7 / 15
1:大好きなお姉さまが婚約破棄されました(6)
しおりを挟む
前世の記憶――。
この世界では魂が輪廻回生するとも言われている。セシリアがセシリアとして生を受ける前に、『ほかの誰か』として生き、その魂がセシリアとして生まれ変わった。だから、初めて訪れた場所であるのに、以前にも来たことがあると感じたのは、セシリアとなる前の『ほかの誰か』の記憶が関係しているのだと、エレノアは言う。
(セシリアだけどセシリアではない、誰か?)
その誰かが『こどいや』の記憶を持っていて、セシリアに生まれ変わった。そう考えるのが無難だろう。
ときおり、七歳のセシリアと、わけのわからぬ記憶の持ち主の考えが交ざってしまう。
「前世の記憶が視えるのは、過去視という魔法の一種ね。これは使える属性とは別に身につく魔法だけれども、本当に選ばれた者しか使えないのよ」
過去視。
いきなり流れ込んで記憶は、過去視によるものなのだろうか。
エレノアは過去視は前世の記憶とも言った。セシリアがセシリアとして生まれる前の記憶となれば、それが前世の記憶と呼ばれるものなのだろう。となれば、やはりセシリアの中に膨大に流れ込んできた記憶は、過去視によるものと考えていいだろう。
「わたくしも、この魔法を使える人を知らないわ。学園の先生方も、国家魔法使いも、過去視を使えるという話を聞いたことがないもの。ほかにも、未来が視える未来視、遠くのものが視える遠視なんかもあるわね」
いつの間にか、エレナによる魔法談義となっていた。だけど、こうやって丁寧に教えてくれるのは、エレノアがセシリアを認めている証拠。できるだけセシリアにもわかりやすい言葉で、という配慮も伝わってくる。
だからセシリアは、謎の記憶についてどこまで打ち明けるべきかと悩んでいた。
ここは『こどいや』の世界です、と言ったところで、エレノアもなんのことか、わからないだろう。説明するのも難しい。
となれば、言っていいことと言って悪いことに分類すべきだ。
そう考えて、セシリアはゆっくりと口を開いた。
「昨日。お姉さまのパーティーに行ったとき、学園のホールに入ったのは初めてだったのですが、ここに来たことがあるかもって思いました。夢で見たのかもしれません」
「そうなのね? もしかして、早く帰りたいって言ったのはそれが原因かしら? 過去の記憶が視えて、気持ちが悪くなってしまったとか?」
夢で見たと言ったのに、過去の記憶と言い返すエレノアの鋭さにぞくりとする。どこまで誤魔化せるだろうか。
それに昨日は、気持ち悪くなったというよりは、不気味な感じがしただけ。早く帰りたかったのは、あのまま続けていれば、エレノアの友達までもがエレノアを攻め立てるのがわかっていたからだ。
妹からしてみれば、大好きな姉が婚約者や友人たちから糾弾されているところを見たくなかった。
だが、それをエレノアには言うべきではない。
そうやって言っていいことと悪いことを判断できるセシリアが、セシリアの中にいるのだ。自分であって自分とは異なる誰か。
「それは……本当に疲れただけです。たくさん人がいたからです。セシリア、あんなにたくさんの人がいるのは、初めてです」
公爵邸で開くパーティーは、こぢんまりとしたものが多い。それにセシリアはまだ夜会に参加できるような年齢にも達していない。よくて昼間のお茶会だ。
だから、昨日の卒業パーティーが、セシリアの知るパーティーでは一番参加人数が多いものだった。
しかしエレノアは、目を細くしてセシリアにじっと視線を向けてくる。それはまるで何かを疑っているようにも見え、怪しんでいるようにも感じられた。
「エレノアお嬢様。ここにいらしたのですね」
その声によって、エレノアの視線が逸れる。
走ってやってきたのは、執事の息子のケビンである。まだ年若い彼は、執事としての仕事を学んでいるところだ。また、その若さを生かして、先触れとして駆けずりまわることもあった。
「どうしたの? ケビン」
彼の姿をとらえたエレノアは、すっと立ち上がった。
「旦那様がお呼びです」
その一言で、エレノアの顔が強張った。すかさずセシリアは、姉の手を握る。
驚いたようにセシリアを見下ろしたエレノアだが、その表情は凜としていた。
「エレノアお嬢様、ご案内いたします」
案内されるまでもなく勝手知ったる場所ではあるものの、エレノアは黙ってケビンに従った。
この世界では魂が輪廻回生するとも言われている。セシリアがセシリアとして生を受ける前に、『ほかの誰か』として生き、その魂がセシリアとして生まれ変わった。だから、初めて訪れた場所であるのに、以前にも来たことがあると感じたのは、セシリアとなる前の『ほかの誰か』の記憶が関係しているのだと、エレノアは言う。
(セシリアだけどセシリアではない、誰か?)
