっとエレオノーラとダニエルの顔を見たくないのだ。「それに同行する通訳を探している」
「団長」
静かに声を発したのはダニエルだ。このショーンが言わんとしていることを察したらしい。「陛下には、専用の通訳がついているはずですが」
「まあ、あれだ。通訳が、体調不良で同行できなくなった」
ダニエルは目を見開いた。通訳は他にもいたと思ったが、どうやら隣国のその言語を扱える人間が限られているらしい。
ショーンはまだ顔をあげない。
「それで、陛下が新しく通訳を探していてな。一人は心当たりがあるらしい」
「どなたですか?」
その相手に期待して、ダニエルが少し身を乗り出した。
「エレオノーラ・リガウン」
答えたショーンは顔を上げない。「だが、あのジルが許すと思うか?」
「許すわけがないですね」
ダニエルは即答する。そして乗り出した身を元に戻す。「まあ、オレも許しませんが」
「そこで、文官や騎士団の中かから、語学が堪能な奴を探しているらしくてな。そしてどうやらレオンが陛下の目に留まったらしい」
多分、騎士団の名簿の中から探したのだろう。諜報部のレオンとして名簿に登録されているが、名前以外の項目にはエレオノーラの能力が記載されている、はず。
「陛下は、エレオノーラとレオンが同一人物であることをご存知ないのですよね?」
ダニエルの質問に、ショーンは「そうだ」と答える。
「エレオノーラかレオンか、という究極の選択ですか?」
「そうだ。究極すぎて、どうしたらいいかがわからん」
「断る、ということは無理ですよね」
「エレオノーラとしては断ることはできるが、レオンとして断ることはできない。騎士団の任務となるからな」
ショーンの話を聞き、ダニエルは隣に座っている妹に視線を向けた。妹は何を考えているかわからない。
「団長。ここはエレオノーラであれレオンであれ。やはり、リガウン団長に相談した方がよろしいのではないでしょうか」
「やっぱり、そうだよな」
そこでやっとショーンは顔を上げた。
ジルベルトは休暇明けということもあって、まずは現在抱えている業務の整理を行っていた。それから団員達が交代で取得するための休暇希望の調整やらなんやら。という事務処理に追われていた時に、部屋をノックされた。返事をすると、広報部のドミニクが入室してきた。
「リガウン団長。休暇明けのところを申し訳ございませんが、第零騎士団のショーン団長より会食の希望がきております。本日の昼食か夕食か、お時間がとれますでしょうか」
相手が第零のショーンという時点で嫌な予感しかしなかったが、では昼食でと返事をした。嫌なことは早くこなした方がいいだろう。
「承知しました」
ドミニクは事務的に言葉を交わして、部屋を出ていく。それと入れ替えにサニエラが入ってきた。
「今のは広報部のドミニク殿ですか?」
振り向きながらサニエラが言った。
「そうだ」
「何か、団長に御用でしたか?」
「会食の時間調整だ」
「そうですか」
サニエラは眼鏡を右手の中指で押し上げた。
「陛下から、こちらの書類が届きました。できれば今日中に目を通していただき、返事が欲しい、とのことです」
嫌々ながらジルベルトはそれを受け取った。そして嫌々ながら中身を確認する。
「隣国の視察、だと?」
「ええ。毎年、この時期に行かれていたようですから」
ジルベルトは受け取った書類を、机の上に放り投げた。内容は理解した。そう言われると毎年行っていたような気がする。そのときは、自分かサニエラが護衛についたはずだ。
「サニエラ、お前。護衛について隣国に行くのと、こっちで留守番しているのと、どちらがいい?」
「私はまだ休暇をいただいておりませんので、休暇でお願いします」
「だったら、留守番だな」
サニエラを置いていくなら、護衛には自分がつかなければならないだろう。と思うと、なぜか幼い新妻の顔が浮かんだ。
行きたくない。ものすごく行きたくない。また数日ほど会えなくなるのかと思うと、ものすごく行きたくない。
なんとかしてサニエラに護衛を任せることができないか、ということをジルベルトは考え始めた。サニエラは急に寒気を感じて、肩を抱いてしまった。
「お久しぶりです、団長」
エレオノーラがペコリと頭を下げる。
「まあ、先日の結婚式で会ったばかりだが。レオンとしては久しぶりだな。まあ、そこに座れ」
エレオノーラはダニエルと並んで、ショーンの向かい側のソファに座った。
「ああ、そうだ。ジルの話は聞いたか? お前に会えないがために、大暴れしたという件は」
「はい、聞きました。あの、ご迷惑をおかけしました」
なぜか謝罪しなければいけないような気がした。だが、恥ずかしい。
