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閑話:側近 → 毒女(2)
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それでもエイベルとリサを助けるのが最優先だ。二人を毒蛇から引き離したと思ったら、今度はなぜかクラリスが蛇を素手で捕まえていたのだ。
ネイサンは夢でも見ているのかと思った。令嬢が素手で毒蛇を捕まえている。この光景は、何かがおかしい。だから、夢ではないのかと疑った。
クラリスは蛇を閉じ込めるための瓶が欲しいと言った。蛇はすばしっこいため、きちっと何かに閉じ込めておかなければするすると逃げてしまう。逃げた先が森の中などであればいいのだが、また建物内に入られたら同じことの繰り返しである。
だから瓶に蛇を入れ、裏の森に帰すのだろうと思った。
ネイサンはそう思っていたのだが、クラリスは蛇を閉じ込めた瓶の蓋を、きつくしめた。
あれでは蛇は死んでしまうというのに。いったい、彼女は蛇をどうするつもりなのか。
好奇心と猜疑心が混じり合って、何をどのように聞いたらいいかもわからなかった。それでもなんとかクラリスから引き出した答えは、毒蛇を薬に使うとのこと。
クラリスが薬師として王城に勤めていたとは、ネイサンも知らなかった。だけど、やはりクラリスは普通の薬師とは何かが違う。そんな得体の知れない気配を感じ取った。
ユージーンが不在のフラミル城の秩序はネイサンが守らねばならない。クラリスがそれを脅かす存在であるかどうかを見極める必要がある。だというのに、使用人たちは、初日の毒蛇の一件からクラリスに心酔し始めた。
――奥様は、分け隔てなく治療を施してくれる。
――奥様は、毒蛇にも動じない。
それらは事実であるため、否定する要素はないし、ネイサンも認めている。
――さすが、旦那様が見初めただけのことはある。
そんな噂がまことしやかに流れ始めたのだ。
この結婚が、国王の命令によるものだと知っているのは、ほんの一部の人間のみ。それだって口の硬い者たちだから、ほいほいと言いふらすわけでもない。
だからこそ、そのような噂が流れているのだ。
――旦那様が、王都へ行ったときに一目惚れしたそうだ。
噂とは恐ろしいものである。あることないこと、それがさも事実であるかのように広まっていく。
そもそもユージーンはクラリスと会ったことがない。会ったことがないのに、見初めるも、一目惚れも起こるわけがない。
しかしクラリスはそれを否定するつもりはないのだろう。使用人たちから声をかけられるたびに、当たり障りのない言葉を返し、のらりくらりと交わしていた。
ただ、彼女はけして嘘はつかない。
なおさら、使用人たちはクラリスを『奥様』として慕い始める。さらに、怪我をしたときや身体に不調が起こったときは、『奥様』に相談して、薬を作ってもらっている。
言葉は悪いが、クラリスは完全に使用人たちの懐に入り込んだ。
ここで、仮にクラリスにとってマイナスとなる噂を流したとしても、それはもみ消されるだろう。それくらい、クラリスはフラミル城の者たちに受け入れられ、溶け込んでいた。
ネイサンだってクラリスを疑って、嫌っているわけではない。ただ、ユージーンの相手としてふさわしいかどうかを確認したいだけなのだ。
「奥様」
そう思っていた矢先、ユージーンからクラリス宛に手紙が届いた。
「ユージーン様から、手紙が届きました」
「ありがとう」
クラリスはユージーンからの手紙を待っていたのだろうか。嫌がる様子もなく、それを受け取りすぐに中身を確認する。ネイサンはその様子をじっと見守っていた。
手紙を読み進める彼女の顔は、次第に明るく輝き出す。
「ネイサン。あなた、旦那様に聞いてくれたのですね?」
「何をですか?」
「温室の裏の森についてです。一人では駄目だけれど、誰か人をつけたら入ってもいいってお返事がきました」
クラリスは手紙を両手で抱きかかえ、そのままその場でくるりと一回転した。
「奥様、その手紙を確認させていただいてもよろしいですか?」
疑うわけではないが、彼女がこれほど喜ぶ理由を知りたかった。
「ええ、もちろんです。ネイサンに人選をお願いしたいと、手紙には書いてありましたから」
先ほどからクラリスは口元がゆるみっぱなしである。
彼女から手紙を受け取ったネイサンは、一文字一文字見逃すまいと、じっくりと読む。
結果、クラリスが言っていたことは本当であった。ユージーンは、クラリスが一人で森の中に入るのは危険だから駄目だときっぱりと書いたうえで、護衛のために兵をつけるなら森へ行き、薬の材料となるものを採ってもいいとのこと。
