BでLなゲームに転生したモブ令嬢のはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
27 / 46

27.それはメガネ攻めと健気受けですね(1)

しおりを挟む
 ジーニアは医師から定期的な診察を受けていた。その医師がうーんと難しい顔で唸っている。そして診察に付き合っているのがなぜかクラレンス。今も、少し離れた場所で、というよりはいつものソファで診察が終わるのを待っていた。

「あの、どうかしましたか?」
 医師の唸り方は、それはもうジーニアを不安にさせるようなものだった。

「あ、いえ。少し気になりましたので」

「何が、気になると言うのだ?」
 すたすたとソファの方から寝台に向かって歩いてくるクラレンスに気付いたジーニアは、診察のためにずらした服をいそいそと着直した。クラレンスの圧力に負けている医師は、おずおずと言葉を続ける。

「治りが遅いのです」

「治りが遅い?」
 クラレンスは医師の言葉をそのまま繰り返した。それは、クラレンス自身も彼女の傷跡に薬を塗っていて思ったこと。だから、この医師が藪ではないのか、と疑ったこともある。だが、医師自らが「治りが遅い」と口にするということは、この医師が藪ではなくてきちんとした医師であり、さらにクラレンスが思っていたこともあながち嘘ではなかったということ。

「はい。本来であれば、もう少し傷口がくっついて、引き攣れや痛みも治まってきている頃なのですが。まだ、痛みますか?」
 医師が優しくジーニアに問えば、彼女もこくんと頷く。それはけして大げさなのではなくて、不意に痛みが襲ってくるのだ。
 医師は再びうーん、と唸った。
「とりあえず、こちらの薬を塗っておいてください。ですが、それでも治りが悪いようであれば、それはもう我々医師の手には負えません」

「職務を放棄する、とでも言うのか?」
 腕を組んで医師の話を聞いていたクラレンスが、冷たい視線で医師を見下ろした。

「ち、違います」
 焦った医師は大げさに手と首を振る。
「恐らく、恐らくですが。もしかしたら呪詛の類が含まれているのではないか、ということです」

「呪詛?」
 腕を組んだままクラレンスは眉根を寄せた。
「そうです。ただの怪我ではなく、呪詛が込められた怪我の場合、治りが遅かったり、そこから傷口が全身へ広がったりします。もちろん、我々の薬は効きません」
 うむ、とクラレンスは頷いた。
「その場合は、王宮魔導士に頼むしかありません」
 医師の言葉を耳にしたクラレンスは、再び眉根を寄せて何かを考えている様子であった。
「では、私はこれで、失礼いたします」
 往診用の鞄を閉め、立ち上がった医師はいそいそとジーニアの部屋を出て行った。
 クラレンスと二人きりになってしまったジーニア。もちろん彼女の頭の中は『王宮魔導士』で埋め尽くされている。

 ――王宮魔導士と言ったら、ジュード様よね。

「ジーニア嬢」
 クラレンスの低い声で名を呼ばれ、ジーニアははっと我に返った。

「傷はまだ痛むのか?」
 クラレンスが寝台に座ったため、そこはギシッと軋んだ。寝台の軋む音はよくわからないが緊張感を孕む何かがあると思っているジーニアにとって、その状態のクラレンスは非常にまずい。何がまずいか。
 まず、ここにいるべき人物は自分ではないということ。今、自分がシリルであったならば、という妄想。
 をしつつも、クラレンスがジーニアの顔を覗き込んできたため、ジーニアもじっと彼を見つめ返した。

 ――クラレンス様の表情が、辛そうに見える。どうして、そんな切ない顔をなさっているの?

 ジーニアの心の中はハァハァ状態である。このような彼女を止められるのはもはや同士であるヘレナしかいない。

「私は大丈夫ですが。その、クラレンス様の方が辛そうに見えます……」

「私をかばった君が私の代わりに怪我をした。まして、それが呪詛の類であるかもしれない、と言われたのであれば、申し訳ないという気持ちが私の中にだってあるのだよ」

「ですが、以前にも申し上げました通り、私はクラレンス様を守ることができたことを光栄に思っておりますので。その、クラレンス様が気になさるようなことではありません」

「それでも君は女性だ。女性の君に、このような傷痕をつけてしまったこと。今、激しく後悔している」

「私の傷痕など、クラレンス様の命に比べれば非常に安いものです。むしろ、クラレンスを守ったことでできた傷。これを誇りに思いながら、そしてそれを受け入れてくれるような方と一緒になれば、何も問題ありません」

 だが、本当にこのような傷痕を受け入れてくれるような男性が現れるのだろうか、という思いは少なくともある。自信は、無い。けど、現れなかったら現れなかったでもいいや、とさえ思えてくる。

「そうか……」
 と呟くクラレンスはどこか寂しそうにも見えた。

「あ。ですが。私がこうやってこちらでいつまでも休んでいたら、その、クラレンス様の侍女としてのお仕事ができませんね」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...