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第五章:仮初め x 夫婦(2)
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ユージーンは、やはり笑っていた。
「君の必要なものは、採取できたか?」
「そうですね。毒植物の成長具合も確認できましたし、今日は毒蜘蛛も捕まえられたので、有意義な時間でした」
「君にそう言ってもらえて嬉しいよ。では、戻ろうか」
「欲を言えば、もっと奥まで進んでみたいのですが」
クラリスは少しだけもじもじと恥ずかしそうに身体をくねらせながら、上目遣いで尋ねた。
「うん。それはダメだ。これ以上は危険だし、日の高いうちに森から出たいからね」
「旦那様のケチ」
「なんと言われようと、ダメなものはダメ。そういう顔をしてもダメ」
それでもクラリスはじぃっとユージーンを見つめる。
ユージーンはすかさずクラリスに顔を寄せ、唇を合わせた。
「……んっ」
思ってもいなかった行為に、クラリスは一歩退いた。すると逃がさないとばかりに、ユージーンが腰に手をまわしてくる。
ぽとっと、手にしていた毒蜘蛛入りの瓶が地面に落ちた。蓋が開いて逃げたら大変だと思い、慌てて視線だけ瓶に向ける。
そんなクラリスの行為もお見通しだったのだろう。すぐに両手で頬を包んできて、よそ見をさせまいとする。
「んっ、……ふぅ……っ」
苦しさから逃れるために息をしようとすれば、鼻から抜けるような甘い声が漏れる。身体の奥が火照りだし、足の力が抜けそうになったところで、やっと彼の唇から解放された。
ごしごしと袖で唇を拭き、落ちた毒蜘蛛を拾って大事に抱える。
「な、何をなさるんですか!」
「何って口づけだろう? 夫が妻に口づけて何が悪い?」
「こんな場所で不謹慎です。誰かに見られたらどうするのですか」
「何も問題ないだろう? それに、森には入らないようにと、みなには厳しく言っているからな。ここには俺と君しかいない」
「いるじゃないですか。ここに、この子が」
クラリスは瓶を掲げて、ユージーンに毒蜘蛛を見せつけた。
するとユージーンは顔を背けて、くくっと笑い出す。手を伸ばし、クラリスの頭をなでながら「悪かった」と言う。
「絶対に悪いって思っていませんよね?」
頬を膨らませながらそう尋ねるが、ユージーンは「悪かった」としか口にしない。
「これ以上、君に嫌われても困るからな」
「あら? 嫌われているという自覚はあるのですか?」
「ないな。今のは言葉の駆け引きみたいなものだろう? それに君は、俺のことを嫌っていない」
事実なだけに少し悔しい。
クラリスはぷいっと顔を背けてから来た道を戻り始める。
「あ、おい。クラリス。先に行くな」
慌ててユージーンが追いかけてきて、クラリスを追い抜かそうと獣道からはずれた場所に足を踏み入れる。
そこは雨でぬかるんでいたようで、ぐちゅりと音を立てたがそれすらおかまいなしのようだ。彼のブーツは、泥で汚れた。
「俺が前を行く」
それが目的だったのだろう。
来た道を戻るだけだから、クラリスだって道を覚えているというのに。
ユージーンの大きな背中を見つめながら、黙って歩いた。いつもであれば帰り道であっても毒虫などを探しながら歩くのに、今はただただ目の前の彼の背をじっと眺めるだけだった。
使用人たちは、慰労パーティーの準備で慌ただしい。その準備にクラリスが手を出す必要はなさそうだ。
ユージーンは執務室内で仕事をこなしているようだし、そうなればクラリスも一人で温室にこもる。行き来だけはメイが付き添ってくれたが、彼女もパーティーの準備に駆り出されている。
だからクラリスも一人で温室に向かうと口にしたのだが、移動だけは付き添いをするとメイも頑なに言い張った。
クラリスは温室の端っこに、作業場を作っていた。といっても立派なものではない。ただ敷物を敷き、長時間座ってもお尻が痛くならないようにとふかふかのクッションをいくつか持ち込んだ場所だ。作業をするとどうしてもいろいろな道具や材料を広げてしまうから、狭いテーブルではやりにくい。そうやって試行錯誤した結果である。
この作業場では薬を作ったり、危険生物や毒植物から毒を抽出したりを行っている。
たいてい作業に没頭してしまうと、時間があっという間に過ぎる。
それもあってか、メイが行き来の付き添いを申し出てくれたにちがいない。彼女が迎えに来てくれなかったら、時間を忘れて作業に没頭している。実は、今までにもそういったことが何回かあった。
さすがにユージーンが戻ってきた今、夕食の時間になっても戻らないクラリスを探すような状況を作ってはならないと思ったようだ。
