8 / 8
8.君を愛し続ける
しおりを挟む
その後、無事にイアン・ダリルとケイト・カーラの婚姻無効が認められた。
「格好悪いところを見せてしまったな」
中央省執務室――。
他の文官たちは、各大臣の応援へと駆り出されている。ちょうど案件が重なってしまったのだ。
そんななか、イアンとマレリは例の事件の報告書を作成しているところであった。
「あなたが、自ら囮になると言ったからでしょう? どうせケイトはあなたのことを狙っていたのだから。カーラ商会、手口が巧妙すぎて、なかなか証拠がつかめなかったのよね」
「囮になったのはいいが……しくじったな……」
「あの薬が、あれほどまで強力なものとは知らなかったからね」
「だからって、君を囮にするわけにはいかないだろう? 君がそんなことを言い出したときはヒヤヒヤしたが。やっぱりここは俺がそれをするしかないと思ったんだ」
イアンの言葉に、マレリは微笑んだ。
彼らが恋人同士と呼ばれる関係であり、近い将来に結婚を約束している仲というのは事実である。
その前の大きな仕事であった。
裕福層を中心に、怪しげな薬が出回っていると耳にしたのは、今から半年前のこと。
一般的に違法薬物と呼ばれる薬だ。
この薬を服用すると、気持ちがたかぶり快感を得る。依存性も高く、使用を繰り返す。もちろん、副作用もあるため心身を蝕んでいき、最終的には人としての理性を失う。
この薬物にカーラ商会が絡んでいそうなところまで突き止めたが、真相には届かない。
そこで、夜会でケイトに近づく方法を考えた。彼女はカーラ商会長の自慢の娘でもある。
むしろ、彼女に騙されたという声も、ちらほらと聞いていた。それでもそんな証言だけでは証拠として弱い。
だから組織から囮を出す話となった。
ケイトがダリル家の財産を狙っているのは、今までの彼女の行動からも予想がついていた。それを利用しようと言い出したのが、イアン本人だ。
同じ女性同士だからマレリのほうが友人を装って近づけないかと、マレリ本人も提案したが、却下された。
そして、囮になったイアンが薬に負けた。
あの夜会で、ケイトと身体の関係を持ったと思われた後も、定期的にケイトと会い、その場で薬を飲まされていた。
彼の様子がおかしいとマレリもわかっていたが、あの薬の解毒薬がなかった。
飲むなと言っても、正常な判断ができなくなりつつあるイアンには難しいことである。となれば、必要なのは解毒薬。
それをロイに相談するも、今のところ、解毒薬はないとのこと。だが彼はすぐに解毒薬の開発に取りかかる。
その間、イアンはカーラ家によって婚姻届を出されてしまい、その十日後、結婚式を挙げた。
結婚式のパーティーに招待されていたロイが彼に解毒薬を飲ませた。
婚姻届と結婚式までには間に合わなかった解毒薬だが、初夜には間に合ったのだ。
もともと、ケイトはイアンと離縁するつもりだったから、身体を重ねるつもりはなかったのかもしれない。彼女が狙っていたのはもちろんダリル家の財産のみ。
解毒薬によって我を取り戻したイアンは、初夜からケイトを拒み始める。
また、仕事のために王宮に来た際に、ケイトから離れるようにとマレリとロイにきつく言われ、そこで寝泊まりを始めた。
それに、イアンが屋敷に戻らなければ、彼女がラッシュと関係を持つだろうとも考えられたからだ。
ラッシュとロイは兄弟であるが、真面目なロイに対してラッシュは金と女に弱い。
解毒薬のおかげで自我を取り戻したイアンは、ケイトとラッシュの現状を探るために、マレリを連れて夜会に参加し始めた。だが、屋敷に戻るのは危険だ。
案の定、ケイトはラッシュと夜会に出席していた。もしかしたら次の獲物を狙っているのかもしれない。
そしてあの夜会にて。
彼女がイアンの飲み物に薬を入れたのを確認してから、その飲み物をすり替えた。
性的興奮剤の入った飲み物だ。それを口にしたケイトがラッシュと関係を持った。もともとそんな二人だから、一線を越えることなど容易かったのだろう。
「でも、ケイトのことだから。薬のせいであったとしても、初夜にあなたが迫ったのであれば、喜んで受け入れたんじゃないのかしら?」
「それはないな」
「あら、自信満々だこと。証拠でもあるの?」
口だけではなんとでも言える。すべては証拠。双方そろっての証拠が必要だ。
「俺は君以外に反応しないからね。だから、あのときだって未遂だ」
「バカ……」
マレリは小さく呟いて、微笑んだ。
「そうそう。結婚式の夜、俺、ケイトに言ったんだった」
「なんて?」
「君を愛するつもりはない。と」
「ふぅん。もしかして彼女、そこからの溺愛とかを期待していたりして。何かの物語のように」
ふふっと彼女は笑う。
「あれ? もしかして、マレリもそう言われたいタイプ?」
「まさか。私は、夢をみるより現実をみるタイプだから」
「うん、わかってる。そんな君だから好きになったんだから。……あっ」
「何よ?」
「俺は、君を愛するつもりはない……」
突然の告白に、マレリは「はぁ?」と眉間にしわを寄せる。
「だって。君を愛し続けているからね」
「へ・り・く・つ」
彼女の凜とした声が、室内に響いた。
【完】
「格好悪いところを見せてしまったな」
中央省執務室――。
他の文官たちは、各大臣の応援へと駆り出されている。ちょうど案件が重なってしまったのだ。
そんななか、イアンとマレリは例の事件の報告書を作成しているところであった。
「あなたが、自ら囮になると言ったからでしょう? どうせケイトはあなたのことを狙っていたのだから。カーラ商会、手口が巧妙すぎて、なかなか証拠がつかめなかったのよね」
