わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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第四章:辺境伯 x 毒女(5)

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 エントランスを出る前に、彼はジョゼフに何か言いつけた。その何かが何であるか、クラリスの耳にも届いていたが、この状況に戸惑っていたため、話の内容は右から左へ通り過ぎていた。

「クラリスは、毎朝、温室まで散歩をしていると聞いた」

 正確には散歩ではなく、温室で栽培している草花の成長具合の確認である。朝一で確認することで、草花の摘み頃を把握しておくのだ。

「はい。メイと一緒に温室まで行っております」
「これからは、メイの代わりに俺が同行していいだろうか?」
「え?」
「迷惑か?」

 おもわず彼の顔を見上げた。

 ユージーンはやさしく微笑んでいる。この顔を見たら「迷惑です」とは言えない。それに、彼も言ったように「メイの代わりに」と思えば、今までとかわりはないだろう。

「いえ、お気遣いいただき、ありがとうございます」
「そ、そうか……迷惑だと言われたら、どうしようかと思った」

 くしゃりと表情をくずして、彼は破顔した。また、その顔がクラリスの心を揺さぶる。
 温室は庭園をまっすぐに抜けていく必要がある。そこでは、朝も早いうちから、庭師が丹誠こめて花の世話をしていた。

「おはようございます、旦那様、奥様」
「おはようございます」
「おはよう。朝から精が出るな」

 ユージーンが声をかけると、庭師は照れたように頭をひょこっと下げた。

 太陽が昇ろうとしているこの時間帯は、まだ空気がひんやりとしており、朝露によって葉っぱが濡れている。

 庭園を抜けるとすぐに温室が見えた。
 温室の中はあたたかい。暑すぎるときは、温室の小窓を開けて温度を調整する必要があるが、今日の気温ではその作業は不要だろう。
 温室内をぐるりと見回して、ここで育てている植物の成長を確認する。まだ摘み頃の花はないが、水が足りていないようだ。

「あの、旦那様。花に水やりをしてもよろしいでしょうか?」

 クラリスにとってはいつものこと。だけどユージーンはこの温室に来たのは初めてあるし、きっと手持ち無沙汰になるだろう。

「そちらに休憩用の椅子がありますので」

 そこで座って待ってもらうつもりだった。

 しかしクラリスがじょうろを手にして水を汲みに行こうとすると、ユージーンが後ろからついてくる。
 水は井戸から汲み上げる必要があるが、その井戸は温室の近くにある。彼はクラリスがやろうとしていることに気がついたようで、ひょいっとじょうろを奪うと、井戸から汲んだ水でじょうろを満たした。

「あ、ありがとうございます」
「温室まで俺が運ぼう」

 水によって満たされたじょうろはそれなりに重いものの、クラリスが運べないほどではない。それでも彼の気持ちをありがたく受け入れる。

「ここで、大丈夫です」

 ユージーンからじょうろを受け取ったクラリスは、それを傾けて草花に水をやり始める。土の色が変わり始めると、湿った土の匂いが漂う。

「君は、ここで何を育てているんだ?」
「毒草と毒花が主ですね。温室で育つものを植えました。温室は気温が安定しておりますから、毒草も育てやすいのです」

 相手がユージーンであるならば、何も内緒にする必要はないだろう。

「だが君は、裏の森にもよく足を伸ばしていると聞いているが?」
「ネイサンからお聞きになったのですね?」

 じょうろからは、ゆっくりと水が流れ出ている。

「そうだ。愛しの妻が、どのように過ごしていたか、確認は必要だろう?」

 惜しげもなく言われると、なぜか恥ずかしくなる。少しだけ頬が熱くなったが、それを悟られないようにと、クラリスは平静を保つ。

 一歩進んで、次の毒草に水をあげる。

「そうですね。裏の森には毒をもつ植物も豊富ですし、生き物もたくさんいると聞いています。ですから、そちらの採取のために森に入っていたのですが……。あまり、こちらの人は森に入るのは好きではないようですね」
「好きではないというよりは、危険な場所だからな。入らないようにと俺たちが厳しく指導している。君が言ったように毒をもつ生物がたくさんいるし、たまに魔獣も紛れ込んでくる。自分の命をおびやかすような場所に、自ら飛び込みたいと思うものはいないだろう」
「そうなのですね。わたくしとしては、毎日、森で毒きのこや毒虫などを採取したいのですが……」

 そこまで言いかけて、やめた。これでは同行してくれたカロンを咎めるような言い方になってしまうと想ったのだ。

「なるほど。君が森に入るときに同行していたのは、カロンだな」
「は、はい……」
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