上 下
46 / 63

閑話:侍女 → 領主(2)

しおりを挟む
「申し訳ありません、奥様」

 城館はすぐそこ。
 メイはクラリスの後ろ姿を見送るのだが、はて? と気になったことがある。それはクラリスが手にしているもの。

「メイ。この花を頼む」

 庭師に花を押しつけられて、メイはすぐにそれを受け取った。だから、クラリスに声をかける機会を逃してしまった。

「ジョゼフさんに届ければいいのですね?」
「そうだ。頼んだ」

 庭師も忙しそうに、次の花の場所へと移動していた。
 メイは受け取った花を両手で抱えて城館へと向かうが、エントランスではなく裏口から入る。ジョゼフの元に向かうには、こちらから入ったほうが近いからだ。

「ジョゼフさん。花を預かってきました」
「ああ、メイ。いいところに。そちらの花はこちらの花瓶に」
「旦那様は戻られたのですか?」
「今、ネイサンが出迎えているはずです」

 だからメイは、クラリスが両手に毒蛇を持ったままユージーンを出迎えたとは思ってもいなかった。



 メイがユージーンを初めて見たのは、食事の場だ。だが、なんとなく、ユージーンがクラリスに好意を向けている様子を感じ取った。

 クラリスとユージーンの会話は、かみ合っているようでかみ合っていない。そのフォローに入るのがネイサンであり、メイも必要であれば助けに入ろうと思っていた。

 それでもユージーンからはクラリスに対する愛情が感じられた。本当に、この結婚は離婚前提の結婚なのかと疑いたくなるほど。

 そしてメイがそんなユージーンに声をかけられたのは、食事を終えたクラリスを部屋まで送ったあとだった。
 ユージーンの執務室に呼び出された。これではまるで、悪いことをして断罪されるような気分だと思っていたら、アニーもネイサンもジョゼフもいて、ほっと胸をなでおろす。

「君が、クラリスがベネノ家から連れてきた侍女だな?」
「はい。メイ・ロビンと申します」
「今、彼らから聞いたのだが、君は毎朝、クラリスと散歩にいっているのだな?」
「はい」
「では、明日からその役を俺に譲るように」

 いいえ、とは言えない雰囲気である。

「承知しました」
「ところでメイ。クラリスは何が好きなんだ?」

 唐突にそのようなことを聞かれた。この質問の意図をかみ砕くと、ユージーンはクラリスに何か贈り物をしたい。だから好きなものを聞いている。そう、理解した。

 しかし、本当のことを言ってもいいのだろうか。

 メイはこの場にいる三人の顔をぐるりと見回した。彼らはクラリスの状況を知っている信頼のおける者たち。
 すっと息を吸い込む。

「奥様の好きなもの……毒、ですね」
「ん?」
「奥様……クラリス様が好きなものは毒です」

 それ以外、思い浮かばない。
 何よりも、毒のある植物を見つけてはじっくりと眺めているし、毒をもつ生き物を見かけてはうっとりとしている。

「……なるほど。彼女は毒師らしいからな……」

 まさかこの答えをすんなり受け入れるとは思っていなかった。しかし、クラリスが毒を好きなのは紛れもない事実。他の三人だってメイの答えに納得したような表情を浮かべている。

「旦那様は、奥様……クラリス様のことを好いていらっしゃるのですか?」

 失礼だとは思いながらも、メイはなぜかそう尋ねていた。

「そうだな。会ったのは先ほどが初めてだが、好ましいとは思っている。それが何か?」

 なぜかその言葉にメイは安堵した。

「いえ。クラリス様のことを末永くお願いいたします。クラリス様は私の恩人のような方なのです。クラリス様が幸せになるのが、私の幸せでもあります」

 メイの訴えに、ユージーンは深く頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の何度も繰り返す断罪

アズやっこ
恋愛
私は第一王子の婚約者の公爵令嬢。 第一王子とは仲が良かったと私は思っていた。それなのに一人の男爵令嬢と出会って第一王子は変わってしまった。 私は嫉妬に狂い男爵令嬢を傷つけた。そして私は断罪された。 修道院へ向かう途中意識が薄れ気が付いた時、また私は過去に戻っていた。 そして繰り返される断罪…。 ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 主人公は乙女ゲームの世界とは知りません。

天空からのメッセージ vol.43 ~魂の旅路~

天空の愛
エッセイ・ノンフィクション
そのために、シナリオを描き そのために、親を選び そのために、命をいただき そのために、助けられて そのために、生かされ そのために、すべてに感謝し そのためを、全うする そのためは、すべて内側にある 天空からの情報を自我で歪めず 伝え続けます それがそのため

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から1年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、111話辺りまで手直し作業中)

ヤリチン無口な親友がとにかくすごい

A奈
BL
 【無口ノンケ×わんこ系ゲイ】  ゲイである翔太は、生まれてこの方彼氏のいない寂しさをディルドで紛らわしていたが、遂にそれも限界がきた。  どうしても生身の男とセックスしたい──そんな思いでゲイ専用のデリヘルで働き始めることになったが、最初の客はまさかのノンケの親友で…… ※R18手慣らし短編です。エロはぬるい上に短いです。 ※デリヘルについては詳しくないので設定緩めです。 ※受けが関西弁ですが、作者は関東出身なので間違いがあれば教えて頂けると助かります。 ⭐︎2023/10/10 番外編追加しました!

友達のその先

ねこみ
BL
「俺なんかお前でしか勃たなくなったみたい」 友人から言われ試しにえちなことをするDKの話。乳首責めあまりない挿入なし。 誤字脱字は安定にあります。脳内変換しつつ優しい目で見守ってくれると嬉しいです。

俺の××、狙われてます?!

みずいろ
BL
幼馴染でルームシェアしてる二人がくっつく話 ハッピーエンド、でろ甘です 性癖を詰め込んでます 「陸斗!お前の乳首いじらせて!!」 「……は?」 一応、美形×平凡 蒼真(そうま) 陸斗(りくと) もともと完結した話だったのを、続きを書きたかったので加筆修正しました。  こういう開発系、受けがめっちゃどろどろにされる話好きなんですけど、あんまなかったんで自給自足です!  甘い。(当社比)  一応開発系が書きたかったので話はゆっくり進めていきます。乳首開発/前立腺開発/玩具責め/結腸責め   とりあえず時間のある時に書き足していきます!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【完結】【R18BL】Ω嫌いのα侯爵令息にお仕えすることになりました~僕がΩだと絶対にバレてはいけません~

ちゃっぷす
BL
Ωであることを隠して生きてきた少年薬師、エディ。 両親を亡くしてからは家業の薬屋を継ぎ、細々と生活していた。 しかしとうとう家計が回らなくなり、もっと稼げる仕事に転職することを決意する。 職探しをしていたエディは、β男性対象で募集しているメイドの求人を見つけた。 エディはβと偽り、侯爵家のメイドになったのだが、お仕えする侯爵令息が極度のΩ嫌いだった――!! ※※※※ ご注意ください。 以下のカップリングで苦手なものがある方は引き返してください。 ※※※※ 攻め主人公(α)×主人公(Ω) 執事(β)×主人公(Ω) 執事(β)×攻め主人公(α) 攻め主人公(α)×主人公(Ω)+執事(β)(愛撫のみ) モブおじ(二人)×攻め主人公(α)

処理中です...