上 下
27 / 67
【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

27.出会ってしまいました

しおりを挟む
 アンディの足の上には女の頭がある。だが残念ながら愛するマリーの頭では無い。そのマリーは向かい側に座っている。

「意外と、ちょろかったわね」
 深緑色のドレスを身に着けているマリー。今日もその豊満な胸と、細い太ももが露わになるようなドレス。

「当て身をくらわせただけで気絶とは、さすがお嬢様だな」
 騎士団の騎士服に身を包むアンディ。彼の足の上で眠っている女性は、エレオノーラと思われる女性だった。

「だが、マリーの言った通りだったな。第零騎士団を名乗れば、この女をすんなり手渡してくれるって」

「でしょ?」
 足を組んで腕を組んでいるその姿は自信に溢れている。「ところで、フランシア家の方は?」

「ああ、仲間をやった。今頃それを見て、事の重大さにでも気づいている頃ではないか?」
 アンディの仲間がフランシア家に脅迫状を置いてくる手筈になっている。それの通りに事が運ぶとしたら、あと二時間後にはジルベルトとの決着がついているだろう。

「とりあえず、打っておくか?」

「誰もいないところでやっても面白くないでしょう? あの団長が来てから、彼の目の前で打ちなさいよ。自分の婚約者が堕ちていくところ、見せつけてやるのよ」

 マリーの冷たい視線が、彼女に突き刺さっていた。ふっと、アンディは鼻で笑った。あのマリーをここまでイラついているのも珍しい。それだけこの女性が嫌いなのだろうか。

 馬車が向かった先は、港にある廃倉庫が並ぶ一角。その廃倉庫のうちの一つがアンディたちのアジトだった。
 気を失っている彼女をその倉庫に運び入れ、固い床の上に転がした。両手は背中で縛り、両足もしっかりと縛り上げている。倉庫の床は冷たいコンクリートが敷き詰められたもの。そこに縛られたエレオノーラと思われる女性が横たわっている。
 マリーは彼女の顎に手を当て、その顔を覗き込んだ。まだ気を失っているからか、その目を開けることは無い。

「ふん、つまらないわね」

「マリー。私は少し仲間たちと周辺を見回ってくるが、この女の見張りを頼んでもいいか?」

「ええ」
 マリーは頷くと、どこからか椅子を引っ張り出してきてエレオノーラと思われる女性の頭の脇にそれを置いた。彼女を見下ろす形でそこに座る。

 アンディの仲間は、彼をいれて五人。少数精鋭とは言ったものだ。そこから、根を張らせて他の者へのルートを築き上げているようだが、この五人と結びつくような痕跡は一切残していない。
 彼女を助けに来るのは、ジルベルトとダニエルの二人になるだろう。他の二人の兄は、戦闘向きではないはず。そうなると、人数的な割合からいってもアンディたちのほうが有利になるはずだ。

「う、ん……」

 足元で転がっている彼女が気づいたようだ。

「あら、やっと気が付いたようね」

「あなたが?」

「解いてあげたいのはやまやまだけど、あなたの婚約者が来るまで待っていてね」
 足を組み、その長くて細い足を見せつけて、マリーは妖艶に笑んだ。

 複数の足音が聞こえてきた。そろそろ彼らがやって来たのだろう。

「おい、マリー。あいつらが来たぞ」

 アンディは息を弾ませ、楽しそうに言った。

「そう」
 マリーは椅子をきしませて、ゆっくりと立ち上がる。「あなたも一緒に来てちょうだいね」
 マリーは彼女の顎を掴んでそう言うと、乱暴に突き放した。足を結んでいた縄だけは解いてやる。彼女が逃げられないように、マリーは後ろに縛った手をしっかりと押さえていた。

「エレン」
 彼女を連れて部屋を移動すると、そこには案の定、騎士団の服に身を包む男が二人。第一騎士団団長ジルベルトと、第零騎士団諜報部部長のダニエル。エレオノーラにとって馴染みの深い二人。

「彼女に何をした」
 百八十を超える長身、さらに今日も髪型はオールバック。そんな迫力ある彼が、低い声で言った。
 マリーはにたりと笑みを浮かべたまま答えない。

「彼女に何をした、と聞いているんだ」
 普段のジルベルトからは想像できない声だった。いや、騎士としての彼はそうなのかもしれない。だが、エレオノーラはそのような彼を見たことが無い。

「まだ、何もしていないわよ。まだ、ね」
 顔を傾けて、マリーは答えた。マリーは左手で彼女の腕をしっかりと掴んでその背後に立っている。空いている右手で、彼女の首元を狙うことも可能だ。

「お前たちの狙いは何だ?」

「あら? お前たち、ですって?」

「ここにいるのがお前一人だけではないことくらい、気付いている。彼女をさらったのは別な人間だろう」

「まあ。気付いていたのね」
 ふふ、っとマリーは艶やかに笑んだ。「気付かれているみたいよ、アンディ」

「やっぱり、黒幕の登場はもったいつけないといけないだろう?」
 アンディがゆっくりと姿を現すと、マリーの腰を抱く。

「アンドリュー・グリフィン公爵……」
 ジルベルトがその名を呟いた。彼とは確か建国記念パーティで挨拶を交わしたはず。

「やはり、グリフィン公爵が黒幕だったのか」
 ダニエルは誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、しっかりとジルベルトの耳には届いていた。

「グリフィン公爵。妹を解放していただきたい」
 ダニエルは一歩前に出た。

「妹? そうか、君が第零騎士団か。彼女は第零騎士団をつぶすにも都合のいい人物というわけだ」

「グリフィン公爵は何をお望みか?」
 多分、こういった交渉術はジルベルトよりもダニエルの方が向いているのだろう。

「望み? それは君たちが私を見逃してくれること、だろうね」

「それは、なかなか難しい交渉だな」
 ダニエルは左手の手のひらを上に向けて、肩をすくめてみた。

「そう言うだろう、と思っていた。私たちも最初から期待はしていないさ。ね、マリー」
 グリフィン公爵は相棒の名を優しく呼んだ。名を呼ばれた彼女は、どこかに隠し持っていた一本の注射器を手にしていた。

「これが何かわかるかしら?」
 その注射器を見せつけて、マリーは口の端を持ち上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。

せいめ
恋愛
 婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。  そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。  前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。  そうだ!家を出よう。  しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。  目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?  豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。    金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!  しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?  えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!  ご都合主義です。内容も緩いです。  誤字脱字お許しください。  義兄の話が多いです。  閑話も多いです。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

処理中です...