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3.僕は君の味方
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空が青く、風が心地よい。さわりと揺れる花々が、かすかに甘い香りがふんわりと流れる。
ケイトは東屋でラッシュとお茶を飲んでいた。
彼は二人の噂を聞きつけ、心配になって屋敷にまで足を運んでくれたのだ。
「ケイト……イアンとの関係は、その……」
「いいのよ、そんなに気を遣わなくて……」
二人の関係が冷めきっているなど、一目瞭然だろう。
イアンはあのときの責任をとって、ケイトと結婚をしたのだ。これが、ダリル家の恐れている醜聞でもある。
あの場を丸く収めたのは、ラッシュの力も大きく働いていた。
「私も旦那様も、なんとか面目だけは保てているから」
「だけど、この国では簡単に離縁はできない……。君は、こんな生活を何年も耐え抜くというのか?」
「仕方のないことでしょう? これはお互いの家同士の契約のようなものだから……。それに、あれは私が失敗してしまったようなものだし……」
ダリル家はすぐさまカーラ家に使いを出し、ケイトを次期当主の妻として迎え入れたいと一報を入れた。カーラ家にとって断る理由などない。たかが商人の家に、名門侯爵家のほうから妻として望まれているのだから。
むしろ「よくやった」と、父親からは褒められた。
「だけど、僕は……君が不憫で仕方ない。あの夜会に、君を招待しなければこんなことにならなかったのに……。イアンはカーラ商会の資産に……」
それ以上、ラッシュは言葉を続けなかった。イアンはカーラ商会の資産を狙ってケイトと結婚をしたと、そう言いたいのだ。
だがそれは、誰もがそう思っている。
カーラ商会の資産は、何も金だけではない。人脈や技術といったものも含まれる。
金が潤沢にあるダリル侯爵家としては、むしろそちらのほうが欲しいはずだ。
イアンが愛していない女と結婚をしたのは、彼女がカーラ商会の娘だから。それ以外の理由はない。
ただ、それだけ。
「気にしないで、ラッシュ。一人でも私をそうやって思ってくれる人がいれば、私は幸せなの」
そこで少し離れた場所に立っているナナに視線を向ける。
彼女は微笑みながら、こちらをじっと見つめていた。
「そうか、君がそこまで言うのであれば、これ以上、僕からは何も言うことはないが……。だけど、困ったことがあったら僕を頼ってほしい。こうなってしまったのは、僕の責任でもあるから……」
彼の赤茶の髪が、風によってさわりと揺れた。
「ありがとう、ラッシュ」
「ところで、ちょっといやな噂を聞いてしまった」
そう言ってラッシュは夜会について口にした。
ダリル家にも夜会の招待状は届いているらしい。だけど、それはすぐに王宮にいるイアンのもとへと届けられているとのこと。
ケイトが結婚してから夜会に出席していないのは、それが原因だ。
人の噂というのは、風にのるかのようにして聞こえてくるもの。
イアンはケイトではない女性をエスコートして、夜会に参加しているらしい。
それもこれも噂であるが、火のないところに煙は立たない。
――どうしてこうなってしまったのだろう。
考えても仕方のないことだとわかっている。
噂を聞けば聞くほど、彼がエスコートしている女性は、かつての恋人のマレリ・エルキシュであると確信する。
マレリはエルキシュ子爵家の令嬢。イアンのパートナーとしても釣り合いがとれている。
彼女は女性でありながらも、王宮に文官として出仕している。それは今も変わらず。
となれば、イアンは絶対にマレリと顔を合わせている。
それを思うだけで、胸が苦しい。つつぅと、涙が頬を伝った。
この国では特別な理由がないかぎり、離縁は認められない。
その特別な理由とは、二年の間、男女の交わりがないこと。交わりがなければ子が望めないからだ。ようは『白い結婚』と呼ばれる関係である。
血筋を重んじるこの国ならではの決まりなのだろう。
だからこそ、姦通罪なるものも存在している。
イアンがケイトと婚姻関係を続けているのに、マレリと関係を持っていたら、それこそ罪になる。
ケイトは東屋でラッシュとお茶を飲んでいた。
彼は二人の噂を聞きつけ、心配になって屋敷にまで足を運んでくれたのだ。
「ケイト……イアンとの関係は、その……」
「いいのよ、そんなに気を遣わなくて……」
二人の関係が冷めきっているなど、一目瞭然だろう。
イアンはあのときの責任をとって、ケイトと結婚をしたのだ。これが、ダリル家の恐れている醜聞でもある。
あの場を丸く収めたのは、ラッシュの力も大きく働いていた。
「私も旦那様も、なんとか面目だけは保てているから」
「だけど、この国では簡単に離縁はできない……。君は、こんな生活を何年も耐え抜くというのか?」
「仕方のないことでしょう? これはお互いの家同士の契約のようなものだから……。それに、あれは私が失敗してしまったようなものだし……」
ダリル家はすぐさまカーラ家に使いを出し、ケイトを次期当主の妻として迎え入れたいと一報を入れた。カーラ家にとって断る理由などない。たかが商人の家に、名門侯爵家のほうから妻として望まれているのだから。
むしろ「よくやった」と、父親からは褒められた。
「だけど、僕は……君が不憫で仕方ない。あの夜会に、君を招待しなければこんなことにならなかったのに……。イアンはカーラ商会の資産に……」
それ以上、ラッシュは言葉を続けなかった。イアンはカーラ商会の資産を狙ってケイトと結婚をしたと、そう言いたいのだ。
だがそれは、誰もがそう思っている。
カーラ商会の資産は、何も金だけではない。人脈や技術といったものも含まれる。
金が潤沢にあるダリル侯爵家としては、むしろそちらのほうが欲しいはずだ。
イアンが愛していない女と結婚をしたのは、彼女がカーラ商会の娘だから。それ以外の理由はない。
ただ、それだけ。
「気にしないで、ラッシュ。一人でも私をそうやって思ってくれる人がいれば、私は幸せなの」
そこで少し離れた場所に立っているナナに視線を向ける。
彼女は微笑みながら、こちらをじっと見つめていた。
「そうか、君がそこまで言うのであれば、これ以上、僕からは何も言うことはないが……。だけど、困ったことがあったら僕を頼ってほしい。こうなってしまったのは、僕の責任でもあるから……」
彼の赤茶の髪が、風によってさわりと揺れた。
「ありがとう、ラッシュ」
「ところで、ちょっといやな噂を聞いてしまった」
そう言ってラッシュは夜会について口にした。
ダリル家にも夜会の招待状は届いているらしい。だけど、それはすぐに王宮にいるイアンのもとへと届けられているとのこと。
ケイトが結婚してから夜会に出席していないのは、それが原因だ。
人の噂というのは、風にのるかのようにして聞こえてくるもの。
イアンはケイトではない女性をエスコートして、夜会に参加しているらしい。
それもこれも噂であるが、火のないところに煙は立たない。
――どうしてこうなってしまったのだろう。
考えても仕方のないことだとわかっている。
噂を聞けば聞くほど、彼がエスコートしている女性は、かつての恋人のマレリ・エルキシュであると確信する。
マレリはエルキシュ子爵家の令嬢。イアンのパートナーとしても釣り合いがとれている。
彼女は女性でありながらも、王宮に文官として出仕している。それは今も変わらず。
となれば、イアンは絶対にマレリと顔を合わせている。
それを思うだけで、胸が苦しい。つつぅと、涙が頬を伝った。
この国では特別な理由がないかぎり、離縁は認められない。
その特別な理由とは、二年の間、男女の交わりがないこと。交わりがなければ子が望めないからだ。ようは『白い結婚』と呼ばれる関係である。
血筋を重んじるこの国ならではの決まりなのだろう。
だからこそ、姦通罪なるものも存在している。
イアンがケイトと婚姻関係を続けているのに、マレリと関係を持っていたら、それこそ罪になる。
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