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第六章:大切な人(2)
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気づけばSHRの時間だった。午後になんの授業を受けたのかだなんて、乃彩は覚えていない。
昼休みに莉乃から突きつけられた言葉が衝撃的過ぎて、それが頭の中を支配していた。
乃彩はすでに結婚している。だが、この結婚は離婚前提での結婚だ。遼真を侵している妖力をすべて取り除いたとき、二人の離婚は成立する。
となれば、問題はその後だ。春那の家に連れ戻されるかもしれない。離婚がいつになるかわからないが、一年後、二年後であれば、まだ乃彩に利用価値があると判断されるかもしれない。
「起立、礼」
号令によって、SHRが終わる。この時期になると、部活も引退した者が多い。上の大会へ出場する運動部や、夏休みにコンクールのある吹奏楽部など、そういった部活に所属する者はまだ部活動も行っているが。
なんの部活に入っていない乃彩にとっては、関係のないこと。
いつもと同じようにそろりと教室を出て、昇降口へと向かう。靴を履き替え、停車場に向かおうとしたところ、呼び止められた。
「乃彩」
遼真とは違う声色。どこか穏やかでやわらかな口調。
「……修一さん?」
乃彩を呼び止めたのは修一だった。彼も宝暦学園の大学部に通っているから、敷地内にいてもおかしくはない。
「乃彩。話があるんだ。時間、もらえないかな?」
「え、と……迎えがきておりますので……後日、では駄目でしょうか?」
「後日ねぇ。駄目じゃないけど、その約束を絶対に守ってくれるというわけでもないだろ? 特に日夏公爵がうるさそうだ。できれば、彼の耳に入る前に君と話がしたい。そうだ、学園近くのコーヒーショップ。そこなら人目につくし、問題はないだろう? 密室に二人きりというわけでもないし」
帰っても百合江と一緒におやつを食べて、勉強して、遼真の帰りを待つくらいだ。
となれば、少しくらいであれば修一と話をする時間をとっても大丈夫だろうか。
それに、昼休みに莉乃に言われたことが気になっていた。
父親に聞いたところで「娘ではない」と言われておしまいだろうし、修一であれば教えてくれるかもしれない。
「わかりました。迎えには、友達と遊んでから帰ると、そう伝えますので」
「ありがとう。乃彩も融通が利くようになったね。昔であれば、迎えを断るのではなくて、僕の誘いを断るタイプだったのに」
「修一さんは親戚ですし、わたくしにとっては兄のような存在ですから……」
「兄、ね」
そう言った修一の顔が、少しだけ陰った。
乃彩はスマートホンを取り出し、啓介へと連絡を入れる。
「啓介さん? 今日はお友達と、寄り道をして帰りますので……はい、急にお誘いいただきましたので……はい、そのときはお願いします」
啓介がすんなりと受け入れてくれたことに、乃彩は安堵した。どこか後ろめたさもあった。
「帰りは、僕が送るよ?」
「いえ……連絡すれば迎えがきますので」
「過保護なんだね。日夏公爵。いや、過保護といえば春那公爵……おじさんも過保護だったね」
琳が過保護だったのは莉乃に対してだけだ。
「じゃ、行こうか」
修一が手を差し出してきたことに、乃彩は困惑する。
「昔はこうやって、よく手をつないでいたじゃないか」
「昔は昔です。あのときは子どもだったのです」
「なるほど。では、鞄でも持とうか?」
「いえ。このくらいであれば自分で持てますから」
「相変わらず、つれないね。まぁ、そういうところが莉乃と違っていていいんだけれど」
乃彩は修一の半歩後ろを歩く。幼いころも、こうやって彼の背を追いかけたものだ。
コーヒーショップに入ると、空いていた席に座るように言われ、修一がカウンターへと並んだ。
客はまばらで、すぐに飲み物を手にした修一がやってきた。
「ほら、ミルクティー。乃彩は昔からこれが好きだったろ?」
「ありがとうございます」
ミルクティーとフィナンシェがのせられたトレイが、乃彩の前におかれた。
「本来であれば、結婚の祝いの言葉を贈るべきなんだろうけど……。まだ、僕は納得できていないんだ」
早速、修一が本題を切り出してきた。
「先日。乃彩が十八歳の誕生日を迎えたから、僕もおじさんに君との結婚の許可をもらいにいったんだ」
「わたくしと? 莉乃ではなく?」
「莉乃との縁談があがったのは、ほんの数日前だよ。君が日夏公爵と結婚したからって。だけど、僕が結婚したい相手は莉乃じゃない」
「莉乃と結婚しても、春那の次期当主は修一さんになると思いますが?」
「なるほど。君は、僕が公爵位を欲しいがために、君と結婚したいと思っているということか」
目を伏せた修一は忌々しく呟いた。
「はっきりいって、莉乃は公爵夫人の器じゃない。だが、君が日夏公爵と結婚してしまった以上、その重荷が莉乃にのしかかっている」
