8 / 67
【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
8.話し合われていました
しおりを挟む
ジルベルトがフランシア子爵家を訪ねる二日前の夜。リガウン侯爵家より呼び出しがかかった。呼び出された先はリガウン侯爵夫人、つまりジルベルトの母。
「ジル。あなた、なぜフランシア子爵家に使いを出したのかしら」
「はあ」
談話室のソファにゆったりと座り、グラスを傾けている母。「あそこには息子が三人と、娘が一人いたはず」
「あそこは、代々第零騎士団に所属しているはずだが」
どうやら父親もいたらしい。母親のオーラで存在が薄くなっていた。それだけ今日の母親が纏っている空気が、重い。
「酒の力でも借りるか?」
父親が言うと、執事のトムが黙ってグラスとウィスキーをテーブルの上に置いた。仕方ないので、ジルベルトはグラスで一杯、それを口に入れた。
「先日の盗賊団摘発の件で、フランシア殿には世話になったため、礼に伺おうかと」
酒の力を借りても、言えた言葉はそれだけだった。
「あそこには息子が三人と、娘が一人いたはずですが」
母親の口調は変わらない。
「あそこは、代々第零騎士団の所属」
微妙に助けにならない父親からの助け舟。「つまり、第零騎士団に礼をしたいということか?」
「あ、はあ。まあ、そんなところです」
「でしたら、わざわざフランシア邸にまで行く必要はないですよね」
「あ、はあ。まあ、そうかもしれませんが」
「ああ、もう。はっきりしない男ね。そんなんだから三十過ぎても結婚の一つや二つもできないのよ。それで、あそこには息子が三人、娘が一人。あなたが礼を言いたい相手というのはどなたかしら?」
「フランシア諜報部長」
「長男か?」
夫の呟きに、妻の口元が歪んだ。
「誤魔化さない。それで、本命は誰?」
「エレオノーラ嬢」
まあ、と母親が胸の前で両手を合わせた。最初からこの答えしか期待していなかったくせに。「それで、エレオノーラ嬢にはどういったご用件かしら?」
ジルベルトはもう一杯、酒の力を借りることにした。「できれば、結婚の申し込みを」
まあ、と母親がついに立ち上がった。「どういった風の吹き回し? そして、いつどのようにして出会ったのかしら? そしてお付き合いはいつから?」
落ち着きなさい、と父親になだめられて、再び母親は腰をおろした。だが、尋問が始まりそうなのは目に見えている。ジルベルトがさらにもう一杯、酒の力を借りようとしたとき。「ペースが速い」
父親から言われたため、力を借りることができなくなってしまった。
「ええと、ジル。彼女とはいつ出会ったのかしら?」
落ち着きを取り戻した母親が尋ねてくる。これは事務的に答えるしかないだろう。
「先日の任務で一緒になりました」
「それで、お付き合いはいつから?」
「まだ、付き合ってはおりません」
一瞬の沈黙。
「付き合ってはいないけれど、結婚の申し込みを考えていると?」
父親からのその言葉に返事をする。
「はい」
父親は腕を組んだ。「最近の若い子たちの事情はよく知らないが、その辺の順番はどうなっているんだろうか」
「ジル。あなた、エレオノーラ嬢とは何度かお会いしたことがあるのよね?」
「いえ、その任務で一度きりです」
まあ、と今度は困ったように母親が左手で口元を押さえた。何か考えているのだろう。
「つまり。任務で一度お会いしたエレオノーラ嬢に結婚の申し込みをしたい、ということよね?」
「はい」
「性急すぎない? でも、ジルの年齢を考えたら。でも、相手がなんていうか……」
母親はぶつぶつと独り言を言い出した。
「あの、母上。私の行動はそんなにおかしいのでしょうか」
「それを聞く? 今更?」母親はコホンと咳払いをした。「本来であれば、あなたは適齢期に縁談がきたときにそれを受けるべきでした。ですが、それをことごとく断って、今に至っています」
「はあ」
「それで、次は結婚したい女性がいると言い出した。そうなると私たちは、あなたが縁談を断っていたのは、好きな女性がいたからだった、と思うわけです」
「はあ」
「ところが。その結婚したい相手は、つい先日お会いしたばかりの女性。しかもまだお付き合いもしていない。本来であれば、あなたがエレオノーラ嬢に気持ちを伝えて、相手の気持ちを確認して、お付き合いをして、婚約をして、結婚という流れです」
「結婚を申し込むということは、お付き合いをすることにはなりませんか?」
「まあ、その辺は曖昧なので、あなたの場合はそういうことにしておきましょう。つまり、フランシア子爵邸に伺うのは、エレオノーラ嬢にお付き合いを申し込むため、ということでよろしいですね? 将来的には結婚したい、とそういうことですね?」
「はあ、まあ」
