このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(9)

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 変に緊張するし、しっかり育てなければという思いがある。妹のときは、近くに母親がいてくれた心強さもあったのかもしれない。

 いや、違う。これが親の気持ちなのだ。子に責任を持つ。

 マリアンヌの母親となったのだから、マリアンヌの成長に責任を持つ。
 それが、妹たちの世話をしていたときとの大きな違いだ。かわいいかわいいいだけでは、マリアンヌの面倒をみるなどできない。

「……奥様」

 お菓子もすっかりと食べてしまったころ、チャールズが部屋へとやってきて、にこやかに声をかけてきた。

「このあとのご予定なのですが……」

 まだあるの、と思ったものの、それを口にはしない。ぐっと堪える。

「勉強の時間となっております」
「勉強……」
「はい、旦那様からの伝言でございます。『とにかく、オレに恥をかかせるな』。以上でございます」

 その伝言はいらなかった。そしてこのタイミングで言ってくるチャールズは、間違いなく空気を読むのが上手である。彼の目が笑っていた。




 クライブが帰ってきた頃には、イリヤもぐったりとしていた。

「お帰りなさいませ……」

 マリアンヌを抱っこしたまま出迎えてはみたものの、本音をいえば、ふかふかの寝台に飛び込みたい。

「……イリヤ。顔色が悪いが? 具合でも悪いのか?」
「いえ……旦那様が心配なさるようなことではありません」

 その言葉に、クライブの顔は陰った。

「オレは妻を心配することも許してもらえないのか?」

 目を伏せて呟く様子に、イリヤの心がきゅるるんと音を立てる。

「そういうつもりではなくて……わざわざ私のために、旦那様が気を使う必要はないということです」
「だが、イリヤはオレの妻だろう? 夫は妻を気にかけるものだと聞いたが?」

 誰の入れ知恵か。

 もちろん、チャールズしかいない。隣でニコニコとしているチャールズに、チラリと視線を向ける。

 昨夜、あの半裸状態のクライブは、いったい何を吹き込まれたのか。気になるところでもある。
 それに、彼の言うことは間違いではないし、普通の夫婦であれば喜ぶべきところだろう。この人、本当に私のことを愛してくれているのね、と。

 しかし、イリヤとクライブの関係は普通の夫婦とは異なる。婚姻関係にあっても雇用関係みたいなもの。

「心配してくださってありがとうございます。ただ疲れただけです」

 事務的に答えてみると、ふたたびクライブの顔は曇るが、彼がなぜそのような表情をするのか、イリヤにはわからない。

「そうか……マリアンヌは? 暴走したりしなかったか?」

 暴走とは、部屋の調度品を浮かせたりひっくり返したりすることを指す。

「はい」

 今もイリヤの腕の中で両手を突き出して「あ~う~」と何かをしゃべっている。

「こうやって、愛嬌を振りまいていました。本当に、昨日のあれが夢だったのでは、と思えるくらいにかわいらしいです。抱いてみます?」
「そうだな」

 クライブの上着はいつの間にかチャールズが預かっていた。できる執事は、やはり何かが違う。

「あ、ですが。先に手を洗ってください。外からの雑菌をマリーに近づけないでください」
「イリヤ……陛下に似てきたな」
「ちょ、ちょっと! 陛下あの人と一緒にしないでください。はい、どうぞ」

 ぐいっとマリアンヌをクライブに預けようとすると、彼はちょっとだけ引いた。

「どうしたんですか? マリーを抱っこするんでしょう?」
「イリヤがオレを雑菌と言ったのだろう?」
「ああ、そんなこと。簡単です」

 イリヤはパチンと指を鳴らした。ささっと光の粒子がクライブを覆う。このくらいの魔法であれば、心の中で念じなくてもすぐに使える。浄化魔法はイリヤが最も得意とする魔法だからだ。

「これは?」
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