わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
49 / 63

第六章:弟 x 毒女 x 夫(3)

しおりを挟む
 姉弟の感動の再会であるのに、クラリスは背後から冷たい視線を感じていた。ぐごごごごごという効果音が聞こえてきそうな圧を感じる。

「お初にお目にかかります。ユージーン・ウォルターです」

 だが、ユージーンはクラリスとデリックを無視するかのような落ち着いた声色で、挨拶をした。

「ウォルター卿。遠いところ、わざわざ足を運んでいただき感謝する。部屋を用意してあるから案内しよう」

 父親の機嫌がよい。

「では、愛しの妻に案内してもらいます」

 いつまでもクラリスに張り付いているデリックをけん制するかのように、ユージーンは紫紺の瞳を細くした。

「姉様。本当にこの男と結婚したんですか? いくら陛下の命令であっても、相手は選びましょうよ」
「そうね。陛下の命令だからこそ、相手は選べないのよ」
「ほら。デリックもいつまでも甘えていないで。クラリスだって疲れているのだから、まずはゆっくりとしてもらいましょう」

 母親がいつまでもひしっと抱きついているデリックを引き離す。
 その瞬間、ユージーンの腕が伸びてクラリスの腰を引き寄せた。

「ウォルター卿は、そうやって支えがないと歩けないのですか」

 クラリスを抱き寄せた姿が、デリックにはそう見えたのだろうか。

「いや。愛する妻を手放したくないだけだが? 妻は、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうからな」
「ここは姉様にとっては勝手知ったる場所ですから、ウォルター卿が心配されるようなことは何もありませんよ」

 デリックとユージーンの間には何か隔たりがあるようだ。

「デリック、またあとでね。まずは旦那様を部屋に案内するわ」

 その瞬間、なぜかユージーンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 王都にいる間、クラリスとユージーンはベネノ侯爵家の別邸で過ごすことになっている。

「旦那様」

 階段を上がりきったところで、クラリスがピシッと腰にまわっている彼の手を叩いた。

「両親の前ではこのようなことをしないでください。恥ずかしいではありませんか」
「何を恥ずかしがる必要がある? 俺たちは夫婦なのだから、このくらいの触れ合いがあっても問題ないだろう? むしろ、仲の良い様子を、ご両親に見せたほうが安心するのではないのか?」
「そうかもそれませんが……それでも、恥ずかしいのは恥ずかしいのです」

 それでもクラリスの腰を解放しようとしない彼の手を、もう一度力強く叩いた。

「俺の妻は手厳しいようだ」

 おどけてみせるユージーンを、クラリスはキリッと睨みつける。

「旦那様。お部屋はこちらをお使いください」

 クラリスが案内したのは、二階にある客室だった。

「クラリス、君の部屋は?」
「わたくしは、以前、使っていた部屋がありますので」
「夫婦なのに、部屋は別々に使うと?」
「夫婦であっても、ここは旦那様のお屋敷ではありませんから。両親の前でベタベタされるわたくしの身にもなってください」

 きっちりと線を引かねば、ユージーンはどこであろうとクラリスに触れてくるだろう。もしかしたら、人前で口づけすらしてくるかもしれない。それだけは、絶対に避けたい。

「やはり、俺の妻は恥ずかしがり屋なのだな」
「どうぞご自由に、なんとでもおっしゃってくださいな。ですが、ここにいる間、不用意にわたくしの部屋には入らないでください」
「つまり、君のほうから俺に会いに来てくれると? 寝る前に二人でお茶を飲む決まりだろう?」
「そのような決まりができたという記憶はございません。いつも、旦那様がわたくしの部屋に来るから、それでお茶を淹れているだけです」
「実家に戻ったからか、俺の妻はなかなか手強くなったな」

 仕方ないとでも言うかのように、ユージーンは肩をすくめる。

「ネイサンには隣の控えの間を使っていただきます」
「できれば君に控えていてもらいたいが」
「ご冗談がお上手ですこと。では、夕食の時間にお会いしましょう」

 ピシャリと言葉を放ったクラリスは、客室を出て、懐かしい自室へと向かう。

「クラリス様。お茶の用意ができております」

 そこには荷物の片づけをしているメイの姿があった。

「ありがとう、メイ。あなたも疲れたでしょう? まずは、休んだら?」
「では、お言葉に甘えまして」

 クラリスはいつも持ち歩いている毒を二滴、紅茶に垂らした。住み慣れた屋敷に戻ってきたこともあり、ふっと気持ちが軽くなる。

「デリック様は、クラリス様のことが本当に大好きなのですね」
「ええ。わたくしたち、たった二人の姉弟ですもの。……あ、メイ」

 クラリスが少しだけ声を張り上げると、メイはきょとんとする。

「いつも、寝る前にお茶の準備をしてくれていたでしょう? だけど、ここにいる間、それは不要よ」
「どうされたのですか? 寝る前に旦那様とお茶を飲むのが日課だったのではありませんか?」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...