「あれには参った。だが、その二の舞になりそうだ。遠征の話がきている」
「誰にですか?」
「お前に、だ。レオン」
「なぜ? 私は潜入調査が主で遠征は担当ではないはずですが」
「そうだ」
ショーンは両手を組んで、そこに頭を埋めた。
「陛下が、隣国の視察に行くことになった。というより毎年この時期に行っている」
頭を埋めたまま言う。きっとエレオノーラとダニエルの顔を見たくないのだ。「それに同行する通訳を探している」
「団長」
静かに声を発したのはダニエルだ。このショーンが言わんとしていることを察したらしい。「陛下には、専用の通訳がついているはずですが」
「まあ、あれだ。通訳が、体調不良で同行できなくなった」
ダニエルは目を見開いた。通訳は他にもいたと思ったが、どうやら隣国のその言語を扱える人間が限られているらしい。
ショーンはまだ顔をあげない。
「それで、陛下が新しく通訳を探していてな。一人は心当たりがあるらしい」
「どなたですか?」
その相手に期待して、ダニエルが少し身を乗り出した。
「エレオノーラ・リガウン」
答えたショーンは顔を上げない。「だが、あのジルが許すと思うか?」
「許すわけがないですね」
ダニエルは即答する。そして乗り出した身を元に戻す。「まあ、オレも許しませんが」
「そこで、文官や騎士団の中かから、語学が堪能な奴を探しているらしくてな。そしてどうやらレオンが陛下の目に留まったらしい」
多分、騎士団の名簿の中から探したのだろう。諜報部のレオンとして名簿に登録されているが、名前以外の項目にはエレオノーラの能力が記載されている、はず。
「陛下は、エレオノーラとレオンが同一人物であることをご存知ないのですよね?」
ダニエルの質問に、ショーンは「そうだ」と答える。
「エレオノーラかレオンか、という究極の選択ですか?」
「そうだ。究極すぎて、どうしたらいいかがわからん」
「断る、ということは無理ですよね」
「エレオノーラとしては断ることはできるが、レオンとして断ることはできない。騎士団の任務となるからな」
ショーンの話を聞き、ダニエルは隣に座っている妹に視線を向けた。妹は何を考えているかわからない。
「団長。ここはエレオノーラであれレオンであれ。やはり、リガウン団長に相談した方がよろしいのではないでしょうか」
「やっぱり、そうだよな」
そこでやっとショーンは顔を上げた。
ジルベルトは休暇明けということもあって、まずは現在抱えている業務の整理を行っていた。それから団員達が交代で取得するための休暇希望の調整やらなんやら。という事務処理に追われていた時に、部屋をノックされた。返事をすると、広報部のドミニクが入室してきた。
「リガウン団長。休暇明けのところを申し訳ございませんが、第零騎士団のショーン団長より会食の希望がきております。本日の昼食か夕食か、お時間がとれますでしょうか」
相手が第零のショーンという時点で嫌な予感しかしなかったが、では昼食でと返事をした。嫌なことは早くこなした方がいいだろう。
「承知しました」
ドミニクは事務的に言葉を交わして、部屋を出ていく。それと入れ替えにサニエラが入ってきた。
「今のは広報部のドミニク殿ですか?」
振り向きながらサニエラが言った。
「そうだ」
「何か、団長に御用でしたか?」
「会食の時間調整だ」
「そうですか」
サニエラは眼鏡を右手の中指で押し上げた。
「陛下から、こちらの書類が届きました。できれば今日中に目を通していただき、返事が欲しい、とのことです」
嫌々ながらジルベルトはそれを受け取った。そして嫌々ながら中身を確認する。
「隣国の視察、だと?」
「ええ。毎年、この時期に行かれていたようですから」
ジルベルトは受け取った書類を、机の上に放り投げた。内容は理解した。そう言われると毎年行っていたような気がする。そのときは、自分かサニエラが護衛についたはずだ。
「サニエラ、お前。護衛について隣国に行くのと、こっちで留守番しているのと、どちらがいい?」
「私はまだ休暇をいただいておりませんので、休暇でお願いします」
「だったら、留守番だな」
サニエラを置いていくなら、護衛には自分がつかなければならないだろう。と思うと、なぜか幼い新妻の顔が浮かんだ。
行きたくない。ものすごく行きたくない。また数日ほど会えなくなるのかと思うと、ものすごく行きたくない。
なんとかしてサニエラに護衛を任せることができないか、ということをジルベルトは考え始めた。サニエラは急に寒気を感じて、肩を抱いてしまった。
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