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26.それはワンコ系攻めとツンデレ受けですね(8)
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「では、私はこれで失礼します」
グレアムはビシッと九十度腰から折り曲げると、ジーニアの部屋を出ていく。
つまり、この部屋にはジーニアとクラレンスの二人きり。
――き、気まずい……。
とジーニアが思うのは、クラレンスがじっとジーニアを見つめているからだ。
「傷、痛むのか?」
ジーニアをじっと見つめていたクラレンスがジーニアの背に触れる。何もしなければなんとも感じないそこであるが、そのように触れられてしまったら、顔をしかめてしまう。
「見せてみろ。薬を塗ってやる」
「いえいえ。そんな、クラレンス様にそのようなことをしていただくなんて、恐れ多いです。あの、ルイーズに頼みますから」
「なんだ。この私が直々に、君に礼を兼ねて薬を塗ってやろうと言っているのに。君はこの私からのその好意を、断るというのか?」
断ることができないような、ところどころ棘があるような言い方をされてしまう。
「それに、以前も薬を塗ってあげたことがあっただろう? 今さら、恐れ戦く必要はない」
クラレンスは立ち上がると、鏡台の上に並べてある薬を一つ手にする。それが、傷痕に塗るための塗り薬。
「傷口を見せろ」
有無を言わさぬ凄みがある。これでは、鳥のような心を持つジーニアには断ることができない。
この部屋で養生しているため、いつも身に纏っているのはシュミーズドレス。コルセットのような身体をぎちぎちと締め付けるようなものは、傷口にも負担がかかるという医師の言葉に従っているためだ。仕方なく、ジーニアはドレスの左側の肩をするりと落とした。そちら側の背が矢の刺さったと言われる場所。傷口を守るようにガーゼで覆われている。そのガーゼを剥がし、クラレンスが薬を塗りつける。
「ひっ……」
ひんやりとした手が背に触れたため、ジーニアは思わず声を漏らしてしまった。急にヒヤッとしたものが触れてしまったら、誰でもそうなってしまうだろう。そんなジーニアの様子を、クラレンスはくくっと喉の奥で笑いながら、薬を塗っていた。そして、新しいガーゼで覆う。
「傷の治りが遅いようにも見えるな。医師に文句を言った方がいいな」
「そうなのですか?」
ジーニアは自分で自分の傷口を見ることができない。だから、その傷の治りが遅いか早いのかということもわからない。
「ああ。確認のために、もう少し触れるが、いいか?」
ここでジーニアが駄目だと言えるような強靭な精神を持ち合わせていたら「駄目です」と即答する。だが、そんなことできるわけが無い。何しろ相手がクラレンスなのだから。
「はい……」
消え入るような声で返事をするだけ。すると傷口の周囲をクラレンスの冷たい手が触れてきた。
「ひっ……」
また、その突然の冷たさに変な声が出てしまう。
「痛むのか?」
「いえ。その、クラレンス様の手が冷たくて。驚きました」
「そうか。では、君で温めてもらおうか」
「え?」
冷たいクラレンスの手が背中から前の方へと伸びてきた。
「君の身体は温かいな」
その冷たい手が微妙な位置で止まっている。
こつん、とジーニアの首の後ろにクラレンスの頭が触れた。
「すまないが、もう少しこのままでいてもいいだろうか……」
こんな甘えているクラレンスを見ることができるとは。
――これぞ役得というもの?
と、この時にそんなことをのんびりと考えていたことを、後になって後悔する日がくるとは、もちろん思ってもいないわけで。ただ単に、こんな弱っているクラレンスを守ってあげたいという、ジーニアの微かな母性本能が揺れ動いていただけだった。
グレアムはビシッと九十度腰から折り曲げると、ジーニアの部屋を出ていく。
つまり、この部屋にはジーニアとクラレンスの二人きり。
――き、気まずい……。
とジーニアが思うのは、クラレンスがじっとジーニアを見つめているからだ。
「傷、痛むのか?」
ジーニアをじっと見つめていたクラレンスがジーニアの背に触れる。何もしなければなんとも感じないそこであるが、そのように触れられてしまったら、顔をしかめてしまう。
「見せてみろ。薬を塗ってやる」
「いえいえ。そんな、クラレンス様にそのようなことをしていただくなんて、恐れ多いです。あの、ルイーズに頼みますから」
「なんだ。この私が直々に、君に礼を兼ねて薬を塗ってやろうと言っているのに。君はこの私からのその好意を、断るというのか?」
断ることができないような、ところどころ棘があるような言い方をされてしまう。
「それに、以前も薬を塗ってあげたことがあっただろう? 今さら、恐れ戦く必要はない」
クラレンスは立ち上がると、鏡台の上に並べてある薬を一つ手にする。それが、傷痕に塗るための塗り薬。
「傷口を見せろ」
有無を言わさぬ凄みがある。これでは、鳥のような心を持つジーニアには断ることができない。
この部屋で養生しているため、いつも身に纏っているのはシュミーズドレス。コルセットのような身体をぎちぎちと締め付けるようなものは、傷口にも負担がかかるという医師の言葉に従っているためだ。仕方なく、ジーニアはドレスの左側の肩をするりと落とした。そちら側の背が矢の刺さったと言われる場所。傷口を守るようにガーゼで覆われている。そのガーゼを剥がし、クラレンスが薬を塗りつける。
「ひっ……」
ひんやりとした手が背に触れたため、ジーニアは思わず声を漏らしてしまった。急にヒヤッとしたものが触れてしまったら、誰でもそうなってしまうだろう。そんなジーニアの様子を、クラレンスはくくっと喉の奥で笑いながら、薬を塗っていた。そして、新しいガーゼで覆う。
「傷の治りが遅いようにも見えるな。医師に文句を言った方がいいな」
「そうなのですか?」
ジーニアは自分で自分の傷口を見ることができない。だから、その傷の治りが遅いか早いのかということもわからない。
「ああ。確認のために、もう少し触れるが、いいか?」
ここでジーニアが駄目だと言えるような強靭な精神を持ち合わせていたら「駄目です」と即答する。だが、そんなことできるわけが無い。何しろ相手がクラレンスなのだから。
「はい……」
消え入るような声で返事をするだけ。すると傷口の周囲をクラレンスの冷たい手が触れてきた。
「ひっ……」
また、その突然の冷たさに変な声が出てしまう。
「痛むのか?」
「いえ。その、クラレンス様の手が冷たくて。驚きました」
「そうか。では、君で温めてもらおうか」
「え?」
冷たいクラレンスの手が背中から前の方へと伸びてきた。
「君の身体は温かいな」
その冷たい手が微妙な位置で止まっている。
こつん、とジーニアの首の後ろにクラレンスの頭が触れた。
「すまないが、もう少しこのままでいてもいいだろうか……」
こんな甘えているクラレンスを見ることができるとは。
――これぞ役得というもの?
と、この時にそんなことをのんびりと考えていたことを、後になって後悔する日がくるとは、もちろん思ってもいないわけで。ただ単に、こんな弱っているクラレンスを守ってあげたいという、ジーニアの微かな母性本能が揺れ動いていただけだった。
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