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第五章:仮初め x 夫婦(8)
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「……そういえば、王城ではこういったパーティーの場ではどうしていたんだ? アルバートによく付き添っていたんだろう?」
「あ、そうですね。そう言われますと、このように毒のない食事が並ぶパーティーは初めてです」
クラリスのその言葉で、ユージーンはいろいろと察したようだ。
「アルバートも大変だな」
「アルバート殿下の場合、毒というよりは媚薬、睡眠薬、しびれ薬、そういったものを盛られることのほうが多かったですね。あれも毒成分の一種ですから」
そう言ったクラリスは、紅茶を一気に飲み干した。
日が傾き始めると、パーティー会場を訪れている者たちも帰路につく。そして、外がとっぷりと暗闇に覆われたころには、残っていたのは魔獣討伐団に所属する者でも、ジャコブをはじめとするほんの一部だった。
独身同盟のジャコブはなかなか帰ろうとしなかった。ユージーンがしびれを切らして「いいから帰れ」と押し問答している様子は、クラリスから見ても面白いやりとりであった。
「みんな、今日はありがとう」
後片づけをしている使用人たちに声をかけると、彼らも「めっそうもございません。久しぶりに腕を振るえて楽しかったです」と言う。
ユージーンと二人で、そうやって彼らをねぎらった。
夕食を軽く終え、湯浴みをして、あとは眠るだけ。久しぶりにたくさんの人を目にしたクラリスは、やはり疲れていた。ウォルター領ののんびりとした生活に慣れてしまったのかもしれない。
いつもより早めに寝台に潜り込もうか悩んでいたとき、ユージーンの寝室とつながる扉が開いた。
「……クラリス、眠ったのか?」
「いいえ。起きております」
なぜかユージーンがそわそわしているように見えた。
「どうぞ。お座りになってください。落ち着くようにハーブティーでも淹れますね」
「ありがとう」
ユージーンがソファに座ったのを見届けてから、クラリスはハーブティーを淹れる。
ユージーンは毎晩、眠る前にクラリスの部屋にやってくる。今日だってそうだろうとは思っていたから、メイに言いつけて、いつでもお茶が飲めるようにと用意してもらった。そろそろメイも、毎日のことだと思い始めているかもしれない。
お茶を淹れ終わると、クラリスはユージーンの隣に座った。いつもは向かい側なのだが、今日はなぜか自然とそこに座ってしまったのだ。
それに驚いたのはユージーンである。
「何か?」
そう声をかけると、彼は「いや」と言って顔を逸らす。
「もし、眠れないのであれば、睡眠薬でもお入れしましょうか?」
クラリスは、いつものように愛用している毒を二滴ほど垂らす。もちろん、ユージーンのカップにはいれない。
「大丈夫だ。それよりも今日は、疲れただろう?」
「そうですね。ですが、楽しかったです」
「そうか、それならよかった。だが、君がすでに彼らと知り合っていたほうが、俺にとっては驚きだったな」
「ですから、それはたまたまなのです」
内緒にしていたものを知られてしまったような、そんな恥ずかしさがある。別に内緒にしていたわけではないが、積極的に言うべきことでもないと思っていた。
「ネイサンから、君が街に視察のために足を運んでいたのは聞いていたが、まさかあれほどまでとは思っていなかった」
二年という期間限定であっても、クラリスはこの場所を知っておきたかった。だからネイサンやジョゼフに相談し、領地について学び、そして実際に足を向けて目にした。
「わたくしも身分を隠して、見て回っておりましたから」
だから今日、街の人たちはクラリスの姿を見て驚いたのだろう。新しく城で雇った薬師だと思っていたはずだ。ネイサンがそんなことを言って誤魔化していたから。
ただ司祭にだけは薬を渡している以上、その身を明かした。ネイサンが顔見知りだったこともあり、また司祭もユージーンが結婚するという話は聞いていたためだ。
いや、ネイサンはクラリスを薬師として紹介してくれた。だけど司祭がネイサンとの仲を疑ってきたから、真実を口にしたまでのこと。
「少し、妬けたな」
ぼそりと呟くユージーンが、どこか寂しそうにも見えた。
「旦那様?」
視線が合った。彼は穴があくのではないかと思えるくらい、見つめてくる。そして、不意に唇を重ねてきた。
いつものように、しつこくねっとりと濃厚に。
「……ん、ふっ」
