わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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第二章:毒女 x 毒女 x 毒女(5)

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 クラリスは毎日、毒を飲まなければならない体質である。その特異体質を生かして、表向きは薬師として王城に勤めていた。解毒薬を作ったり、毒薬を作ったり。他にも薬と呼ばれるものであれば、痺れ薬やら興奮剤やらなんやら作る。もちろん、体調を整える薬も作れるので、解熱剤やら栄養剤やらも作る。作った薬は王城でしっかりと管理している。

「クラリス様。持ってきているお薬は、足りておりますか?」

 メイはクラリスが飲む毒を『薬』と言う。さすがに、他の人がいる前で堂々と『毒を飲む』とは言えないし、クラリスが定期的に毒を飲まなければならない体質であるのを知っているのも、クラリスに近しい人間のみ。

 ベネノ侯爵邸で働いていた使用人だって、全員は知らないはずだ。それだけクラリスの体質は、公にできないもの。

 お茶を飲んで一息ついたところで、クラリスは温室に向かいたくてうずうずし始めた。

「クラリス様。もう少し休まれては?」

 メイは心配そうに声をかけてきたが、クラリスとしては十分に休んだつもりである。それに、定期的に摂取しなければならない毒も飲んだので、ここに着いたばかりのときよりも、身体はだいぶ楽になった。

 呼び鈴でアニーを呼びつけ、温室に行きたいと伝える。メイは荷物の整理をするから、いろいろと教えてやってくれないかと声をかければ、アニーは快く引き受けてくれた。
 温室を案内するためにネイサンがやってきた。側近という立場にいる彼は、公私ともにユージーンを支える存在のようだ。

「ネイサン様は……」

 温室へと案内されている途中、外に出たところでクラリスはネイサンに声をかけた。

「どうか僕のことはネイサンとお呼びください、奥様」
「ネイサンは、アルバート殿下の婚約披露パーティーに出席されていましたよね?」

 クラリスが微笑めば、ネイサンは面食らった様子を見せる。

「覚えていらっしゃったのですか? 僕は長居したわけでもありませんし、殿下とは形式的な挨拶をしただけです。ユージーン様の代理としての出席でしたので」
「はい。わたくし、殿下がお会いした方は、全員、覚えているのです」

 それもクラリスの特技の一つである。アルバートの腰巾着と呼ばれるくらいひっついていたから、彼が誰かと会うときも必ず側にいた。そしてその人物の顔を覚え、アルバートの敵か味方かを把握する。

「あのときは、見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした」

 クラリスの言葉にネイサンは目を丸くした。

「ああしなければならない状況であったのですが、わたくしがうまく立ち振る舞えなかったばかりに、アルバート殿下にもハリエッタ様にもご迷惑をおかけしてしまって」
「それでは、あのときの奥様のお姿は本来のお姿ではないと?」

 ネイサンの質問に対する答えは難しい。あのときのクラリスは、アルバートたちを陥れようとする者たちを威嚇するときの姿であるから、間違いなく本来の姿の一つ。威圧するような態度をとり、アルバートやハリエッタに怪しげな人を近づけないようにしていた。

「それもまた難しいところではございますが。少なくともここにいる間は、あのような失態をお見せしないように努力いたします」

 嘘とはならない言葉を選んで答えた。

「奥様はいろいろと謎があるようですね」
「二年間のお付き合いですから、こちらも手の内をすべてさらけ出すわけにはいかないのです。ですが、こちらでは旦那様にご迷惑をおかけしないように振る舞っていくつもりです」

 歩きながらネイサンは、何かを考え込むかのように、顎に手を当てた。

「ユージーン様が変な提案をしてしまい、申し訳ありません。離婚前提の結婚って、考えてみればおかしな話ですよね?」
「いいえ、そのようなことはありません。わたくしは誰とも結婚するつもりがありませんでした。ですが、陛下からあのように命令されてしまっては断れません。旦那様まで巻き込んでしまって、心苦しく思っております。だから、離婚前提で結婚すればいいと提案されたとき、この方、天才なのではないかと思ってしまったのです。旦那様のおかげで、このように前向きにこの地に来ることができました。旦那様には感謝しても感謝しきれません」

 あのときハリエッタは、クラリスにぴったりの男性を知っていると言っていた。どのような男性であるか不安な面もあったが、今ではハリエッタにも感謝している。いろんな意味でぴったりの相手だった。

「わたくしのわがままで温室まで用意していただいて。本当に感謝しかありません」
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