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第一章:愛のない結婚(8)
しおりを挟む 乃彩が無事に高等部二年に進学すると、妹の莉乃も高等部に入学してきた。莉乃は新入生代表として壇上に立ち、それを見守る両親もどこか誇らしげだった。
乃彩は進級しても代わり映えのない毎日を送っている。能なし令嬢として、ひっそりと。
しかし、同じ校舎になったというのもあり、莉乃からの呼び出しが増えた。どのような霊力の使い方をしているかわからないが、妹が霊力を激しく消費しているのは感じ取れた。
「莉乃、あまり無茶をしないで。これでは枯渇してしまうわ」
そう言ったところで莉乃に効果などない。
「はぁ? 何、言ってるの? お姉ちゃんは私が学園で活躍するのが気に食わないんでしょ? だから、力を使うなって言ってるの? あんたは能なしなんだから、黙って私の役に立ってればいいんだよ」
そう返されてしまっては、乃彩としては、それ以上何も言えなかった。黙って莉乃に治癒を施し、彼女の内面から霊力を回復させるだけ。
だけど、最近、莉乃に治癒を施すために癒しの霊から反発の力を感じるようになった。念じてみてもすぐには反応が返ってこないというか、少しだけいつもと違う。
それが、乃彩にとって不安だった。ただでさえ特殊な霊力なのに、それが薄れてきているのでは。もしくは、癒しの霊が莉乃の回復を拒み始めたのか。
どちらにしろ、乃彩にとっていい方向ではない。できれば力を使わず温存しておきたいのに、実技の授業が終わるたびに呼び出されては、そうも言っていられない。
だから渋々と、莉乃に治癒をかけるのだった。
そうやって高校生活を粛々と送っていた乃彩に二度目の結婚の打診があったのは、夏休みが明けそろそろ暑さもやわらぐだろう季節に入った頃だった。
「結婚……ですか?」
学園から戻ると、琳の執務室に呼び出された。白を基調とした制服は、暑い夏であってもさわやかさがある。そこに濃紺のタイとベルトというのが宝暦学園の夏服であった。乃彩はスカートの丈も膝が隠れ程度で、太ももがちらちら見えている莉乃とは真逆である。
「そうです。茶月男爵。冬賀家の分家筋ですが、この際、仕方ありません。茶月男爵の妹さんの具合がよろしくないのですよ。一週間前に、出産したらしいのですがね。どうやら、子どもの霊力が強く、母体がそれに負けてしまったようですね」
希に強い霊力を備えたまま生まれてくる子がいる。霊力は心身の成長と共に発現するのが一般的で、そのため宝暦学園で霊力の使い方や強化の仕方を学ぶのだ。
しかし、茶月男爵の妹の子は、胎児でありながらもすでに霊力を備えていたようだ。
胎児は、成長するために母体から必要な栄養をもらう。そこに霊力が加われば、霊力も母体から欲するようになる。母体が胎児よりも強い霊力を備えていれば問題はないのだが、胎児が母体よりも強い霊力を欲すれば、母体は胎児に霊力を奪われてしまい、最悪の場合に陥ることもある。
「今回は、妹さんの霊力が枯渇しそうであったため、緊急手術による出産だったようですが……その後の回復が芳しくありません」
「わたくしは、茶月男爵の妹さんの治癒にあたればよろしいのでしょうか?」
「そういうことです。せっかく生まれた新しい命。母親がいなくてはかわいそうでしょう?」
琳は乃彩のことをよくわかっている。彼女は、苦しんだり悲しんだりしている人を見捨てることができない。
昨年の清和侯爵も、子どもが生まれたばかりだった。そして今回は、茶月男爵本人ではないものの、彼の関係者が同じ境遇に陥っている。
新しい命。輝かしい未来。
これからこの世界を担う彼らには、悲しい思いをしてもらいたくない。
「……はい。この縁談、お受けいたします」
乃彩は進級しても代わり映えのない毎日を送っている。能なし令嬢として、ひっそりと。
しかし、同じ校舎になったというのもあり、莉乃からの呼び出しが増えた。どのような霊力の使い方をしているかわからないが、妹が霊力を激しく消費しているのは感じ取れた。
「莉乃、あまり無茶をしないで。これでは枯渇してしまうわ」
そう言ったところで莉乃に効果などない。
「はぁ? 何、言ってるの? お姉ちゃんは私が学園で活躍するのが気に食わないんでしょ? だから、力を使うなって言ってるの? あんたは能なしなんだから、黙って私の役に立ってればいいんだよ」
そう返されてしまっては、乃彩としては、それ以上何も言えなかった。黙って莉乃に治癒を施し、彼女の内面から霊力を回復させるだけ。
だけど、最近、莉乃に治癒を施すために癒しの霊から反発の力を感じるようになった。念じてみてもすぐには反応が返ってこないというか、少しだけいつもと違う。
それが、乃彩にとって不安だった。ただでさえ特殊な霊力なのに、それが薄れてきているのでは。もしくは、癒しの霊が莉乃の回復を拒み始めたのか。
どちらにしろ、乃彩にとっていい方向ではない。できれば力を使わず温存しておきたいのに、実技の授業が終わるたびに呼び出されては、そうも言っていられない。
だから渋々と、莉乃に治癒をかけるのだった。
そうやって高校生活を粛々と送っていた乃彩に二度目の結婚の打診があったのは、夏休みが明けそろそろ暑さもやわらぐだろう季節に入った頃だった。
「結婚……ですか?」
学園から戻ると、琳の執務室に呼び出された。白を基調とした制服は、暑い夏であってもさわやかさがある。そこに濃紺のタイとベルトというのが宝暦学園の夏服であった。乃彩はスカートの丈も膝が隠れ程度で、太ももがちらちら見えている莉乃とは真逆である。
「そうです。茶月男爵。冬賀家の分家筋ですが、この際、仕方ありません。茶月男爵の妹さんの具合がよろしくないのですよ。一週間前に、出産したらしいのですがね。どうやら、子どもの霊力が強く、母体がそれに負けてしまったようですね」
希に強い霊力を備えたまま生まれてくる子がいる。霊力は心身の成長と共に発現するのが一般的で、そのため宝暦学園で霊力の使い方や強化の仕方を学ぶのだ。
しかし、茶月男爵の妹の子は、胎児でありながらもすでに霊力を備えていたようだ。
胎児は、成長するために母体から必要な栄養をもらう。そこに霊力が加われば、霊力も母体から欲するようになる。母体が胎児よりも強い霊力を備えていれば問題はないのだが、胎児が母体よりも強い霊力を欲すれば、母体は胎児に霊力を奪われてしまい、最悪の場合に陥ることもある。
「今回は、妹さんの霊力が枯渇しそうであったため、緊急手術による出産だったようですが……その後の回復が芳しくありません」
「わたくしは、茶月男爵の妹さんの治癒にあたればよろしいのでしょうか?」
「そういうことです。せっかく生まれた新しい命。母親がいなくてはかわいそうでしょう?」
琳は乃彩のことをよくわかっている。彼女は、苦しんだり悲しんだりしている人を見捨てることができない。
昨年の清和侯爵も、子どもが生まれたばかりだった。そして今回は、茶月男爵本人ではないものの、彼の関係者が同じ境遇に陥っている。
新しい命。輝かしい未来。
これからこの世界を担う彼らには、悲しい思いをしてもらいたくない。
「……はい。この縁談、お受けいたします」
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