「順番はどうであれ、あなたにもそう思える女性が現れたことは嬉しく思います。エレオノーラ嬢から良い返事がもらえたら、我が家にも連れてきなさい」
「はい」
そろそろこの場を離れてもいいだろうか、とジルベルトは腰を浮かした。だが、母親には一つ頼みたいことがあったことを思い出した。
「母上。一つ頼みたいことがあるのですが」
「なんでしょう」
「エレオノーラ嬢は、小ぶりの花が好きなようです。そのような花を贈りたいのですが」
「わかりました。私の方で手配しておきます。当日は忘れずにそれをエレオノーラ嬢に渡すように」
「はい」
ジルベルトはその場からやっとの思いで逃げた。
「ジル。あなた、なぜフランシア子爵家に使いを出したのかしら」
「はあ」
談話室のソファにゆったりと座り、グラスを傾けている母。「あそこには息子が三人と、娘が一人いたはず」
「あそこは、代々第零騎士団に所属しているはずだが」
どうやら父親もいたらしい。母親のオーラで存在が薄くなっていた。それだけ今日の母親が纏っている空気が、重い。
「酒の力でも借りるか?」
父親が言うと、執事のトムが黙ってグラスとウィスキーをテーブルの上に置いた。仕方ないので、ジルベルトはグラスで一杯、それを口に入れた。
「先日の盗賊団摘発の件で、フランシア殿には世話になったため、礼に伺おうかと」
酒の力を借りても、言えた言葉はそれだけだった。
「あそこには息子が三人と、娘が一人いたはずですが」
母親の口調は変わらない。
「あそこは、代々第零騎士団の所属」
微妙に助けにならない父親からの助け舟。「つまり、第零騎士団に礼をしたいということか?」
「あ、はあ。まあ、そんなところです」
「でしたら、わざわざフランシア邸にまで行く必要はないですよね」
「あ、はあ。まあ、そうかもしれませんが」
「ああ、もう。はっきりしない男ね。そんなんだから三十過ぎても結婚の一つや二つもできないのよ。それで、あそこには息子が三人、娘が一人。あなたが礼を言いたい相手というのはどなたかしら?」
「フランシア諜報部長」
「長男か?」
夫の呟きに、妻の口元が歪んだ。
「誤魔化さない。それで、本命は誰?」
「エレオノーラ嬢」
まあ、と母親が胸の前で両手を合わせた。最初からこの答えしか期待していなかったくせに。「それで、エレオノーラ嬢にはどういったご用件かしら?」
ジルベルトはもう一杯、酒の力を借りることにした。「できれば、結婚の申し込みを」
まあ、と母親がついに立ち上がった。「どういった風の吹き回し? そして、いつどのようにして出会ったのかしら? そしてお付き合いはいつから?」
落ち着きなさい、と父親になだめられて、再び母親は腰をおろした。だが、尋問が始まりそうなのは目に見えている。ジルベルトがさらにもう一杯、酒の力を借りようとしたとき。「ペースが速い」
父親から言われたため、力を借りることができなくなってしまった。
「ええと、ジル。彼女とはいつ出会ったのかしら?」
落ち着きを取り戻した母親が尋ねてくる。これは事務的に答えるしかないだろう。
「先日の任務で一緒になりました」
「それで、お付き合いはいつから?」
「まだ、付き合ってはおりません」
一瞬の沈黙。
「付き合ってはいないけれど、結婚の申し込みを考えていると?」
父親からのその言葉に返事をする。
「はい」
父親は腕を組んだ。「最近の若い子たちの事情はよく知らないが、その辺の順番はどうなっているんだろうか」
「ジル。あなた、エレオノーラ嬢とは何度かお会いしたことがあるのよね?」
「いえ、その任務で一度きりです」
まあ、と今度は困ったように母親が左手で口元を押さえた。何か考えているのだろう。
「つまり。任務で一度お会いしたエレオノーラ嬢に結婚の申し込みをしたい、ということよね?」
「はい」
「性急すぎない? でも、ジルの年齢を考えたら。でも、相手がなんていうか……」
母親はぶつぶつと独り言を言い出した。
「あの、母上。私の行動はそんなにおかしいのでしょうか」
「それを聞く? 今更?」母親はコホンと咳払いをした。「本来であれば、あなたは適齢期に縁談がきたときにそれを受けるべきでした。ですが、それをことごとく断って、今に至っています」
「はあ」
「それで、次は結婚したい女性がいると言い出した。そうなると私たちは、あなたが縁談を断っていたのは、好きな女性がいたからだった、と思うわけです」
「はあ」
「ところが。その結婚したい相手は、つい先日お会いしたばかりの女性。しかもまだお付き合いもしていない。本来であれば、あなたがエレオノーラ嬢に気持ちを伝えて、相手の気持ちを確認して、お付き合いをして、婚約をして、結婚という流れです」
「結婚を申し込むということは、お付き合いをすることにはなりませんか?」