「囮になったのはいいが……しくじったな……」
「あの薬が、あれほどまで強力なものとは知らなかったからね」
「だからって、君を囮にするわけにはいかないだろう? 君がそんなことを言い出したときはヒヤヒヤしたが。やっぱりここは俺がそれをするしかないと思ったんだ」
イアンの言葉に、マレリは微笑んだ。
彼らが恋人同士と呼ばれる関係であり、近い将来に結婚を約束している仲というのは事実である。
その前の大きな仕事であった。
裕福層を中心に、怪しげな薬が出回っていると耳にしたのは、今から半年前のこと。
一般的に違法薬物と呼ばれる薬だ。
この薬を服用すると、気持ちがたかぶり快感を得る。依存性も高く、使用を繰り返す。もちろん、副作用もあるため心身を蝕んでいき、最終的には人としての理性を失う。
この薬物にカーラ商会が絡んでいそうなところまで突き止めたが、真相には届かない。
そこで、夜会でケイトに近づく方法を考えた。彼女はカーラ商会長の自慢の娘でもある。
むしろ、彼女に騙されたという声も、ちらほらと聞いていた。それでもそんな証言だけでは証拠として弱い。
だから組織から囮を出す話となった。
ケイトがダリル家の財産を狙っているのは、今までの彼女の行動からも予想がついていた。それを利用しようと言い出したのが、イアン本人だ。
同じ女性同士だからマレリのほうが友人を装って近づけないかと、マレリ本人も提案したが、却下された。
そして、囮になったイアンが薬に負けた。
あの夜会で、ケイトと身体の関係を持ったと思われた後も、定期的にケイトと会い、その場で薬を飲まされていた。
彼の様子がおかしいとマレリもわかっていたが、あの薬の解毒薬がなかった。
飲むなと言っても、正常な判断ができなくなりつつあるイアンには難しいことである。となれば、必要なのは解毒薬。
それをロイに相談するも、今のところ、解毒薬はないとのこと。だが彼はすぐに解毒薬の開発に取りかかる。
その間、イアンはカーラ家によって婚姻届を出されてしまい、その十日後、結婚式を挙げた。
結婚式のパーティーに招待されていたロイが彼に解毒薬を飲ませた。
婚姻届と結婚式までには間に合わなかった解毒薬だが、初夜には間に合ったのだ。
もともと、ケイトはイアンと離縁するつもりだったから、身体を重ねるつもりはなかったのかもしれない。彼女が狙っていたのはもちろんダリル家の財産のみ。
解毒薬によって我を取り戻したイアンは、初夜からケイトを拒み始める。
また、仕事のために王宮に来た際に、ケイトから離れるようにとマレリとロイにきつく言われ、そこで寝泊まりを始めた。
それに、イアンが屋敷に戻らなければ、彼女がラッシュと関係を持つだろうとも考えられたからだ。
ラッシュとロイは兄弟であるが、真面目なロイに対してラッシュは金と女に弱い。
解毒薬のおかげで自我を取り戻したイアンは、ケイトとラッシュの現状を探るために、マレリを連れて夜会に参加し始めた。だが、屋敷に戻るのは危険だ。
案の定、ケイトはラッシュと夜会に出席していた。もしかしたら次の獲物を狙っているのかもしれない。
そしてあの夜会にて。
彼女がイアンの飲み物に薬を入れたのを確認してから、その飲み物をすり替えた。
性的興奮剤の入った飲み物だ。それを口にしたケイトがラッシュと関係を持った。もともとそんな二人だから、一線を越えることなど容易かったのだろう。
「でも、ケイトのことだから。薬のせいであったとしても、初夜にあなたが迫ったのであれば、喜んで受け入れたんじゃないのかしら?」
「それはないな」
「あら、自信満々だこと。証拠でもあるの?」
口だけではなんとでも言える。すべては証拠。双方そろっての証拠が必要だ。
「俺は君以外に反応しないからね。だから、あのときだって未遂だ」
「バカ……」
マレリは小さく呟いて、微笑んだ。
「そうそう。結婚式の夜、俺、ケイトに言ったんだった」
「なんて?」
「君を愛するつもりはない。と」
「ふぅん。もしかして彼女、そこからの溺愛とかを期待していたりして。何かの物語のように」
ふふっと彼女は笑う。
「あれ? もしかして、マレリもそう言われたいタイプ?」
「まさか。私は、夢をみるより現実をみるタイプだから」
「うん、わかってる。そんな君だから好きになったんだから。……あっ」
「何よ?」
「俺は、君を愛するつもりはない……」
突然の告白に、マレリは「はぁ?」と眉間にしわを寄せる。
「だって。君を愛し続けているからね」
「へ・り・く・つ」
彼女の凜とした声が、室内に響いた。
【完】
112
お気に入りに追加
543
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(15件)
あなたにおすすめの小説
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
「貴女、いい加減クトルフ様から離れてくださらないかしら」婚約者の幼馴染み女からそんなことを言われたのですが……?
四季
恋愛
「貴女、いい加減クトルフ様から離れてくださらないかしら」
婚約者の幼馴染み女からそんなことを言われたのですが……?
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ありがとうございます。
実は、へりくつ男でした!!
ご感想ありがとうございます。
たまにはこういうのもいいかなぁと思って書いてみました。
腹黒vs腹黒でした。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございます!!