バツ印令嬢の癒し婚

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
上 下
53 / 74

第六章:大切な人(2)

しおりを挟む
 気づけばSHRの時間だった。午後になんの授業を受けたのかだなんて、乃彩は覚えていない。
 昼休みに莉乃から突きつけられた言葉が衝撃的過ぎて、それが頭の中を支配していた。

 乃彩はすでに結婚している。だが、この結婚は離婚前提での結婚だ。遼真を侵している妖力をすべて取り除いたとき、二人の離婚は成立する。

 となれば、問題はその後だ。春那の家に連れ戻されるかもしれない。離婚がいつになるかわからないが、一年後、二年後であれば、まだ乃彩に利用価値があると判断されるかもしれない。

「起立、礼」

 号令によって、SHRが終わる。この時期になると、部活も引退した者が多い。上の大会へ出場する運動部や、夏休みにコンクールのある吹奏楽部など、そういった部活に所属する者はまだ部活動も行っているが。

 なんの部活に入っていない乃彩にとっては、関係のないこと。
 いつもと同じようにそろりと教室を出て、昇降口へと向かう。靴を履き替え、停車場に向かおうとしたところ、呼び止められた。

「乃彩」

 遼真とは違う声色。どこか穏やかでやわらかな口調。

「……修一さん?」

 乃彩を呼び止めたのは修一だった。彼も宝暦学園の大学部に通っているから、敷地内にいてもおかしくはない。

「乃彩。話があるんだ。時間、もらえないかな?」
「え、と……迎えがきておりますので……後日、では駄目でしょうか?」
「後日ねぇ。駄目じゃないけど、その約束を絶対に守ってくれるというわけでもないだろ? 特に日夏公爵がうるさそうだ。できれば、彼の耳に入る前に君と話がしたい。そうだ、学園近くのコーヒーショップ。そこなら人目につくし、問題はないだろう? 密室に二人きりというわけでもないし」

 帰っても百合江と一緒におやつを食べて、勉強して、遼真の帰りを待つくらいだ。
 となれば、少しくらいであれば修一と話をする時間をとっても大丈夫だろうか。

 それに、昼休みに莉乃に言われたことが気になっていた。
 父親に聞いたところで「娘ではない」と言われておしまいだろうし、修一であれば教えてくれるかもしれない。

「わかりました。迎えには、友達と遊んでから帰ると、そう伝えますので」
「ありがとう。乃彩も融通が利くようになったね。昔であれば、迎えを断るのではなくて、僕の誘いを断るタイプだったのに」
「修一さんは親戚ですし、わたくしにとっては兄のような存在ですから……」
「兄、ね」

 そう言った修一の顔が、少しだけ陰った。

 乃彩はスマートホンを取り出し、啓介へと連絡を入れる。

「啓介さん? 今日はお友達と、寄り道をして帰りますので……はい、急にお誘いいただきましたので……はい、そのときはお願いします」

 啓介がすんなりと受け入れてくれたことに、乃彩は安堵した。どこか後ろめたさもあった。

「帰りは、僕が送るよ?」
「いえ……連絡すれば迎えがきますので」
「過保護なんだね。日夏公爵。いや、過保護といえば春那公爵……おじさんも過保護だったね」

 琳が過保護だったのは莉乃に対してだけだ。

「じゃ、行こうか」

 修一が手を差し出してきたことに、乃彩は困惑する。

「昔はこうやって、よく手をつないでいたじゃないか」
「昔は昔です。あのときは子どもだったのです」
「なるほど。では、鞄でも持とうか?」
「いえ。このくらいであれば自分で持てますから」
「相変わらず、つれないね。まぁ、そういうところが莉乃と違っていていいんだけれど」

 乃彩は修一の半歩後ろを歩く。幼いころも、こうやって彼の背を追いかけたものだ。

 コーヒーショップに入ると、空いていた席に座るように言われ、修一がカウンターへと並んだ。
 客はまばらで、すぐに飲み物を手にした修一がやってきた。

「ほら、ミルクティー。乃彩は昔からこれが好きだったろ?」
「ありがとうございます」

 ミルクティーとフィナンシェがのせられたトレイが、乃彩の前におかれた。

「本来であれば、結婚の祝いの言葉を贈るべきなんだろうけど……。まだ、僕は納得できていないんだ」

 早速、修一が本題を切り出してきた。

「先日。乃彩が十八歳の誕生日を迎えたから、僕もおじさんに君との結婚の許可をもらいにいったんだ」
「わたくしと? 莉乃ではなく?」
「莉乃との縁談があがったのは、ほんの数日前だよ。君が日夏公爵と結婚したからって。だけど、僕が結婚したい相手は莉乃じゃない」
「莉乃と結婚しても、春那の次期当主は修一さんになると思いますが?」
「なるほど。君は、僕が公爵位を欲しいがために、君と結婚したいと思っているということか」

 目を伏せた修一は忌々しく呟いた。

「はっきりいって、莉乃は公爵夫人の器じゃない。だが、君が日夏公爵と結婚してしまった以上、その重荷が莉乃にのしかかっている」
「あの家に生まれた以上、それは使命のようなものです」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

今日から、契約家族はじめます

浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。 大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。 悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに! しかも男には子供が四人いた。 長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。 ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...