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第六章:弟 x 毒女 x 夫(4)

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「違うわよ。勝手に旦那様がわたくしの部屋にやってくるから、それで一緒にお茶を飲んでいただけよ。ここでは部屋も別々だし離れているし、わざわざ寝る前にわたくしの部屋に来ることもないでしょう? それに、先ほども何も両親の目の前でベタベタと触れてこなくてもいいと思うのよ。いったい、何を考えているのかしら」

 一つ不満を口にすると、箍がはずれたかのように次から次へと口から出てくる。

「この結婚は離婚前提の結婚。そう提案したのは旦那様よ? それなのに、結婚式を挙げるために、ここまで来てしまったの。こんな大々的に結婚式を挙げてしまったら、離婚しづらいでしょう?」
「でしたらクラリス様。離婚しなければよろしいのではないですか?」
「え?」
「もしかして、離婚しなければならないと思い込んでいらっしゃるのではありませんか? そういった前提でお受けした結婚ですから」

 この結婚は離婚前提の結婚である。それはクラリスの中で何も変わっていない。なぜなら、ユージーンとそういう約束をしたからだ。

「旦那様は、奥様のことを好いていらっしゃいますよ。最初、離婚前提の結婚を提案してくるなんて、どれだけ最低な男なんだと思いましたけれど、今はしっかりと奥様のことを愛していらっしゃると思います」
「なっ……ちょ、ま……メイ、何を言っているの?」
「え? 私、何か失礼なことを言いましたか?」
「ち、違うわよ……」

 ユージーンはクラリスに対して惚れたとは言った。だけど、はっきりと好きだとか愛しているとか、そう言われたわけではない。ただ、離婚はしないとか、夫が妻を愛してなにが悪いとか、そのようなことを頑なに言い放っているだけ。

 それでも離婚はしないと口にするのはそういうことなのかもしれないと、微かに期待はしていた。さらに他の者から言われれば、やはりそうなのかと胸を弾ませる。
 だけど、この結婚を続けてはならない。

「……メイ。ダメなのよ。わたくしは結婚なんてしてはいけないの」
「奥様?」

 メイの声はクラリスの耳を通り抜けていった。

 クラリスは毒師だ。それもただの毒師ではない。毒がまったく効かないだけでなく、ありとあらゆる薬を無効化する。むしろ、毒を定期的に摂取しなければ、命を失ってしまう特異体質だ。
 このように、普通とはかけ離れた人間が、結婚をして子を望んではならない。

 そんなことをすれば、きっと周囲の人に迷惑をかけてしまうから――



 ユージーンとクラリスの結婚式は、王城にある礼拝堂で行われた。

 純白のウェディングドレスに身をつつむクラリスの姿を見た母親は、目尻に涙を光らせた。両親を騙すような仮の結婚式であるのに、そのように感激されてしまってはクラリスの胸もチリリと痛む。
 デリックは目をつり上げながらも「おめでとうございます」と言い、父親にいたっては何も言わない。ただ目尻を下げて、穏やかな眼差しを向けていた。

 そんな二人の結婚式は、身内だけの小さな式であった。というのも、誓約書を出してから日が経っているのと、クラリスが社交界からは毒女と呼ばれていたのと、ユージーン自身も社交界からめっきり遠ざかっていたのと、そして何よりもクラリスがそう望んだのと。
 離婚するとわかっているのに、多くの人に祝われたくなかったのだ。

 だというのに、そこに国王までいたのは二人の結婚の証人だからだろう。さらにアルバートやハリエッタの姿まであったのは驚いた。よほど二人の結婚の行く末を見守りたいのか、それとも本当に結婚するのかと疑っていたのか。

 小さな式を終えたとき、クラリスは手にしていたブーケをハリエッタに手渡した。

「クラリス様、おきれいですわ」
「ありがとうございます、ハリエッタ様。ハリエッタ様のご紹介で、このような素敵な方と出会うことができました」

 社交辞令の言葉はすらすらと出てきた。

「ウォルター領であれば、クラリス様が気に入ると思いましたの」

 やはりハリエッタは、ウォルター領に豊富な毒があることを知っていたようだ。クラリスにとってウォルター領は理想の地であるのは否定しない。

 そのままハリエッタと幾言か言葉を交わしてから、クラリスは家族とユージーンと共にベネノ侯爵邸の別邸へと戻った。

 着替えをしてから、食事の席につく。大々的な披露パーティーをするつもりはないため、その代わりの食事会のようなものだ。といっても、その場にいるのはベネノ侯爵夫妻とデリック、そしてクラリスとユージーンの五人である。

 なぜかデリックがユージーンに対して攻撃的な言葉をかけているのが気になった。ユージーンは気にしていない様子で、それらをのらりくらりと交わして、ベネノ侯爵と談笑に興じる。
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