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17.それはスパダリ攻めと誘い受けですね(7)
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「クラレンス様、楽しそうですね」
ジーニアの様子を見に行った帰り、なぜか機嫌の良さそうなクラレンスに対して、シリルがそう声をかけた。
「面白くないか? あの娘」
「あの娘……。ああ、ジーニア嬢ですね。ジーニア・トンプソン。父親はマルテン・トンプソン」
「元第一の、か?」
「そうです」
「ああ、だからか。ジェレミーが妹と言っていたな」
「はい」
シリルは余計なことを口にはしない。クラレンスが楽しそうにしているのであれば、それで良いのだが。
それでも嫌な予感がする。
「クラレンス様。何を企んでいらっしゃいますか?」
余計なことは口にするつもりのないシリルなのに、そう声をかけてしまったのには理由がある。あのクラレンスが、口元をニヤニヤと綻ばせているからだ。いつもは楽しいことや面白いことがあったとしても、このように表に出すようなことをしないクラレンスが。
「率直に言おう。彼女に興味を持った。あの場でとっさに私を助けてくれただけでなく、今も、私に媚びを売ろうとしない凛とした態度。どこか、他の令嬢たちと違うような気がした。だが、彼女があのマルテンの娘と聞いて、わかるような気がした」
そう言って、口元に笑みを浮かべているのは、よほど楽しいのだろうとシリルは察する。
「ところでシリル。彼女は、学院の卒業生としてあのパーティに出席していたのだろう? 卒業後の進路はわかっているのか?」
「はい。そちらは既に調べてあります。あの状態では、すぐに動けるようになるのは無理だと思いまして、彼女の進路先に連絡をすべきであると思っておりました」
こういうところが、優秀なのである。クラレンスが国王になったとき、恐らくシリルは彼を助ける立場にあるのだろう。痒い所に手が届く存在ではなく、痒くなる場所を事前に滅するような存在に。
「ジーニア嬢ですが。学院卒業後は、アマリエ様の侍女としてこの王宮に務めることになっております」
「リィの……」
そこでクラレンスは顎に右手を当てた。これは、何かしら考えているとき、ではなく悪だくみしているときのクラレンスの癖だ。そして彼は、八つ年下の妹を可愛がっている。だが、アマリエはそれが鬱陶しいと思っていて、クラレンスの顔を見るたびに、毛虫を見るような冷たい視線を投げつけてくる。
「これは、好機かもしれない……」
クラレンスはまだ右手で顎をさすっている。
何の、とシリルは心の中でツッコミをいれた。いくらシリルであっても、この状況のクラレンスを止めることはできない。そして、これだけクラレンスが興味を示したジーニアに、シリル自身も興味を持ち始めたのだった。
一方、そんなスパダリ攻めと誘い受けの興味の的になってしまったジーニアであるが。
彼女は、クラレンスが呼びつけてくれた侍女の手によって、よろよろと寝台からおりたところであった。これが前世の世界であれば、手術入院で尿道カテーテルを入れられたことだろう。あれ、入れられたときは麻酔が聞いているから痛くないのだが、抜かれるときが痛い。しかも、しっかりと排泄まで管理されているから、このジーニアの年でやられたらお嫁にいけなくなるような羞恥心が襲ってくるようなもの。
そんなどうでもいい前世の記憶を思い出しながら、なんとかトイレに辿り着く。ここまでくる間、痛みを和らげる動き方というのもなんとなくわかったような気がする。侍女が言うには、矢が刺さった場所はあまり深くないとのことだが、周囲の皮膚が引き攣れを起こして痛みを感じるのだろう、とのこと。どうやら、怪我をみてくれた医師がそのようなことを口にしていたらしい。
そして、侍女の名前はルイーズというらしい。ここで侍女として務めて三年目とのこと。こうやって客人をもてなすのが彼女の仕事のようだ。
ジーニアも、学院卒業後はアマリエの侍女として務める予定だったということを口にしたところ、「あら、そうなんですか」と明るい返事が返ってきた。
身体もすっきりとしたところで、ルイーズと打ち解け、さらに痛みも落ち着いてくれば、ジーニアとしてはもうここから去りたいところ。だが、ルイーズが言うには、痛み止めの薬も塗られているから、もしかしたらそれが効いているのかも、と。だから、傷口が塞がるまではここで養生していて欲しい、ということだった。
困った。
それがジーニアの気持ち。
「困ったことがありましたら、お呼びください」
なんてルイーズは言ってくれたけれど、暇だから困っているとも言えない。
そうやって時間を潰していたら、背中がじんわりと痛み出してきた。恐らく、痛み止めの薬の効果が切れてきたのだろう。何もこのタイミングで切れなくても。痛いと思うと本当に痛くなるのが不思議だった。
今までは身体を動かすと皮膚が引き攣るような痛みだったのに、その刺さった箇所を中心にジンジンと痛み始めている。真っすぐ立つこともできず、身体を丸めて寝台の方に移動した。
ルイーズの「お呼びください」という言葉が思い出されたが、彼女を呼びだすまでの気力も無い。痛みが全ての思考を奪っていく。荒い呼吸と浅い呼吸を繰り返し、何とか痛みに耐えようとする。それを繰り返しているうちに、どうやら眠ってしまったようだ。
