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第三章:夫 x 夫 x 夫(4)

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 食事がすすむにつれ、いや、最初からユージーンは気になっていることがあった。

 彼女の前にはあり、ユージーンの前にはないもの。赤い液体の入ったショットグラス。食前酒とは異なる飲み物が気になっていた。しかも彼女は、一気にそれを飲むわけではない。食事と食事の合間に、ちびちびと飲んでいるのだ。

「すまない。一つ、尋ねてもよいだろうか」
「なんでしょう?」
「その……飲み物はなんだ?」

 ユージーンの問いかけに、その場にいたネイサンもアニーもサジェスも息を呑んだ。
 聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。しかし、彼らの反応を見れば、クラリスの飲み物の正体を彼らは知っているわけだ。

 自分だけ知らない事実に、ユージーンの胸はギリッと痛む。

「あぁ、こちらですね?」

 そんなユージーンの気持ちを知ってか知らずか、クラリスの声は明るい。

「こちらは蛇の毒です。蛇の血と毒を混ぜたものになります」

 耳に入ってきた言葉であるが、それを理解するのを本能が拒んでいる。

「蛇の毒? もしかして先ほどの?」
「あ、先ほどは慌てていたとはいえ、見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした。ですが、こちらの毒は先ほどの蛇ではなく、十日ほど前に採取し、そこから……」

 クラリスの声が右耳から左耳へと通り過ぎていく。鈴が転がるような声は聞こえているが、やはり理解ができない。

 助けを求めてネイサンを見やると、彼は首を横に振った。
 しかしネイサンは、すかさずクラリスに近づき、何やら耳元でささやく。
 クラリスの紫紺の目が大きく開き、小さく頷いていた。

「あの……やはり旦那様は、わたくしが毒師であることをご存知ないのでしょうか?」

 毒師――毒を扱う術師。

 ユージーンにはそれだけの知識しかない。そして彼女が毒師であるとは聞いていない。けれども、すんなりと納得できた。腑に落ちたとも言う。
 毒蛇を恐れることなく二匹も掴んでいたのだ。毒師であれば、毒蛇など怖くないのだろう。他にも蜘蛛や蝶、カエル、蜂など、毒をもつ生き物はたくさんいる。

 そしてこのウォルター領には、それらが数多く存在する。しかも動物だけでなく植物も。

 魔獣に対抗するために、動物や植物が毒をため込んだという節もあるが、とにかくウォルター領は毒に困らないほど豊富であった。

 何も知らない者がそれらを手にしないように、ユージーンの部下たちが厳しく目を光らせている。それでも慣れぬ者は、毒の多い場所で生活したいとは思わないようだ。

 それが、ユージーンが結婚できない理由でもあった。ユージーンとの縁談のためにウォルター領を訪れた女性は、そういった生き物の存在を知って、やんわりとその機会を断る。

 しかし、クラリスならどうだろう。
 何よりも彼女は毒師であり、さらに毒蛇を素手で捕まえる女性でもある。ユージーンが不在だったこの二か月も、逃げることなくフラミル城で生活をしていたわけだ。

(やはり彼女は、理想の女性ではないのだろうか……)

 少しだけ鼓動が早くなったのは、けして飲んでいるワインのせいではない。そもそもこのくらいの酒量でユージーンは酔わない。

「すまない。俺は君が毒師であるとは知らなかった。よければ、もう少し君のことを教えていただけないだろうか」

 言葉と一緒に心臓が飛び出てくるのではと思えるほど、胸が苦しかった。
 クラリスを知りたい。そして、手放したくない。
 その気持ちがユージーンを支配している。

 いつの間にかネイサンが隣にいて、そっと耳打ちしてきた。
 どうやら毒師については、食事の場で話すような内容ではないらしい。となれば、どうすべきか。

「このあと、君の部屋へ行ってもいいだろうか?」

 ネイサンもアニーもサジェスもひゅっと喉を鳴らした。
 しかしクラリスだけは「はい」と笑みを浮かべた。

 とりあえず、食事の場にふさわしい話題として、クラリスが二か月の間、どのように過ごしていたのかを尋ねてみた。
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