「まあ、その辺は曖昧なので、あなたの場合はそういうことにしておきましょう。つまり、フランシア子爵邸に伺うのは、エレオノーラ嬢にお付き合いを申し込むため、ということでよろしいですね? 将来的には結婚したい、とそういうことですね?」
「はあ、まあ」
「順番はどうであれ、あなたにもそう思える女性が現れたことは嬉しく思います。エレオノーラ嬢から良い返事がもらえたら、我が家にも連れてきなさい」
「はい」
そろそろこの場を離れてもいいだろうか、とジルベルトは腰を浮かした。だが、母親には一つ頼みたいことがあったことを思い出した。
「母上。一つ頼みたいことがあるのですが」
「なんでしょう」
「エレオノーラ嬢は、小ぶりの花が好きなようです。そのような花を贈りたいのですが」
「わかりました。私の方で手配しておきます。当日は忘れずにそれをエレオノーラ嬢に渡すように」
「はい」
ジルベルトはその場からやっとの思いで逃げた。
3
お気に入りに追加
588
あなたにおすすめの小説
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。
拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。
一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。
残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
愛しいあなたに真実(言葉)は不要だった
cyaru
恋愛
伯爵令嬢のエリツィアナは領地で暮らしていた。
「結婚が出来る15歳になったら迎えに来る」
そこで出会った1人の少年の言葉を信じてみようとルマンジュ侯爵子息のオーウェンとの婚約話を先延ばしにしたが少年は来なかった。
領地から王都に住まうに屋敷は長兄が家族と共に住んでおり部屋がない事から父の弟(叔父)の家に厄介になる事になったが、慈善活動に力を入れている叔父の家では貧しい家の子供たちに文字の読み書きを教えていた。エリツィアナも叔父を手伝い子供たちに文字を教え、本を読みきかせながら、嫁ぎ先となる侯爵家に通う日々が始まった。
しかし、何時になっても正式な婚約が成されないばかりか、突然オーウェンから婚約破棄と慰謝料の請求が突きつけられた。
婚約もしていない状態なのに何故?マルレイ伯爵家一同は首を傾げた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
偽皇妃として断罪された令嬢、今世では氷の皇子に溺愛されます~娘を虐げた者たちに復讐を
浅雲 漣
恋愛
「娘のために、敵となりうる存在は全て排除します!」
従妹一家に乗っ取られ、虐げられてきた侯爵令嬢アリーシア。
氷の皇子と呼ばれ皇帝となるカシウス陛下に見初められ皇妃となるが、戦争のため心を通わせる間はなかった。
一度きりの逢瀬で娘を産むも、皇帝の不在を狙った従妹マリナより嘘の証拠をでっちあげられ、偽皇妃として投獄される。
アリーシアは娘を奪われ、断罪され、非業の死を遂げた……はずだったが、時を遡り人形から女の子の声が聞こえるようになる。
声を守護霊と信じ、アリーシアは再び娘をこの手に抱くために誓う。
自分を陥れ、娘の障害となる者たちへの復讐と、愛はなくても再び皇妃となることを。
※第1部完結まで書き溜めており、全29話で毎日更新いたします。
※残酷・暴力・性描写について、直接的な描写はありませんが、想起させる部分はあります。
※他の投稿サイトにも同作品を投稿しております。
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました
古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた!
トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。
しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。
行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。
彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。
不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます!
ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる