初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)

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1.君を愛するつもりはない

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「君を愛するつもりはない」

 夫となったイアン・ダリルが冷たく言い放った。

 彼は湯浴みを終えてからここに来たのだろう。金色の髪は、毛先だけがほんのりとしめっている。これからの行為を期待させるような淫靡さを醸し出しているが、キリッと引き締まった深緑の眼は、冷たく彼女を見つめていた。

「聞こえなかったのか? 俺は君を愛さない。つまり、君を抱くつもりはないということだ」

 冷たい声が胸に突き刺さる。ぎゅっとナイトドレスの裾をにぎりしめた。
 今夜は初夜と呼ばれるような日である。それにもかかわらず、彼は妻となった彼女を抱かないと、はっきりと口にしたのだ。

「わかったな? わかったなら、返事くらいしよ」
「承知しました……」

 彼女のその言葉に満足したのか、イアンはふんと鼻を鳴らして部屋を出ていった。

「なんで、こんな女と結婚したのか……」

 彼がそう呟いたのは、彼女の耳にもしっかりと届いていた。

 一人残された彼女は小さく息をもらし、寝台に腰かける。この寝台も四柱式で天蓋がついている豪奢なもの。新婚の夫婦に相応しい代物である。
 少しだけ肌寒く感じ、自身で肩を抱く。あの夫があたためてくれることなど、期待してはならない。

 ケイト・カーラはケイト・ダリルとなり、イアンと結婚式を挙げた。
 彼に好かれていないだろうとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
 いや、彼がケイトを愛していないことなんて、前からわかっていたのだ。

 ――彼には、他に愛する人がいる。

 それでもこの結婚は必要なものだった。醜聞を恐れているダリル家と、ダリル家と繋がりをもちたいカーラ家の契約のようなもの。

 ダリル家は歴史ある名門の家柄である。イアンの父は侯爵という爵位を持ち、いずれイアンがそれを継ぐこととなる。

 それにひきかえ、カーラ家は商売人の家柄だ。カーラ商会といえば、この王都で知らぬ者はいないと騒がれるほど、頭一つ飛び出ている
商会でもある。

 この国では、商売で成功した者は貴族と同等の権力が認められている。つまり、金があるからだ。
 だから、イアンとケイトの婚姻が成り立った。この婚姻が双方の家にとって契約的なものであると理解している。
 それでも喉の奥がつかえるような感じがするのは、イアンに恋人と呼べるような女性がいたためだろう。彼は恋人と別れ、ケイトと結婚をした。

 だが、どこか彼からの愛情を期待していたのも事実。それが夫婦というものなのだろうと。

 イアンは王宮に務めている。
 家柄のよい令息令嬢は、王宮に出仕しながら礼儀を学び、出会いを見つける。結婚後は辞める者も多いが、家のことはすべて父に任せているイアンは、そのまま出仕を続けると言っていた。
 ようは、ケイトと顔を合わせたくないのだ。もしくは、そこで恋人だった女性に会いたいのか。

 イアンが、恋人であった彼女と出会ったのは王宮だと聞いている。さらに、結婚を約束した仲であったとも。
 だからなのかもしれない。あれ以降、彼の姿は見ていない。


 ケイトがイアンと結婚をして一か月が経った。
 彼は王宮で寝泊まりをしていて、屋敷ここには帰ってきていない。
 屋敷で働く使用人たちが、ケイトを腫物でも扱うように接しているのは、それが理由でもあった。

 そんななか、侍女のナナは、ケイトが嫁ぐにあたって父親がつけてくれた使用人である。
 彼女はカーラ家でも、ケイトの身の回りの世話をしていた。
 知らない人ばかりがいる屋敷で、一人ぽっちにならずにすんでいるのは、間違いなくナナのおかげだ。
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