暗くなってもランプを灯せば、作業には十分な明かりである。水場もあるし、むしろここで寝泊まりしてもクラリス的には問題ないくらい。
「君の必要なものは、採取できたか?」
「そうですね。毒植物の成長具合も確認できましたし、今日は毒蜘蛛も捕まえられたので、有意義な時間でした」
「君にそう言ってもらえて嬉しいよ。では、戻ろうか」
「欲を言えば、もっと奥まで進んでみたいのですが」
クラリスは少しだけもじもじと恥ずかしそうに身体をくねらせながら、上目遣いで尋ねた。
「うん。それはダメだ。これ以上は危険だし、日の高いうちに森から出たいからね」
「旦那様のケチ」
「なんと言われようと、ダメなものはダメ。そういう顔をしてもダメ」
それでもクラリスはじぃっとユージーンを見つめる。
ユージーンはすかさずクラリスに顔を寄せ、唇を合わせた。
「……んっ」
思ってもいなかった行為に、クラリスは一歩退いた。すると逃がさないとばかりに、ユージーンが腰に手をまわしてくる。
ぽとっと、手にしていた毒蜘蛛入りの瓶が地面に落ちた。蓋が開いて逃げたら大変だと思い、慌てて視線だけ瓶に向ける。
そんなクラリスの行為もお見通しだったのだろう。すぐに両手で頬を包んできて、よそ見をさせまいとする。
「んっ、……ふぅ……っ」
苦しさから逃れるために息をしようとすれば、鼻から抜けるような甘い声が漏れる。身体の奥が火照りだし、足の力が抜けそうになったところで、やっと彼の唇から解放された。
ごしごしと袖で唇を拭き、落ちた毒蜘蛛を拾って大事に抱える。
「な、何をなさるんですか!」
「何って口づけだろう? 夫が妻に口づけて何が悪い?」
「こんな場所で不謹慎です。誰かに見られたらどうするのですか」
「何も問題ないだろう? それに、森には入らないようにと、みなには厳しく言っているからな。ここには俺と君しかいない」
「いるじゃないですか。ここに、この子が」
クラリスは瓶を掲げて、ユージーンに毒蜘蛛を見せつけた。
するとユージーンは顔を背けて、くくっと笑い出す。手を伸ばし、クラリスの頭をなでながら「悪かった」と言う。
「絶対に悪いって思っていませんよね?」
頬を膨らませながらそう尋ねるが、ユージーンは「悪かった」としか口にしない。
「これ以上、君に嫌われても困るからな」
「あら? 嫌われているという自覚はあるのですか?」
「ないな。今のは言葉の駆け引きみたいなものだろう? それに君は、俺のことを嫌っていない」
事実なだけに少し悔しい。
クラリスはぷいっと顔を背けてから来た道を戻り始める。
「あ、おい。クラリス。先に行くな」
慌ててユージーンが追いかけてきて、クラリスを追い抜かそうと獣道からはずれた場所に足を踏み入れる。
そこは雨でぬかるんでいたようで、ぐちゅりと音を立てたがそれすらおかまいなしのようだ。彼のブーツは、泥で汚れた。
「俺が前を行く」
それが目的だったのだろう。
来た道を戻るだけだから、クラリスだって道を覚えているというのに。
ユージーンの大きな背中を見つめながら、黙って歩いた。いつもであれば帰り道であっても毒虫などを探しながら歩くのに、今はただただ目の前の彼の背をじっと眺めるだけだった。
使用人たちは、慰労パーティーの準備で慌ただしい。その準備にクラリスが手を出す必要はなさそうだ。
ユージーンは執務室内で仕事をこなしているようだし、そうなればクラリスも一人で温室にこもる。行き来だけはメイが付き添ってくれたが、彼女もパーティーの準備に駆り出されている。
だからクラリスも一人で温室に向かうと口にしたのだが、移動だけは付き添いをするとメイも頑なに言い張った。
クラリスは温室の端っこに、作業場を作っていた。といっても立派なものではない。ただ敷物を敷き、長時間座ってもお尻が痛くならないようにとふかふかのクッションをいくつか持ち込んだ場所だ。作業をするとどうしてもいろいろな道具や材料を広げてしまうから、狭いテーブルではやりにくい。そうやって試行錯誤した結果である。
この作業場では薬を作ったり、危険生物や毒植物から毒を抽出したりを行っている。
たいてい作業に没頭してしまうと、時間があっという間に過ぎる。
それもあってか、メイが行き来の付き添いを申し出てくれたにちがいない。彼女が迎えに来てくれなかったら、時間を忘れて作業に没頭している。実は、今までにもそういったことが何回かあった。
さすがにユージーンが戻ってきた今、夕食の時間になっても戻らないクラリスを探すような状況を作ってはならないと思ったようだ。
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