熱い口づけは、息苦しくなって頭がぼんやりとしてくる。
すっと、ユージーンが唇を離す。
「やはり俺は、君と離婚するつもりはない」
「あ、そうですね。そう言われますと、このように毒のない食事が並ぶパーティーは初めてです」
クラリスのその言葉で、ユージーンはいろいろと察したようだ。
「アルバートも大変だな」
「アルバート殿下の場合、毒というよりは媚薬、睡眠薬、しびれ薬、そういったものを盛られることのほうが多かったですね。あれも毒成分の一種ですから」
そう言ったクラリスは、紅茶を一気に飲み干した。
日が傾き始めると、パーティー会場を訪れている者たちも帰路につく。そして、外がとっぷりと暗闇に覆われたころには、残っていたのは魔獣討伐団に所属する者でも、ジャコブをはじめとするほんの一部だった。
独身同盟のジャコブはなかなか帰ろうとしなかった。ユージーンがしびれを切らして「いいから帰れ」と押し問答している様子は、クラリスから見ても面白いやりとりであった。
「みんな、今日はありがとう」
後片づけをしている使用人たちに声をかけると、彼らも「めっそうもございません。久しぶりに腕を振るえて楽しかったです」と言う。
ユージーンと二人で、そうやって彼らをねぎらった。
夕食を軽く終え、湯浴みをして、あとは眠るだけ。久しぶりにたくさんの人を目にしたクラリスは、やはり疲れていた。ウォルター領ののんびりとした生活に慣れてしまったのかもしれない。
いつもより早めに寝台に潜り込もうか悩んでいたとき、ユージーンの寝室とつながる扉が開いた。
「……クラリス、眠ったのか?」
「いいえ。起きております」
なぜかユージーンがそわそわしているように見えた。
「どうぞ。お座りになってください。落ち着くようにハーブティーでも淹れますね」
「ありがとう」
ユージーンがソファに座ったのを見届けてから、クラリスはハーブティーを淹れる。
ユージーンは毎晩、眠る前にクラリスの部屋にやってくる。今日だってそうだろうとは思っていたから、メイに言いつけて、いつでもお茶が飲めるようにと用意してもらった。そろそろメイも、毎日のことだと思い始めているかもしれない。
お茶を淹れ終わると、クラリスはユージーンの隣に座った。いつもは向かい側なのだが、今日はなぜか自然とそこに座ってしまったのだ。
それに驚いたのはユージーンである。
「何か?」
そう声をかけると、彼は「いや」と言って顔を逸らす。
「もし、眠れないのであれば、睡眠薬でもお入れしましょうか?」
クラリスは、いつものように愛用している毒を二滴ほど垂らす。もちろん、ユージーンのカップにはいれない。
「大丈夫だ。それよりも今日は、疲れただろう?」
「そうですね。ですが、楽しかったです」
「そうか、それならよかった。だが、君がすでに彼らと知り合っていたほうが、俺にとっては驚きだったな」
「ですから、それはたまたまなのです」
内緒にしていたものを知られてしまったような、そんな恥ずかしさがある。別に内緒にしていたわけではないが、積極的に言うべきことでもないと思っていた。
「ネイサンから、君が街に視察のために足を運んでいたのは聞いていたが、まさかあれほどまでとは思っていなかった」
二年という期間限定であっても、クラリスはこの場所を知っておきたかった。だからネイサンやジョゼフに相談し、領地について学び、そして実際に足を向けて目にした。
「わたくしも身分を隠して、見て回っておりましたから」
だから今日、街の人たちはクラリスの姿を見て驚いたのだろう。新しく城で雇った薬師だと思っていたはずだ。ネイサンがそんなことを言って誤魔化していたから。
ただ司祭にだけは薬を渡している以上、その身を明かした。ネイサンが顔見知りだったこともあり、また司祭もユージーンが結婚するという話は聞いていたためだ。
いや、ネイサンはクラリスを薬師として紹介してくれた。だけど司祭がネイサンとの仲を疑ってきたから、真実を口にしたまでのこと。
「少し、妬けたな」
ぼそりと呟くユージーンが、どこか寂しそうにも見えた。
「旦那様?」
視線が合った。彼は穴があくのではないかと思えるくらい、見つめてくる。そして、不意に唇を重ねてきた。
いつものように、しつこくねっとりと濃厚に。
「……ん、ふっ」
熱い口づけは、息苦しくなって頭がぼんやりとしてくる。
すっと、ユージーンが唇を離す。
「やはり俺は、君と離婚するつもりはない」
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