わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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第四章:辺境伯 x 毒女(6)

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 それもネイサンから聞いたにちがいない。カロンの名前が出て、クラリスの心臓はドキリと大きく跳ねた。もしかしてユージーンは彼を叱責するのだろうか。そうであるなら、カロンに申し訳ない。なんとかして、カロンは悪くないと説得しなければ。

「……よし。これから君が森に入りたいというときは、俺に声をかけなさい。俺が同行するから」
「え? あっ」
「うおっ」

 クラリスが驚きユージーンを振り返ったため、手にしていたじょうろがちょうど彼の足元を濡らす。

「あ、申し訳ありません」
「いや、何も問題ない」
「ですが、濡れてしまいましたよね?」
「濡れたのは事実だが、着替えればいいことだ」

 そう言ったユージーンはしゃがんで、スラックスの裾にかかった水を払った。クラリスも慌てて、ワンピースの大きな前ポケットから手巾を取り出し、彼の裾を拭く。

「冷たくはありませんか?」
「気にする必要はない。魔獣討伐中には似たようなことが多々起こるからな。それよりも君の手のほうが冷えるだろう」

 クラリスより手巾を奪うと、ユージーンはそれでささっと裾を拭き、水分を含んだ手巾をぎゅっと絞った。

「そろそろ朝食の時間だな。いつもはこのあと、どうしているんだ?」
「はい。温室で水やりが終わったら戻ります。こちらの草花を摘むのは、お昼を過ぎた時間帯です」
「なるほど。では戻ろうか」

 またユージーンが手を差し出してきたため、クラリスは慌ててじょうろを片づけ、彼の手を取った。

 温室を出て、また庭園の中を歩く。先ほどよりも太陽は顔を出しており、明るく草花を照らしていた。
 どこからか漂ってくる花の甘い香りは、クラリスの心をぽかぽかとあたたかくする。

 ちらっとユージーンを見上げれば、その視線に気づいたのか、彼も顔をこちらに向けてくる。

「どうかしたのか?」
「いえ、どうもしません」

 少しだけ速く動いている心臓を落ち着けるかのようにして、クラリスは目の前に見える城館に視線を向けた。

 館内に入ると、ふたりとも着替えをするためにそれぞれ部屋へと戻った。

 クラリスは裾や胸元にフリルがふんだんにあしらわれたモーニングドレスに着替える。
 昨日までは一日中、紺色のエプロンワンピースで過ごしていたというのに。

 食堂へ入ると、ユージーンはすでに席に着いていた。先ほどとその服はあまり変わってはいないように見えた。
 ネイサンが椅子をひいたため、クラリスは静かに着席する。

 朝食のときもクラリスは毒を飲む。夕食時はお酒に見えるようにショットグラスを使用するが、朝食時はお茶に見えるようにティーカップを用いる。それはクラリスの体質を知らない者が見ても、不思議に思わないようにという配慮のためであるが、すぐに気づいたのが目の前のユージーンだった。

「クラリス。君に言っておかねばならないことがあるのだが」

 たった一言なのに、その言葉にドキリとした。いったい、何を言われるのだろう。

「討伐団に参加した私兵たちの帰還を祝って、慰労パーティーを開く。いつも、戻ってきてから五日後に開いているから今回もその予定だ。パーティーの準備は、ジョゼフを中心に動いている」

 クラリスがウォルター領に来てからというもの、そういったパーティーやましてお茶会と呼ばれるような催しものに参加していない。近場で開かれていないし、招待状も届かないのだから参加しようがない。王都にいたときは、アルバートにくっついてさまざまな行事に参加していたというのに。

「そのパーティーで、君を紹介したい」
「んぐっ」

 パンが喉につまるかと思った。慌てて毒入り紅茶を飲む。

「それから、結婚式も挙げたい。相談したいというのはこの話だ。君の家の都合もあるだろうし」

 今度は飲んでいた毒入り紅茶を噴き出しそうになった。

(離婚前提の結婚であるのに、そこまでやる必要はないのでは?)

 しかしユージーンは、もうすでに別れるつもりはないと口にしているし、この結婚が離婚前提で成り立っていることなど他の者は知らないだろう。メイには伝えてあるため彼女は知っているが。
 となれば、他にも人がいるこの場で、離婚について口に出してはならない。

「承知しました。わたくしは何をすればよろしいですか?」
「俺の隣にいればいい」

 恥ずかしげもなくそんなことをさらっと口にしたユージーンに、クラリスはどう反応したらいいか悩んだ。
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