ジーニアの様子を見に行った帰り、なぜか機嫌の良さそうなクラレンスに対して、シリルがそう声をかけた。
「面白くないか? あの娘」
「あの娘……。ああ、ジーニア嬢ですね。ジーニア・トンプソン。父親はマルテン・トンプソン」
「元第一の、か?」
「そうです」
「ああ、だからか。ジェレミーが妹と言っていたな」
「はい」
シリルは余計なことを口にはしない。クラレンスが楽しそうにしているのであれば、それで良いのだが。
それでも嫌な予感がする。
「クラレンス様。何を企んでいらっしゃいますか?」
余計なことは口にするつもりのないシリルなのに、そう声をかけてしまったのには理由がある。あのクラレンスが、口元をニヤニヤと綻ばせているからだ。いつもは楽しいことや面白いことがあったとしても、このように表に出すようなことをしないクラレンスが。
「率直に言おう。彼女に興味を持った。あの場でとっさに私を助けてくれただけでなく、今も、私に媚びを売ろうとしない凛とした態度。どこか、他の令嬢たちと違うような気がした。だが、彼女があのマルテンの娘と聞いて、わかるような気がした」
そう言って、口元に笑みを浮かべているのは、よほど楽しいのだろうとシリルは察する。
「ところでシリル。彼女は、学院の卒業生としてあのパーティに出席していたのだろう? 卒業後の進路はわかっているのか?」
「はい。そちらは既に調べてあります。あの状態では、すぐに動けるようになるのは無理だと思いまして、彼女の進路先に連絡をすべきであると思っておりました」
こういうところが、優秀なのである。クラレンスが国王になったとき、恐らくシリルは彼を助ける立場にあるのだろう。痒い所に手が届く存在ではなく、痒くなる場所を事前に滅するような存在に。
「ジーニア嬢ですが。学院卒業後は、アマリエ様の侍女としてこの王宮に務めることになっております」
「リィの……」
そこでクラレンスは顎に右手を当てた。これは、何かしら考えているとき、ではなく悪だくみしているときのクラレンスの癖だ。そして彼は、八つ年下の妹を可愛がっている。だが、アマリエはそれが鬱陶しいと思っていて、クラレンスの顔を見るたびに、毛虫を見るような冷たい視線を投げつけてくる。
「これは、好機かもしれない……」
クラレンスはまだ右手で顎をさすっている。
何の、とシリルは心の中でツッコミをいれた。いくらシリルであっても、この状況のクラレンスを止めることはできない。そして、これだけクラレンスが興味を示したジーニアに、シリル自身も興味を持ち始めたのだった。
一方、そんなスパダリ攻めと誘い受けの興味の的になってしまったジーニアであるが。
彼女は、クラレンスが呼びつけてくれた侍女の手によって、よろよろと寝台からおりたところであった。これが前世の世界であれば、手術入院で尿道カテーテルを入れられたことだろう。あれ、入れられたときは麻酔が聞いているから痛くないのだが、抜かれるときが痛い。しかも、しっかりと排泄まで管理されているから、このジーニアの年でやられたらお嫁にいけなくなるような羞恥心が襲ってくるようなもの。
そんなどうでもいい前世の記憶を思い出しながら、なんとかトイレに辿り着く。ここまでくる間、痛みを和らげる動き方というのもなんとなくわかったような気がする。侍女が言うには、矢が刺さった場所はあまり深くないとのことだが、周囲の皮膚が引き攣れを起こして痛みを感じるのだろう、とのこと。どうやら、怪我をみてくれた医師がそのようなことを口にしていたらしい。
そして、侍女の名前はルイーズというらしい。ここで侍女として務めて三年目とのこと。こうやって客人をもてなすのが彼女の仕事のようだ。
ジーニアも、学院卒業後はアマリエの侍女として務める予定だったということを口にしたところ、「あら、そうなんですか」と明るい返事が返ってきた。
身体もすっきりとしたところで、ルイーズと打ち解け、さらに痛みも落ち着いてくれば、ジーニアとしてはもうここから去りたいところ。だが、ルイーズが言うには、痛み止めの薬も塗られているから、もしかしたらそれが効いているのかも、と。だから、傷口が塞がるまではここで養生していて欲しい、ということだった。
困った。
それがジーニアの気持ち。
「困ったことがありましたら、お呼びください」
なんてルイーズは言ってくれたけれど、暇だから困っているとも言えない。
そうやって時間を潰していたら、背中がじんわりと痛み出してきた。恐らく、痛み止めの薬の効果が切れてきたのだろう。何もこのタイミングで切れなくても。痛いと思うと本当に痛くなるのが不思議だった。
今までは身体を動かすと皮膚が引き攣るような痛みだったのに、その刺さった箇所を中心にジンジンと痛み始めている。真っすぐ立つこともできず、身体を丸めて寝台の方に移動した。
ルイーズの「お呼びください」という言葉が思い出されたが、彼女を呼びだすまでの気力も無い。痛みが全ての思考を奪っていく。荒い呼吸と浅い呼吸を繰り返し、何とか痛みに耐えようとする。それを繰り返しているうちに、どうやら眠ってしまったようだ。
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