その誰かが『こどいや』の記憶を持っていて、セシリアに生まれ変わった。そう考えるのが無難だろう。
ときおり、七歳のセシリアと、わけのわからぬ記憶の持ち主の考えが交ざってしまう。
「前世の記憶が視えるのは、過去視という魔法の一種ね。これは使える属性とは別に身につく魔法だけれども、本当に選ばれた者しか使えないのよ」
過去視。
いきなり流れ込んで記憶は、過去視によるものなのだろうか。
エレノアは過去視は前世の記憶とも言った。セシリアがセシリアとして生まれる前の記憶となれば、それが前世の記憶と呼ばれるものなのだろう。となれば、やはりセシリアの中に膨大に流れ込んできた記憶は、過去視によるものと考えていいだろう。
「わたくしも、この魔法を使える人を知らないわ。学園の先生方も、国家魔法使いも、過去視を使えるという話を聞いたことがないもの。ほかにも、未来が視える未来視、遠くのものが視える遠視なんかもあるわね」
いつの間にか、エレナによる魔法談義となっていた。だけど、こうやって丁寧に教えてくれるのは、エレノアがセシリアを認めている証拠。できるだけセシリアにもわかりやすい言葉で、という配慮も伝わってくる。
だからセシリアは、謎の記憶についてどこまで打ち明けるべきかと悩んでいた。
ここは『こどいや』の世界です、と言ったところで、エレノアもなんのことか、わからないだろう。説明するのも難しい。
となれば、言っていいことと言って悪いことに分類すべきだ。
そう考えて、セシリアはゆっくりと口を開いた。
「昨日。お姉さまのパーティーに行ったとき、学園のホールに入ったのは初めてだったのですが、ここに来たことがあるかもって思いました。夢で見たのかもしれません」
「そうなのね? もしかして、早く帰りたいって言ったのはそれが原因かしら? 過去の記憶が視えて、気持ちが悪くなってしまったとか?」
夢で見たと言ったのに、過去の記憶と言い返すエレノアの鋭さにぞくりとする。どこまで誤魔化せるだろうか。
それに昨日は、気持ち悪くなったというよりは、不気味な感じがしただけ。早く帰りたかったのは、あのまま続けていれば、エレノアの友達までもがエレノアを攻め立てるのがわかっていたからだ。
妹からしてみれば、大好きな姉が婚約者や友人たちから糾弾されているところを見たくなかった。
だが、それをエレノアには言うべきではない。
そうやって言っていいことと悪いことを判断できるセシリアが、セシリアの中にいるのだ。自分であって自分とは異なる誰か。
「それは……本当に疲れただけです。たくさん人がいたからです。セシリア、あんなにたくさんの人がいるのは、初めてです」
公爵邸で開くパーティーは、こぢんまりとしたものが多い。それにセシリアはまだ夜会に参加できるような年齢にも達していない。よくて昼間のお茶会だ。
だから、昨日の卒業パーティーが、セシリアの知るパーティーでは一番参加人数が多いものだった。
しかしエレノアは、目を細くしてセシリアにじっと視線を向けてくる。それはまるで何かを疑っているようにも見え、怪しんでいるようにも感じられた。
「エレノアお嬢様。ここにいらしたのですね」
その声によって、エレノアの視線が逸れる。
走ってやってきたのは、執事の息子のケビンである。まだ年若い彼は、執事としての仕事を学んでいるところだ。また、その若さを生かして、先触れとして駆けずりまわることもあった。
「どうしたの? ケビン」
彼の姿をとらえたエレノアは、すっと立ち上がった。
「旦那様がお呼びです」
その一言で、エレノアの顔が強張った。すかさずセシリアは、姉の手を握る。
驚いたようにセシリアを見下ろしたエレノアだが、その表情は凜としていた。
「エレノアお嬢様、ご案内いたします」
案内されるまでもなく勝手知ったる場所ではあるものの、エレノアは黙ってケビンに従った。
181
お気に入りに追加
565
あなたにおすすめの小説
我儘女に転生したよ
B.Branch
ファンタジー
転生したら、貴族の第二夫人で息子ありでした。
性格は我儘で癇癪持ちのヒステリック女。
夫との関係は冷え切り、みんなに敬遠される存在です。
でも、息子は超可愛いです。
魔法も使えるみたいなので、息子と一緒に楽しく暮らします。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました
雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた
スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ
この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった...
その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!?
たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく
ここが...
乙女ゲームの世界だと
これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない
丙 あかり
ファンタジー
ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。
しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。
王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。
身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。
翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。
パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。
祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。
アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。
「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」
一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。
「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。
******
不定期更新になります。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる