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第五章:仮初め x 夫婦(5)
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急に言われて心の準備などできていない。それでも人々の関心はクラリスに向いている。
「あ、はい。クラリスです。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
また拍手が沸き起こる。その拍手の中から「お姉ちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。
「……あっ」
するとユージーンが怪訝そうに目を細くする。
「知り合いか?」
「え? あ、はい。以前、ネイサンと街へ行ったときに、そこでちょっと……」
クラリスがすべてを言い終わらぬうちに、男の子が近づいてきた。
「お姉ちゃん。領主様のお嫁さんだった?」
「え、えぇ。そうね……」
男の子の後ろには両親と思われる男女が立っていて、男のほうは軍服姿である。
「なんだ、お前の息子か?」
「あ、はい。団長。以前、息子が奥様に助けていただいたそうで……お礼を言わねばと思っておりまして……」
ユージーンは状況がわからないようだ。それでも、その場の雰囲気を読んだのだろう。
「そうか」
「本当にあのときは、ありがとうございました」
男の子の母親が深く頭を下げた。
「あ、えと。お気になさらないでください。わたくしは、薬師として当たり前のことをしただけですから」
「ですが、あのときは奥様だとは知らず、失礼な態度を……」
「子どものことが心配であれば、誰だってああなります」
クラリスがニッコリと微笑めば、女性は感謝の言葉を繰り返す。
「せっかくのパーティーですから、楽しんでいってください」
その言葉に、女性はさらに深く感謝の意を示した。
親子がペコペコと頭を下げながら離れていくのを見届けると、ユージーンが強引に腰に手をまわす。
「俺のいない間に、何をしたんだ?」
いつもより低い声で、耳元で尋ねてくる。吐息が耳たぶに触れ、クラリスは少しだけ身体を震わせた。
「何をって、今も言いましたとおり、薬師として当たり前のことをしただけです。あの子が突発的に発熱をしたそうで、そのとき、たまたまネイサンと街へ行ったときでしたので。たまたまあった薬をあの男の子に飲ませました」
「なるほど、たまたまだな……」
その含みの持たせる言い方に、クラリスはなぜかドキリとした。
「まあ、いい。今日はパーティーだからな。君に紹介したい人たちがいる」
ユージーンはクラリスの腰を抱いたまま、移動する。これでは不便ではないのだろうかと思うものの、彼は腕をゆるめようとはしない。だから、普段よりも近くに彼を感じる。
「奥様」
ユージーンと場所を移動していると、また誰かから声をかけられた。
「あのときは、お世話になりまして……」
そう言い出した年配の男性は、やはりネイサンと街へ行ったときに、薬を与えた男だった。外で野菜売りをしていた彼は、その場でぐったりとしていたのだ。おそらく日に当たりすぎて、体内に必要な水分が奪われたのだろう。
すぐに水分を与え、薬も溶かして一緒に飲ませた。
「いいえ。わたくしは薬師として当然のことをしたまでです。あのあと、同じような症状は出ていませんか?」
「はい。奥様に言われたとおり、生活しておりますから」
男は少しだけ恥ずかしそうに笑った。彼はちょうど妻と喧嘩したときで、自暴自棄な生活を送っていたらしい。そういった不摂生な生活もあって日差しを浴びたため、身体が暑さと明るさに負けてしまったのだ。
「あのときは、奥様だとは思わず。しっかりとお礼も言えず、申し訳ありませんでした」
「あなたがこうやって元気な姿を見せてくれたことが、わたくしにとってはお礼以上に喜ばしいことです」
男はペコペコと何度も頭を下げてから去って行く。その先には、彼と同じ年代の女性がいたから、彼女が妻なのだろう。
ぐいっと、身体を引き寄せられた。
「今の男も助けたのか?」
ユージーンである。
「は、はい。ネイサンと一緒に街へ行ったときに……」
「ふむ。ネイサンからはなんの報告も受けていないな」
「報告するまでもないと判断されたのではないでしょうか? わたくしが好き勝手に助けただけですから」
「なるほど。今後は、そういったことも逐一報告するよう、ネイサンにはきつく言っておこう」
なぜかその言葉に棘を感じた。もしかして、苛立っているのだろうか。
「団長~」
目の前に、大きく手を振る軍服姿の男がいる。
「魔獣討伐団の奴らだ。あれが副団長のジャコブ。お調子者だが、俺がいないときには団をまとめてもらっている」
ユージーンがお調子者と言っただけあり、彼はユージーンが近づくまでずっと手を振っていた。茶色の髪の毛は、陽気に毛先が跳ねている。
「あ、はい。クラリスです。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
また拍手が沸き起こる。その拍手の中から「お姉ちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。
「……あっ」
するとユージーンが怪訝そうに目を細くする。
「知り合いか?」
「え? あ、はい。以前、ネイサンと街へ行ったときに、そこでちょっと……」
クラリスがすべてを言い終わらぬうちに、男の子が近づいてきた。
「お姉ちゃん。領主様のお嫁さんだった?」
「え、えぇ。そうね……」
男の子の後ろには両親と思われる男女が立っていて、男のほうは軍服姿である。
「なんだ、お前の息子か?」
「あ、はい。団長。以前、息子が奥様に助けていただいたそうで……お礼を言わねばと思っておりまして……」
ユージーンは状況がわからないようだ。それでも、その場の雰囲気を読んだのだろう。
「そうか」
「本当にあのときは、ありがとうございました」
男の子の母親が深く頭を下げた。
「あ、えと。お気になさらないでください。わたくしは、薬師として当たり前のことをしただけですから」
「ですが、あのときは奥様だとは知らず、失礼な態度を……」
「子どものことが心配であれば、誰だってああなります」
クラリスがニッコリと微笑めば、女性は感謝の言葉を繰り返す。
「せっかくのパーティーですから、楽しんでいってください」
その言葉に、女性はさらに深く感謝の意を示した。
親子がペコペコと頭を下げながら離れていくのを見届けると、ユージーンが強引に腰に手をまわす。
「俺のいない間に、何をしたんだ?」
いつもより低い声で、耳元で尋ねてくる。吐息が耳たぶに触れ、クラリスは少しだけ身体を震わせた。
「何をって、今も言いましたとおり、薬師として当たり前のことをしただけです。あの子が突発的に発熱をしたそうで、そのとき、たまたまネイサンと街へ行ったときでしたので。たまたまあった薬をあの男の子に飲ませました」
「なるほど、たまたまだな……」
その含みの持たせる言い方に、クラリスはなぜかドキリとした。
「まあ、いい。今日はパーティーだからな。君に紹介したい人たちがいる」
ユージーンはクラリスの腰を抱いたまま、移動する。これでは不便ではないのだろうかと思うものの、彼は腕をゆるめようとはしない。だから、普段よりも近くに彼を感じる。
「奥様」
ユージーンと場所を移動していると、また誰かから声をかけられた。
「あのときは、お世話になりまして……」
そう言い出した年配の男性は、やはりネイサンと街へ行ったときに、薬を与えた男だった。外で野菜売りをしていた彼は、その場でぐったりとしていたのだ。おそらく日に当たりすぎて、体内に必要な水分が奪われたのだろう。
すぐに水分を与え、薬も溶かして一緒に飲ませた。
「いいえ。わたくしは薬師として当然のことをしたまでです。あのあと、同じような症状は出ていませんか?」
「はい。奥様に言われたとおり、生活しておりますから」
男は少しだけ恥ずかしそうに笑った。彼はちょうど妻と喧嘩したときで、自暴自棄な生活を送っていたらしい。そういった不摂生な生活もあって日差しを浴びたため、身体が暑さと明るさに負けてしまったのだ。
「あのときは、奥様だとは思わず。しっかりとお礼も言えず、申し訳ありませんでした」
「あなたがこうやって元気な姿を見せてくれたことが、わたくしにとってはお礼以上に喜ばしいことです」
男はペコペコと何度も頭を下げてから去って行く。その先には、彼と同じ年代の女性がいたから、彼女が妻なのだろう。
ぐいっと、身体を引き寄せられた。
「今の男も助けたのか?」
ユージーンである。
「は、はい。ネイサンと一緒に街へ行ったときに……」
「ふむ。ネイサンからはなんの報告も受けていないな」
「報告するまでもないと判断されたのではないでしょうか? わたくしが好き勝手に助けただけですから」
「なるほど。今後は、そういったことも逐一報告するよう、ネイサンにはきつく言っておこう」
なぜかその言葉に棘を感じた。もしかして、苛立っているのだろうか。
「団長~」
目の前に、大きく手を振る軍服姿の男がいる。
「魔獣討伐団の奴らだ。あれが副団長のジャコブ。お調子者だが、俺がいないときには団をまとめてもらっている」
ユージーンがお調子者と言っただけあり、彼はユージーンが近づくまでずっと手を振っていた。茶色の髪の毛は、陽気に毛先が跳ねている。
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