ユージーンもクラリスが薬師であったことを知らなかったようだ。国王が選んだ相手というのもあって、そういった細かいところの調査が漏れていた。
だが今のところ、クラリスはウォルター領を害する存在ではない。
ただ、危険だといわれる森へ入りたがったり、毒蛇を素手で捕まえたりと、普通の令嬢ではしないようなことをすんなりとこなす。
ネイサンは、それが気になっていた。
ネイサンは夢でも見ているのかと思った。令嬢が素手で毒蛇を捕まえている。この光景は、何かがおかしい。だから、夢ではないのかと疑った。
クラリスは蛇を閉じ込めるための瓶が欲しいと言った。蛇はすばしっこいため、きちっと何かに閉じ込めておかなければするすると逃げてしまう。逃げた先が森の中などであればいいのだが、また建物内に入られたら同じことの繰り返しである。
だから瓶に蛇を入れ、裏の森に帰すのだろうと思った。
ネイサンはそう思っていたのだが、クラリスは蛇を閉じ込めた瓶の蓋を、きつくしめた。
あれでは蛇は死んでしまうというのに。いったい、彼女は蛇をどうするつもりなのか。
好奇心と猜疑心が混じり合って、何をどのように聞いたらいいかもわからなかった。それでもなんとかクラリスから引き出した答えは、毒蛇を薬に使うとのこと。
クラリスが薬師として王城に勤めていたとは、ネイサンも知らなかった。だけど、やはりクラリスは普通の薬師とは何かが違う。そんな得体の知れない気配を感じ取った。
ユージーンが不在のフラミル城の秩序はネイサンが守らねばならない。クラリスがそれを脅かす存在であるかどうかを見極める必要がある。だというのに、使用人たちは、初日の毒蛇の一件からクラリスに心酔し始めた。
――奥様は、分け隔てなく治療を施してくれる。
――奥様は、毒蛇にも動じない。
それらは事実であるため、否定する要素はないし、ネイサンも認めている。
――さすが、旦那様が見初めただけのことはある。
そんな噂がまことしやかに流れ始めたのだ。
この結婚が、国王の命令によるものだと知っているのは、ほんの一部の人間のみ。それだって口の硬い者たちだから、ほいほいと言いふらすわけでもない。
だからこそ、そのような噂が流れているのだ。
――旦那様が、王都へ行ったときに一目惚れしたそうだ。
噂とは恐ろしいものである。あることないこと、それがさも事実であるかのように広まっていく。
そもそもユージーンはクラリスと会ったことがない。会ったことがないのに、見初めるも、一目惚れも起こるわけがない。
しかしクラリスはそれを否定するつもりはないのだろう。使用人たちから声をかけられるたびに、当たり障りのない言葉を返し、のらりくらりと交わしていた。
ただ、彼女はけして嘘はつかない。
なおさら、使用人たちはクラリスを『奥様』として慕い始める。さらに、怪我をしたときや身体に不調が起こったときは、『奥様』に相談して、薬を作ってもらっている。
言葉は悪いが、クラリスは完全に使用人たちの懐に入り込んだ。
ここで、仮にクラリスにとってマイナスとなる噂を流したとしても、それはもみ消されるだろう。それくらい、クラリスはフラミル城の者たちに受け入れられ、溶け込んでいた。
ネイサンだってクラリスを疑って、嫌っているわけではない。ただ、ユージーンの相手としてふさわしいかどうかを確認したいだけなのだ。
「奥様」
そう思っていた矢先、ユージーンからクラリス宛に手紙が届いた。
「ユージーン様から、手紙が届きました」
「ありがとう」
クラリスはユージーンからの手紙を待っていたのだろうか。嫌がる様子もなく、それを受け取りすぐに中身を確認する。ネイサンはその様子をじっと見守っていた。
手紙を読み進める彼女の顔は、次第に明るく輝き出す。
「ネイサン。あなた、旦那様に聞いてくれたのですね?」
「何をですか?」
「温室の裏の森についてです。一人では駄目だけれど、誰か人をつけたら入ってもいいってお返事がきました」
クラリスは手紙を両手で抱きかかえ、そのままその場でくるりと一回転した。
「奥様、その手紙を確認させていただいてもよろしいですか?」
疑うわけではないが、彼女がこれほど喜ぶ理由を知りたかった。
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ユージーンもクラリスが薬師であったことを知らなかったようだ。国王が選んだ相手というのもあって、そういった細かいところの調査が漏れていた。
だが今のところ、クラリスはウォルター領を害する存在ではない。
ただ、危険だといわれる森へ入りたがったり、毒蛇を素手で捕まえたりと、普通の令嬢ではしないようなことをすんなりとこなす。
ネイサンは、それが気になっていた。
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