わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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閑話:王太子 → 毒女(2)

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「殿下。ハリエッタ様が成人されるのを待っていたのはわかります。ですが、まだハリエッタ様は殿下のことをよくご存知ありません。ハリエッタ様の性格を考えますと、恐れ多いと言って断られる可能性がございます。まずは、ハリエッタ様との距離を縮めるのが先です」

 そう言って、アルバートとハリエッタの茶会などを、クラリスが裏で計画していた。

 それから紆余曲折あって四年、やっと念願のハリエッタとの婚約までもぎ取った。ハリエッタも二十歳になっていたので、女性側から見たら遅い縁談だったのかもしれない。だが、彼女が十六歳の頃から、二人の噂はなんとなく社交界にも漂っていたので、ハリエッタはかろうじて「行き遅れ」と揶揄されるようなことはなかった。

 むしろ、その手の悪意をすべて受け止めていたのがクラリスである。

 年齢を重ねるに連れ、彼女の行動は目につくようになる。挙げ句、社交界では『毒女』とまで言われる始末。独身女性を揶揄う言葉だ。
 それでも当の本人のクラリスは、そのような言葉を微塵も気にしていない。

 しかし、アルバートにも我慢の限界というものがある。彼女はやり過ぎた。いつも自分の身を顧みない彼女は、アルバートとハリエッタの婚約披露パーティーで、批難を集中的に浴びた。

「君は私の側にいすぎなんだよ。私の隣にはもう、ハリエッタという女性がいる。立場をわきまえてほしい」

 クラリスは間違いなくアルバートを利用していた。アルバートの側にいて横暴に振る舞うことで、自らの価値を下げていたのだ。

 アルバートもベネノ侯爵に苦言を呈したこともある。
 ベネノ侯爵もクラリスの父親として、噂についてを彼女に尋ねたこともあったらしい。
 だけど彼女は、頑なにそれでいいと言っていた。アルバートとハリエッタの仲が世に認められ、何年か先の未来に、この国を引っ張っていくような人物になってくれればいい。
 それが彼女自身の願いであり、そのために自分が犠牲になってもかまわない。

 クラリスほど、臣下として心強い者もいないだろう。それでもアルバートの良心がチクチクと痛むのだ。

 アルバートがハリエッタと出会ったように、クラリスにも唯一の相手と出会ってもらいたい。
 だから婚約披露パーティーの件はきっかけに過ぎなかった。

「アル様。私、クラリス様にお似合いの殿方を知っておりますの」

 ハリエッタの言葉に、クラリスの顔色がさっと変わった。

「なるほど、それはいい。さすが私のハリエッタだ」
「アル様にお褒めいただき、光栄ですわ」

 ハリエッタが提案してきた男性は、クラリスの相手としてふさわしい。なぜ、今までその男の存在を忘れていたのか。

 ユージーン・ウォルターは若くして辺境伯位を継いだ男であり、魔獣討伐団の団長を務めている。
 今回の婚約披露パーティーの招待状を送ったものの、つい先日、どこかの街に魔獣が現れたという話を受け、魔獣討伐のために旅立った。それは国王の命令であるから、アルバートの婚約披露パーティーよりも優先度は高いものとなる。
 また、そうやって領地を空けることも多く、社交の場から遠ざかっているため、いまだに独身。婚約者もいない寂しい男なのだ。

 彼とは同じ師に剣術を仰ぎ、勉学に励んだ仲でもある。ユージーンも十五歳になる年までは王都で学んでいた。
 しかし、世代の辺境伯である父親が亡くなったのを機に、彼は領地へと戻った。

 それまでアルバートとユージーンは良き友で良きライバルであった。
 あの真っ黒い髪を何度ひきちぎってやろうかと思ったくらい、悔しさに満ちあふれたこともある。それだけさまざまな能力に長けている男であるのに、足りないものとしたら女性との縁くらいだろう。

 さらにウォルター領だったら、クラリスにとっても都合はいいはず。
 ユージーンならば、間違いなくクラリスを幸せにしてくれる。

 そう思ったアルバートは、今まで使おうと思えばいつでも使えた権力を初めて使った。

「君は、ウォルター辺境伯のユージーンと結婚したまえ。この件は父にも伝える。もちろん、君の父親にもね」

 それを聞いたクラリスは卒倒した。



 後日――。

 ユージーンもこの縁談を承諾し、クラリスもウォルター領へと向かうことになるのだが、アルバートの誤算としては、クラリスの弟デリックがクラリスを崇拝していたことくらいだろう。

 クラリスの後釜としてアルバートの毒見役となったデリックであるが、顔を合わせるたびに「姉様を捨てやがって」と悪態をついてくる。

 だが、クラリスが長年、矢面に立っていたのだ。
 アルバートにとってはこれくらいどうってことないし、デリックもクラリスがいなくなった寂しさをアルバートで紛らわせているに違いない。

 臣下としては褒められた行動ではないが、クラリスの弟と思えばかわいらしいものだった。
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