上 下
6 / 9

5.

しおりを挟む
 すっかりとおやつを食べ終えたところで、花梨はもう一度ベルを鳴らした。
 すると、ドタドタと慌てたような足音が聞こえてきた。

「おい、何があった? 大丈夫か?」
「あ、火宮さん。お帰りなさい。早かったのですね」

 てっきり佐伯が来るものだと思っていたのに、勇悟だった。しかも朝、家を出たときと同じようなスーツ姿。

 勇悟は部屋の戸口に立ち、こちらを驚いた様子で見ている。

「あ、あの……。どうかされましたか?」
「それはこっちの台詞だ。おまえたち、いつの間に……仲良くなったんだ? てっきり柚流が暴れたのかと……」

 肩を上下させた勇悟は、前髪をクシャリとかきあげた。

「ごめんなさい。ただお外に出ていいかを確認したかったのです」
「外?」
「天気がよいので、お散歩に……」
「なるほど。だったら俺もつきあおう。おまえにはいろいろと話をしなければならないだろう?」

 それはそうだ。昨夜、出会ってそのまま結婚。その結婚も、園内の家が火宮の権力に屈した形になる。

「着替えてくるから、待っていろ」

 それだけ言い捨てた勇悟は、部屋を出ていった。それと入れ替えに佐伯がやってくる。

「ご案内します。今日はあたたかいので上着は必要ないかと思いますが」
「はい、ありがとうございます」

 屋敷の二階に寝室やら各自の部屋がある。そして一階に食堂やら遊戯室やら。園内の屋敷もそれなりではあったが、火宮家は当主の屋敷というだけあって、園内の倍以上の広さはあるだろう。勝手に屋敷の中をうろうろとするのも悪いだろうという気持ちもあり、花梨は必要最小限の場所にしか足を運んでいない。

 だから、ここからどこをどういったら外に出られるのかすらわからない。それを佐伯もわかっていたようだ。一階の廊下を真っすぐに進み、突き当たりを右に曲がって、さらに突き当たり左に進んだところで玄関扉が見えた。

 式台の上には小さな靴と、花梨のくたびれた運動靴が並んでいる。

 上がり框に腰をおろした柚流は靴をはき「あ、あ」と言いながら小さな手を伸ばしてきた。
 それをぎゅっと握りしめると、柚流はとろけるような笑みを浮かべる。

「すぐに勇悟様がいらっしゃいますので、こちらでお待ちください」

 玄関扉を開けてすぐ、庇の下で待つ。そこから見える空は青く澄んでいて、見ているだけで心が晴れる。

「待たせたな」

 その声で我に返る。

 スーツを脱いだ勇悟は、シャツに黒デニムという姿なのに、どこか目を奪われてしまった。

「やっ」

 勇悟が柚流の空いている手をつなごうとしたが、拒まれたようだ。

「ったく。俺はおまえの父親だ。こいつはこんなふうに警戒心が強いんだ」

 柚流の心に近づいた花梨が珍しいとでも言いたげだ。

「なんで柚流はおまえに懐いたんだ?」
「それはきっと、私が柚流さんの前で居眠りをしてしまったからだと、佐伯さんが……」
「なるほど。おまえなら妖魔を目の前にしても、居眠りしそうだな」

 勇悟のその言葉の意味を、どうとらえたらいいのかわからない。ぽかんと彼を見上げると「冗談だ」と真顔で言われ、今の言葉のどこに冗談があったものだと考える。

「まあ、いい」

 勇悟に案内され、庭を歩く。

「この時期はバラが見頃だな」

 花梨が尋ねたわけでもないのに、勇悟がぽつりと言った。
 きゅ、きゅ、と音が鳴っているのは、柚流の靴の音だ。歩くたびに音が鳴る靴。

「もう少ししたらラベンダーやあじさいか? 俺が知っている花はそれくらいだ」
「火宮さんのご趣味ではないのですね?」

 すると勇悟は、花梨に視線を向けた。

「おまえも火宮だろう。俺のことは名前で呼べ。そのほうが夫婦らしく見える」
「は、はい……」

 夫婦と言われ、花梨の鼓動がトクリと跳ねた。

「あっ、あっ」

 柚流がするっと手を離し、キュキュキュと音を立てながら走り出す。

「あ、柚流さん」
「大丈夫だ。柚流の好きな場所がこの先にあるんだ」

 走ってどこかへ向かう柚流から目を離さぬよう、花梨は足を速める。
 柚流は芝生を見つけると、そこに寝転がってごろごろと転がり始めた。

「ああやって遊んでいるうちは、何も心配ない。飽きたらまた騒ぐだろうし、あの靴もうるさいからな」

 座れ、と勇悟からシェード付きのベンチを促される。そこに腰を落ち着けた花梨だが、ブランコのように大きく揺れ、バランスを崩す。

「どんくさいやつだな」
「も、申し訳ありません」

 なんとか座り直すと、ほのかな揺れが心地よい。目の前では柚流がきゃあきゃあ声をあげて遊んでいる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。 その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。 自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

処理中です...