「あの家に生まれた以上、それは使命のようなものです」
昼休みに莉乃から突きつけられた言葉が衝撃的過ぎて、それが頭の中を支配していた。
乃彩はすでに結婚している。だが、この結婚は離婚前提での結婚だ。遼真を侵している妖力をすべて取り除いたとき、二人の離婚は成立する。
となれば、問題はその後だ。春那の家に連れ戻されるかもしれない。離婚がいつになるかわからないが、一年後、二年後であれば、まだ乃彩に利用価値があると判断されるかもしれない。
「起立、礼」
号令によって、SHRが終わる。この時期になると、部活も引退した者が多い。上の大会へ出場する運動部や、夏休みにコンクールのある吹奏楽部など、そういった部活に所属する者はまだ部活動も行っているが。
なんの部活に入っていない乃彩にとっては、関係のないこと。
いつもと同じようにそろりと教室を出て、昇降口へと向かう。靴を履き替え、停車場に向かおうとしたところ、呼び止められた。
「乃彩」
遼真とは違う声色。どこか穏やかでやわらかな口調。
「……修一さん?」
乃彩を呼び止めたのは修一だった。彼も宝暦学園の大学部に通っているから、敷地内にいてもおかしくはない。
「乃彩。話があるんだ。時間、もらえないかな?」
「え、と……迎えがきておりますので……後日、では駄目でしょうか?」
「後日ねぇ。駄目じゃないけど、その約束を絶対に守ってくれるというわけでもないだろ? 特に日夏公爵がうるさそうだ。できれば、彼の耳に入る前に君と話がしたい。そうだ、学園近くのコーヒーショップ。そこなら人目につくし、問題はないだろう? 密室に二人きりというわけでもないし」
帰っても百合江と一緒におやつを食べて、勉強して、遼真の帰りを待つくらいだ。
となれば、少しくらいであれば修一と話をする時間をとっても大丈夫だろうか。
それに、昼休みに莉乃に言われたことが気になっていた。
父親に聞いたところで「娘ではない」と言われておしまいだろうし、修一であれば教えてくれるかもしれない。
「わかりました。迎えには、友達と遊んでから帰ると、そう伝えますので」
「ありがとう。乃彩も融通が利くようになったね。昔であれば、迎えを断るのではなくて、僕の誘いを断るタイプだったのに」
「修一さんは親戚ですし、わたくしにとっては兄のような存在ですから……」
「兄、ね」
そう言った修一の顔が、少しだけ陰った。
乃彩はスマートホンを取り出し、啓介へと連絡を入れる。
「啓介さん? 今日はお友達と、寄り道をして帰りますので……はい、急にお誘いいただきましたので……はい、そのときはお願いします」
啓介がすんなりと受け入れてくれたことに、乃彩は安堵した。どこか後ろめたさもあった。
「帰りは、僕が送るよ?」
「いえ……連絡すれば迎えがきますので」
「過保護なんだね。日夏公爵。いや、過保護といえば春那公爵……おじさんも過保護だったね」
琳が過保護だったのは莉乃に対してだけだ。
「じゃ、行こうか」
修一が手を差し出してきたことに、乃彩は困惑する。
「昔はこうやって、よく手をつないでいたじゃないか」
「昔は昔です。あのときは子どもだったのです」
「なるほど。では、鞄でも持とうか?」
「いえ。このくらいであれば自分で持てますから」
「相変わらず、つれないね。まぁ、そういうところが莉乃と違っていていいんだけれど」
乃彩は修一の半歩後ろを歩く。幼いころも、こうやって彼の背を追いかけたものだ。
コーヒーショップに入ると、空いていた席に座るように言われ、修一がカウンターへと並んだ。
客はまばらで、すぐに飲み物を手にした修一がやってきた。
「ほら、ミルクティー。乃彩は昔からこれが好きだったろ?」
「ありがとうございます」
ミルクティーとフィナンシェがのせられたトレイが、乃彩の前におかれた。
「本来であれば、結婚の祝いの言葉を贈るべきなんだろうけど……。まだ、僕は納得できていないんだ」
早速、修一が本題を切り出してきた。
「先日。乃彩が十八歳の誕生日を迎えたから、僕もおじさんに君との結婚の許可をもらいにいったんだ」
「わたくしと? 莉乃ではなく?」
「莉乃との縁談があがったのは、ほんの数日前だよ。君が日夏公爵と結婚したからって。だけど、僕が結婚したい相手は莉乃じゃない」
「莉乃と結婚しても、春那の次期当主は修一さんになると思いますが?」
「なるほど。君は、僕が公爵位を欲しいがために、君と結婚したいと思っているということか」
目を伏せた修一は忌々しく呟いた。
「はっきりいって、莉乃は公爵夫人の器じゃない。だが、君が日夏公爵と結婚してしまった以上、その重荷が莉乃にのしかかっている」
「あの家に生まれた以上、それは使命のようなものです」
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