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第二章:毒女 x 毒女 x 毒女(2)

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 結婚式の日取りを決めるのはそっちのけで、まずは結婚誓約書にサインをしろと、そんな話であった。
 クラリスの両親も、この機会を逃せばクラリスが結婚できないのではないかと思っているようで、アルバートの意見に賛成したのだ。

 クラリスは外堀をすっかりと埋められてしまった。

 そうと決まれば、母親が張り切って荷造りをする。あれも持ってこれも持って、ああでもないこうでもないと、楽しそうに勝手に荷造りをしていた。

 そんなわけで、いったい何を荷物として持ってきたのか、クラリスは全部を把握していない。

「クラリス様、お疲れですか?」

 侍女のメイが、心配そうに顔をのぞき込んできた。メイはクラリスがベネノ侯爵家から連れてきた侍女である。クラリスは少しだけ特別な体質であるため、その体質を理解している者が近くに必要ではないかと、両親が気にかけてくれたのだ。

 クラリスとしても、見知らぬ土地に行くのに、知っている者が同行してくれるのは心強い。ただ、メイの気持ちも重要である。それを確認したところ、彼女は「喜んで」と答えてくれた。

 だから今、こうやって近くにいてくれるわけだが、つくづくメイがいてくれてよかったと心から思う。

「いいえ、大丈夫よ。ちょっとね、やはりいろいろと考えてしまって……」
「そうですよね。あれほどアルバート殿下に尽くしたというのに、まるでぼろ雑巾のようにポイッと捨てられて……お嬢様が本当に不憫で……」

 メイは、これからクラリスがウォルター領で暮らすことを案じているようだ。

「だけど、ウォルター伯であれば、わたくしよりももっと素敵な女性がいらっしゃると思うのよね」

 まるでクラリスと結婚させられるユージーンがかわいそう、とでも言うかの口ぶりである。

「でもわたくし、ウォルター伯は天才だと思ったのよ」

 するとメイは目をくりっと広げて、クラリスの次の言葉を待っている。

「陛下は、わたくしたちに結婚しろと命じたわ。ですが、離婚するなとは言っていないって」

 ユージーンとの手紙の内容を、今までにも誰にも伝えていなかった。これを家族に言えば、ユージーンの不名誉が広がってしまうと思ったからだ。だから離婚前提の結婚であることは、クラリスの家族はもちろん知らない。

「ですから、ウォルター伯とわたくしの結婚は、離婚前提の結婚なの。わたくし、二年後には王都に戻れるのよ」

 メイに伝えたのも、今が初めて。

「離婚前提の結婚を離婚約というそうよ。ウォルター伯は物知りなのね」
「え? そうなんですか? 私、クラリス様と一緒にウォルター領に骨を埋める覚悟でついてきたのですが」
「もし、メイが骨を埋めたいのであれば、あなたはそのままそこにいればいいわ。わたくしは王都に戻りますけれども。だって、離婚したのに、いつまでもウォルター伯のお側にいたらおかしいでしょう?」
「でしたら、私もクラリス様と一緒に戻ります。二年間、ウォルター領で快適に過ごしましょう」

 メイはクラリスよりも二つ年下であり、こうやってクラリスを慕ってくれる。だからこそ、ウォルター領へと連れてきたのだが。

「でも、メイも年頃でしょう? 向こうでいい人に出会ったなら、わたくしのことは放っておいて、自分の愛に生きなさい」
「何をおっしゃいますか。私の愛は、クラリス様の側に存在しているのです」

 という、わけのわからない忠誠心までも持ち合わせている。

 とにかく、メイに縁談が持ち上がったとしても、クラリスはそれを反対するつもりはない。メイが望むようにすればいい。

 毒女と呼ばれるクラリスと違って、メイにはきっといい話がくるにちがいない。

 むしろクラリスが毒女と呼ばれるように振る舞っているのは、縁談から逃げるためでもあった。だから、王都周辺を出入りするような男性からは避けられていたはず。

 しかし、クラリスの噂は辺境にまで届かなかったのだろう。国王命令だからといって、条件付きでこの結婚を受け入れたユージーンがどのような人物であるのか。手紙のやりとりをしていたときから気になっていた。

「ウォルター辺境伯のユージーン様ってアルバート殿下からお名前だけは聞いたことがあったのだけれども、実際にお会いしたことはないのよね」
「殿下の婚約披露パーティーには出席されていなかったのですか?」
「ええ。殿下がおっしゃるには、魔獣討伐に駆り出されたようだって」
「たしか、魔獣討伐団の団長も務めていらっしゃるとか?」
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