わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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閑話:侍女 → 領主(1)

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 ウォルター辺境伯ユージーン・ウォルター。それがメイの仕えるべき主人、クラリスの夫となった人物である。
 馬車で五日の旅を終え、ウォルター領に着いたというのに、肝心のユージーンは不在であった。結婚相手が不在であっても、書類上の関係は夫婦にしておきたいという考えがあったようで、クラリスは夫の顔も知らないのに結婚誓約書にサインをした。

 メイはユージーンがどのような人物であるか、気が気でなかった。暴力的な男性だったらどうしよう。横暴な性格だったらどうしよう。まして、離婚前提の結婚を提案してきたような男だ。身勝手な人物かもしれない。

 実際にユージーンと会うまでの間、メイはそんなことを考えていた。

「それにしても、旦那様はどのような方なのでしょうね?」

 不安になって、メイはクラリスに尋ねていた。

「わたくしも姿絵しか拝見していないけれども、やさしそうな雰囲気は受け取ったわ。それに、こちらで働いている使用人を見れば、なんとなくその主人の人となりもわかるでしょう?」

 その言葉にメイも納得する。

 何も知らぬメイに対して、ここで働く使用人たちは親切なのだ。よそ者だからって仲間はずれにするようなことはない。となれば、そんな使用人たちをまとめているユージーンも誠実な人なのだろう。それでもやはり、離婚前提の結婚の提案をしてきたことだけは解せない。

 クラリスがそれを前向きに捉えているからよいのだが。
 そんなユージーンが、魔獣討伐を終えて戻ってくるという先触れが届いた。
 ネイサンとジョゼフが中心となって、使用人たちに指示を出している。

 部屋の確認を――
 湯浴みの準備を――
 食事の用意を――

「メイは奥様をお願いします」
「は、はい」

 せっかくユージーンが戻ってくるのだ。クラリスも出迎えなければならないだろう。

 この時間、クラリスは温室にいるはず。
 そう思って温室へ足を向けたのに、そこにクラリスはいない。

「奥様、奥様。クラリスさま~」

 メイが声を張り上げるものの、クラリスからの返事はない。
 もう一度城館へ戻り、ネイサンに報告をする。

「ネイサン様。申し訳ありません。私が目を離したばかりに、奥様の姿が……温室にいらっしゃらなくて……」

 ネイサンは眉根を寄せて、考え込む。

「裏の森の入り口付近に、蛇の巣穴を見つけたと奥様がおっしゃっていたので、もしかしたらそこかもしれません」
「わかりました。すぐに呼んできます」

 そのような場所に蛇の巣穴があっただなんてメイは知らなかった。知ったところで何をするわけでもないのだが。
 ネイサンに言われた通り、裏の森の入り口へ向かうと、そこにしゃがみ込んでいるクラリスの姿を見つけた。

「奥様」
「あら、メイ。どうかしたの?」
「旦那様がお戻りになられるとのことです。すぐに着替えてお出迎えを――」

 メイがそこまで言ったとき、どこからか男性の声が聞こえた。大きく声を張り上げ、何かを伝えているような声だ。

「あら。この声は、きっと旦那様の声ね。魔獣討伐団の団長とおっしゃっていたから、最後に団員の皆に声をかけているのね。だったら急いで戻らないと」

 クラリスが慌てて立ち上がったので、メイもその後ろをついていく。

「あ。メイ。いいところに」

 クラリスを城館まで案内しようとしていると、庭師がメイを呼び止めた。

「この花をジョゼフ様に届けてほしくて。他にもとらなきゃならない花があるんだが、ジョゼフ様が急ぎと言っていて」
「メイ、わたくしは大丈夫よ。あとは他の人に頼むから。みんな、旦那様が戻ってこられて忙しいのでしょう?」
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