わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)

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閑話:側近 → 団長(2)

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 アルバートが動けば、彼女も一緒に動く。アルバートが食べ物を口にしようとすると、幾言か彼に告げて、クラリスがそれを奪う。料理など、他にもたくさんあるというのに、そうやってアルバートが食べる物を横から奪っていく。

 アルバートにぴったりとくっついていたクラリスだが、突然、スタスタと何かに向かって足をすすめた。

『……きゃっ』

 いきなりアルバートの婚約者として紹介されたハリエッタに体当たりし、彼女が手にしていたグラスが落ちた。もちろん、一口も飲んでいないグラスであったため、中のお酒はこぼれ、それがハリエッタのドレスを大きく汚す。

 その出来事に大して悪びれもせず、退席するハリエッタの様子を見送ってから、近くにいた給仕からグラスを奪い、それを一気に飲み干した。

『このような下品な飲み物を準備したのは、どなたかしら? わたくしの口には合わないわ』

 よりによって王太子の婚約披露パーティーである。安っぽい酒など用意しているわけがないのに、彼女はそう言い捨ててからその場を去った。

 一部始終を見ていたネイサンはあっけにとられた。

(噂以上の女性だった……)

 主役の二人が去り、クラリスもいなくなった会場は騒然としたものだ。
 たいていが、ハリエッタがかわいそうだという話で、あとはクラリスがアルバートを奪われ嫉妬に狂った末の愚行だとかなんとか。

 今の出来事を酒の肴にして、大半の人間がパーティーの余韻に浸っている。
 ユージーンの代わりにアルバートへ祝いの言葉を伝えたネイサンは、そそくさと会場を後にした。ただただすごかったとしか言いようがない。だけど、もう二度とかかわることはないだろうと、そのときはそう思っていた。

 それなのに、国王はユージーンにクラリスとの結婚をすすめてきた。いや、命令である。

 社交界の毒女。男性からも、結婚相手として望まれていない女性。そんな女性がユージーンの伴侶となるのだ。
 断れるものならば断りたいと思っていたのは、ネイサンのほうかもしれない。

 だけど、ユージーンがクラリスと手紙のやりとりをしたためか、彼女の印象は少しだけ変わった。手紙から伝わってくるのは、相手を思いやる気持ち。

 それでも、婚約披露パーティーの強烈な印象が、頭のどこかに巣くっている。

 もしかしたら、手紙を書いているのは別の人間かもしれない。そうやって疑って、真実を見極める。

 そしてとうとう、クラリスがウォルター領へとやってくることになった。結婚式の日取りさえ決まっていないというのに、さっさと書類にサインをしてしまえ、というのが国王の思いのようで、もちろんユージーンはそれを断れない。

 クラリスが来たら、結婚誓約書にサインをもらい、まずは書類だけの結婚生活を始めようと、それなりに準備をしていた。それにもかかわらず、肝心のユージーンは魔獣討伐のために城を空けている。

 だからユージーンにかわって、ネイサンがクラリスを迎え入れなければならない。

 本当の彼女は、どのような女性なのか。ユージーンにふさわしくない女性であれば、二年間だけ我慢すればいい。この結婚は離婚前提の離婚約なのだ。

 だが、噂の毒女とは違って淑女であったなら――

 クラリスが到着するのを、ネイサンは今か今かと待っていた。
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