24 / 88
第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(9)
しおりを挟む
変に緊張するし、しっかり育てなければという思いがある。妹のときは、近くに母親がいてくれた心強さもあったのかもしれない。
いや、違う。これが親の気持ちなのだ。子に責任を持つ。
マリアンヌの母親となったのだから、マリアンヌの成長に責任を持つ。
それが、妹たちの世話をしていたときとの大きな違いだ。かわいいかわいいいだけでは、マリアンヌの面倒をみるなどできない。
「……奥様」
お菓子もすっかりと食べてしまったころ、チャールズが部屋へとやってきて、にこやかに声をかけてきた。
「このあとのご予定なのですが……」
まだあるの、と思ったものの、それを口にはしない。ぐっと堪える。
「勉強の時間となっております」
「勉強……」
「はい、旦那様からの伝言でございます。『とにかく、オレに恥をかかせるな』。以上でございます」
その伝言はいらなかった。そしてこのタイミングで言ってくるチャールズは、間違いなく空気を読むのが上手である。彼の目が笑っていた。
クライブが帰ってきた頃には、イリヤもぐったりとしていた。
「お帰りなさいませ……」
マリアンヌを抱っこしたまま出迎えてはみたものの、本音をいえば、ふかふかの寝台に飛び込みたい。
「……イリヤ。顔色が悪いが? 具合でも悪いのか?」
「いえ……旦那様が心配なさるようなことではありません」
その言葉に、クライブの顔は陰った。
「オレは妻を心配することも許してもらえないのか?」
目を伏せて呟く様子に、イリヤの心がきゅるるんと音を立てる。
「そういうつもりではなくて……わざわざ私のために、旦那様が気を使う必要はないということです」
「だが、イリヤはオレの妻だろう? 夫は妻を気にかけるものだと聞いたが?」
誰の入れ知恵か。
もちろん、チャールズしかいない。隣でニコニコとしているチャールズに、チラリと視線を向ける。
昨夜、あの半裸状態のクライブは、いったい何を吹き込まれたのか。気になるところでもある。
それに、彼の言うことは間違いではないし、普通の夫婦であれば喜ぶべきところだろう。この人、本当に私のことを愛してくれているのね、と。
しかし、イリヤとクライブの関係は普通の夫婦とは異なる。婚姻関係にあっても雇用関係みたいなもの。
「心配してくださってありがとうございます。ただ疲れただけです」
事務的に答えてみると、ふたたびクライブの顔は曇るが、彼がなぜそのような表情をするのか、イリヤにはわからない。
「そうか……マリアンヌは? 暴走したりしなかったか?」
暴走とは、部屋の調度品を浮かせたりひっくり返したりすることを指す。
「はい」
今もイリヤの腕の中で両手を突き出して「あ~う~」と何かをしゃべっている。
「こうやって、愛嬌を振りまいていました。本当に、昨日のあれが夢だったのでは、と思えるくらいにかわいらしいです。抱いてみます?」
「そうだな」
クライブの上着はいつの間にかチャールズが預かっていた。できる執事は、やはり何かが違う。
「あ、ですが。先に手を洗ってください。外からの雑菌をマリーに近づけないでください」
「イリヤ……陛下に似てきたな」
「ちょ、ちょっと! 陛下と一緒にしないでください。はい、どうぞ」
ぐいっとマリアンヌをクライブに預けようとすると、彼はちょっとだけ引いた。
「どうしたんですか? マリーを抱っこするんでしょう?」
「イリヤがオレを雑菌と言ったのだろう?」
「ああ、そんなこと。簡単です」
イリヤはパチンと指を鳴らした。ささっと光の粒子がクライブを覆う。このくらいの魔法であれば、心の中で念じなくてもすぐに使える。浄化魔法はイリヤが最も得意とする魔法だからだ。
「これは?」
いや、違う。これが親の気持ちなのだ。子に責任を持つ。
マリアンヌの母親となったのだから、マリアンヌの成長に責任を持つ。
それが、妹たちの世話をしていたときとの大きな違いだ。かわいいかわいいいだけでは、マリアンヌの面倒をみるなどできない。
「……奥様」
お菓子もすっかりと食べてしまったころ、チャールズが部屋へとやってきて、にこやかに声をかけてきた。
「このあとのご予定なのですが……」
まだあるの、と思ったものの、それを口にはしない。ぐっと堪える。
「勉強の時間となっております」
「勉強……」
「はい、旦那様からの伝言でございます。『とにかく、オレに恥をかかせるな』。以上でございます」
その伝言はいらなかった。そしてこのタイミングで言ってくるチャールズは、間違いなく空気を読むのが上手である。彼の目が笑っていた。
クライブが帰ってきた頃には、イリヤもぐったりとしていた。
「お帰りなさいませ……」
マリアンヌを抱っこしたまま出迎えてはみたものの、本音をいえば、ふかふかの寝台に飛び込みたい。
「……イリヤ。顔色が悪いが? 具合でも悪いのか?」
「いえ……旦那様が心配なさるようなことではありません」
その言葉に、クライブの顔は陰った。
「オレは妻を心配することも許してもらえないのか?」
目を伏せて呟く様子に、イリヤの心がきゅるるんと音を立てる。
「そういうつもりではなくて……わざわざ私のために、旦那様が気を使う必要はないということです」
「だが、イリヤはオレの妻だろう? 夫は妻を気にかけるものだと聞いたが?」
誰の入れ知恵か。
もちろん、チャールズしかいない。隣でニコニコとしているチャールズに、チラリと視線を向ける。
昨夜、あの半裸状態のクライブは、いったい何を吹き込まれたのか。気になるところでもある。
それに、彼の言うことは間違いではないし、普通の夫婦であれば喜ぶべきところだろう。この人、本当に私のことを愛してくれているのね、と。
しかし、イリヤとクライブの関係は普通の夫婦とは異なる。婚姻関係にあっても雇用関係みたいなもの。
「心配してくださってありがとうございます。ただ疲れただけです」
事務的に答えてみると、ふたたびクライブの顔は曇るが、彼がなぜそのような表情をするのか、イリヤにはわからない。
「そうか……マリアンヌは? 暴走したりしなかったか?」
暴走とは、部屋の調度品を浮かせたりひっくり返したりすることを指す。
「はい」
今もイリヤの腕の中で両手を突き出して「あ~う~」と何かをしゃべっている。
「こうやって、愛嬌を振りまいていました。本当に、昨日のあれが夢だったのでは、と思えるくらいにかわいらしいです。抱いてみます?」
「そうだな」
クライブの上着はいつの間にかチャールズが預かっていた。できる執事は、やはり何かが違う。
「あ、ですが。先に手を洗ってください。外からの雑菌をマリーに近づけないでください」
「イリヤ……陛下に似てきたな」
「ちょ、ちょっと! 陛下と一緒にしないでください。はい、どうぞ」
ぐいっとマリアンヌをクライブに預けようとすると、彼はちょっとだけ引いた。
「どうしたんですか? マリーを抱っこするんでしょう?」
「イリヤがオレを雑菌と言ったのだろう?」
「ああ、そんなこと。簡単です」
イリヤはパチンと指を鳴らした。ささっと光の粒子がクライブを覆う。このくらいの魔法であれば、心の中で念じなくてもすぐに使える。浄化魔法はイリヤが最も得意とする魔法だからだ。
「これは?」
132
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる