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2.夫は今日も帰ってこない
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湯浴みを終わらせて、部屋に戻る。
「奥様……。旦那様は、今日も……」
ナナが言いにくそうに、身体を不自然に動かしている。。
「えぇ……今日もお帰りにはならないそうです。あなたも下がりなさい。いつも遅くまでありがとう」
彼女はケイトを一人にするのを恐れている。一人になったケイトが自暴自棄になって何か行動に出るのではないかと。
「私は、大丈夫よ。あなたが側にいてくれるから」
そうやってはにかんで見せると、ナナも少しだけ笑顔を見せてくれた。
「旦那様も忙しいのよ。お仕事も中央省へ異動になったとお聞きしたから」
中央省とは王宮務めの文官にとっては花形の部署でもある。そこで実績を積み上げ、将来は宰相や大臣といった地位に就く者も多い。いわば、出世のための通過儀礼のような部署なのだ。
だが、ケイトはその話をイアン本人から聞いたわけではない。
使用人たちが話しているのをなんとなく耳にして、街の噂をそれとなく聞いて、新聞の記事をしっかりと読んで、そうやって仕入れた情報である。
「奥様が納得されているのであれば、私からは何も申し上げることはございません。私は、いつでも奥様の味方ですから」
「ありがとう、ナナ」
彼女がいるから、この場所でもなんとかやっていける。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ナナの背を見送ると、室内は静けさに包まれる。空気もほんのりと冷え、夜が深まっていくのを実感する。
この夜気は、まるでケイトとイアンのようだ。時間が経てば経つほど冷え込んでいく。
二人の間に何もなかったことを、使用人たちは知っているだろう。初夜が明けた日の朝、寝台に乱れがないのだから一目瞭然だ。
痛む胸を抑え込むようにして、ケイトは寝台へと潜り込んだ。掛布に包まれると、身体と心が次第にあたたまっていく。
ナナが温めてくれていたのだろう。
彼女の気遣いに、胸の奥が痛くなる。自然と目頭が熱くなった。こぼれそうになる涙をこらえる。
なぜこんな結婚をしてしまったのか。
それはイアンの友人であるラッシュの屋敷で開かれた夜会が原因だ。ラッシュはイアンの友人なだけあり、ベネター侯爵家の嫡男である。
その夜会に、ケイトも招待を受け出席していた。ベネター侯爵家は、カーラ商会の上客でもあるのだ。そんな縁もあって、ケイトとラッシュも顔馴染であった。
その日のケイトは、ミッドナイトブルーのドレスを身に着けた。レースもふんだんに使われており、施されている刺繍も繊細なものである。
このような色合いのドレスを、ケイトは今まで着たことがない。カーラ商会の新商品でもあるため、父親はそれを宣伝したかったようだ。
煌々と輝くシャンデリアの光によって、そのドレスはシルバーにも見える。
色素の薄い象牙色の髪ともよく似合っていた。そしてはかなげに見える若草色の瞳。
そのアンバランスさが、夜会に出席している男性を虜にした。
ましてカーラ商会長の娘となれば、結婚の相手に相応しい地位と資金もある。彼女をダンスに誘った男は、誰もがそう思ったはず。
この縁を確実なものにしたいのだろう。少しだけ強引に事をすすめようとする者もいた。
ただ、こういった夜会に慣れていないケイトは、人の多さに当てられ、気分が悪くなる。それに気づいたラッシュは、彼女を休憩室へと案内した。
ソファでうとうととしていたら、なぜか目の前に半裸のイアンがいたのだ。
ケイトのドレスは乱れ、肌が露わになっている。
何が起こったか。何が起きたのか。
ケイトの悲鳴を聞きつけてやってきたのは、ラッシュ、そしてイアンの父親でもあるダリル侯爵。たまたま二人は、近くで歓談に耽っていたらしい。
ここで何が起きたのかは、その場にいた者だけの秘密となる。
けして外に漏らしてはならない。
それから二か月後、ケイトはイアンと結婚をした。
「奥様……。旦那様は、今日も……」
ナナが言いにくそうに、身体を不自然に動かしている。。
「えぇ……今日もお帰りにはならないそうです。あなたも下がりなさい。いつも遅くまでありがとう」
彼女はケイトを一人にするのを恐れている。一人になったケイトが自暴自棄になって何か行動に出るのではないかと。
「私は、大丈夫よ。あなたが側にいてくれるから」
そうやってはにかんで見せると、ナナも少しだけ笑顔を見せてくれた。
「旦那様も忙しいのよ。お仕事も中央省へ異動になったとお聞きしたから」
中央省とは王宮務めの文官にとっては花形の部署でもある。そこで実績を積み上げ、将来は宰相や大臣といった地位に就く者も多い。いわば、出世のための通過儀礼のような部署なのだ。
だが、ケイトはその話をイアン本人から聞いたわけではない。
使用人たちが話しているのをなんとなく耳にして、街の噂をそれとなく聞いて、新聞の記事をしっかりと読んで、そうやって仕入れた情報である。
「奥様が納得されているのであれば、私からは何も申し上げることはございません。私は、いつでも奥様の味方ですから」
「ありがとう、ナナ」
彼女がいるから、この場所でもなんとかやっていける。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ」
ナナの背を見送ると、室内は静けさに包まれる。空気もほんのりと冷え、夜が深まっていくのを実感する。
この夜気は、まるでケイトとイアンのようだ。時間が経てば経つほど冷え込んでいく。
二人の間に何もなかったことを、使用人たちは知っているだろう。初夜が明けた日の朝、寝台に乱れがないのだから一目瞭然だ。
痛む胸を抑え込むようにして、ケイトは寝台へと潜り込んだ。掛布に包まれると、身体と心が次第にあたたまっていく。
ナナが温めてくれていたのだろう。
彼女の気遣いに、胸の奥が痛くなる。自然と目頭が熱くなった。こぼれそうになる涙をこらえる。
なぜこんな結婚をしてしまったのか。
それはイアンの友人であるラッシュの屋敷で開かれた夜会が原因だ。ラッシュはイアンの友人なだけあり、ベネター侯爵家の嫡男である。
その夜会に、ケイトも招待を受け出席していた。ベネター侯爵家は、カーラ商会の上客でもあるのだ。そんな縁もあって、ケイトとラッシュも顔馴染であった。
その日のケイトは、ミッドナイトブルーのドレスを身に着けた。レースもふんだんに使われており、施されている刺繍も繊細なものである。
このような色合いのドレスを、ケイトは今まで着たことがない。カーラ商会の新商品でもあるため、父親はそれを宣伝したかったようだ。
煌々と輝くシャンデリアの光によって、そのドレスはシルバーにも見える。
色素の薄い象牙色の髪ともよく似合っていた。そしてはかなげに見える若草色の瞳。
そのアンバランスさが、夜会に出席している男性を虜にした。
ましてカーラ商会長の娘となれば、結婚の相手に相応しい地位と資金もある。彼女をダンスに誘った男は、誰もがそう思ったはず。
この縁を確実なものにしたいのだろう。少しだけ強引に事をすすめようとする者もいた。
ただ、こういった夜会に慣れていないケイトは、人の多さに当てられ、気分が悪くなる。それに気づいたラッシュは、彼女を休憩室へと案内した。
ソファでうとうととしていたら、なぜか目の前に半裸のイアンがいたのだ。
ケイトのドレスは乱れ、肌が露わになっている。
何が起こったか。何が起きたのか。
ケイトの悲鳴を聞きつけてやってきたのは、ラッシュ、そしてイアンの父親でもあるダリル侯爵。たまたま二人は、近くで歓談に耽っていたらしい。
ここで何が起きたのかは、その場にいた者だけの秘密となる。
けして外に漏らしてはならない。
それから二か月後、ケイトはイアンと結婚をした。
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