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第八章(3)
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イアンの言うとおり、今までも同じ騎士として同じ任務についたことはある。だから今回も、顔見知りの聖騎士ということでイアンを頼ったのだ。名前は忘れていたが。
「そして、巫女であるカリノを信じようとするあなたの真っ直ぐな姿勢に、私もそろそろ自分の思うように動いてみようかと思ったのです。これ以上、私たちのような犠牲者を増やしてはならない……」
そして、イアンは小さく言葉を続ける。
――大聖堂の地下。
フィアナは素早く頷いた。
「さて、そろそろ戻りましょうか。カリノが逆移送となれば、王国騎士団のあなたもまた忙しくなるのでは?」
「私は情報部の人間ですから、直接的な捜査権はもっていないのです。こうやって話を聞いたり、あとは人知れず潜入したりして、情報を手に入れるのが仕事ですから」
「なるほど。情報には嘘も紛れ込んでいますからね。それを見抜くのもあなたたちの仕事というわけですね?」
「そうですね」
送ります、とイアンが言うので、フィアナは素直にその言葉に従うことにした。
ここから騎士団本部の建物まではすぐだというのに。
建物の入り口まで送ってもらい、フィアナはそこでイアンと別れた。
心の奥でくすぶっている熾火は、何に対しての思いなのかわからなかった。
「ただいま戻りました」
普段よりも明るい声で司令室内に入れば、すぐにタミオスが「こいこい」と手を振っている。ちらっと顔でしゃくった先は小会議室だ。さらに指をくいくいと曲げて、ナシオンも連れてこいと訴えていた。
「ナシオンさん」
「あぁ……」
ナシオンもタミオスの不自然な動きに気がついたようだ。
「どれ、紅茶でも淹れてやろうかな」
「また、あの渋い紅茶ですか?」
「お子ちゃまにはあの美味さがわからないみたいだね」
ふんと鼻を鳴らしてから、ナシオンは席を立つ。やはりお茶を準備してから会議室へと向かうようだ。
フィアナは先に会議室に入った。
「よう、お疲れさん。さっき、総帥がものすごい形相で俺を睨んでいった。やらかしたな?」
「やらかしたわけではありませんよ。私は、ただ事実を述べただけです。それに対して、アルテール殿下が墓穴を掘りました」
「墓穴? 何をやらかしたんだ?」
「聖女様が殺害されたときに、殺害現場にいたと、みなの前で証言してしまいましたね」
そこまで言い終えたとき、銀トレイに人数分のカップをのせて、ナシオンが室内に入ってきた。
「楽しそうですね」
「お前のそれは、あいかわらず不味そうだな」
「へっ。酒の飲み過ぎで、舌が狂ったんじゃないですか?」
トントン、ドンとカップをテーブルの上に置き、ナシオンはフィアナの隣の椅子にドサリと座った。
「ナシオンも揃ったことだ。フィアナ、今日の裁判の内容について教えてほしい」
タミオスの言葉に頷いてから、フィアナは先ほど法廷内で起こった出来事を、静かに語り始めた。感情まかせに言葉を荒らげることもなく、ただ事実を淡々と述べるだけ。
それでも話が進むうちに、ナシオンもタミオスも顔を曇らせていく。
「黒だろ?」
ナシオンがぼそりと呟く。
「アルテール殿下だろ? 短剣を落としたとか、子どものような言い訳じゃないかよ。いったいいくつになったんだ、あの人は」
呆れたように言葉を吐き出したナシオンは、紅茶をこくりと飲んだ。
フィアナもひととおり話を終え、渇いた喉を潤すかのようにカップに口をつけた。
「だが、我々が思っていたよりも大聖堂は腐っていたな」
イアンから聞いた内容も、フィアナは彼らに伝えた。今回の事件の根っこの部分には、大聖堂の歪んだ慣例が関係している。
子どもから大人へと成長しかけている巫女に魔石を取り込ませ、聖女、もしくは上巫女へと仕立て上げる。それだって、たくさん巫女がいるうちのほんの数える程度だというけれど、聖女や上巫女として認められた彼女は、教皇や枢機卿たちに身体を弄ばれながら、定期的に魔石を取り込まなければならない。
「そして、巫女であるカリノを信じようとするあなたの真っ直ぐな姿勢に、私もそろそろ自分の思うように動いてみようかと思ったのです。これ以上、私たちのような犠牲者を増やしてはならない……」
そして、イアンは小さく言葉を続ける。
――大聖堂の地下。
フィアナは素早く頷いた。
「さて、そろそろ戻りましょうか。カリノが逆移送となれば、王国騎士団のあなたもまた忙しくなるのでは?」
「私は情報部の人間ですから、直接的な捜査権はもっていないのです。こうやって話を聞いたり、あとは人知れず潜入したりして、情報を手に入れるのが仕事ですから」
「なるほど。情報には嘘も紛れ込んでいますからね。それを見抜くのもあなたたちの仕事というわけですね?」
「そうですね」
送ります、とイアンが言うので、フィアナは素直にその言葉に従うことにした。
ここから騎士団本部の建物まではすぐだというのに。
建物の入り口まで送ってもらい、フィアナはそこでイアンと別れた。
心の奥でくすぶっている熾火は、何に対しての思いなのかわからなかった。
「ただいま戻りました」
普段よりも明るい声で司令室内に入れば、すぐにタミオスが「こいこい」と手を振っている。ちらっと顔でしゃくった先は小会議室だ。さらに指をくいくいと曲げて、ナシオンも連れてこいと訴えていた。
「ナシオンさん」
「あぁ……」
ナシオンもタミオスの不自然な動きに気がついたようだ。
「どれ、紅茶でも淹れてやろうかな」
「また、あの渋い紅茶ですか?」
「お子ちゃまにはあの美味さがわからないみたいだね」
ふんと鼻を鳴らしてから、ナシオンは席を立つ。やはりお茶を準備してから会議室へと向かうようだ。
フィアナは先に会議室に入った。
「よう、お疲れさん。さっき、総帥がものすごい形相で俺を睨んでいった。やらかしたな?」
「やらかしたわけではありませんよ。私は、ただ事実を述べただけです。それに対して、アルテール殿下が墓穴を掘りました」
「墓穴? 何をやらかしたんだ?」
「聖女様が殺害されたときに、殺害現場にいたと、みなの前で証言してしまいましたね」
そこまで言い終えたとき、銀トレイに人数分のカップをのせて、ナシオンが室内に入ってきた。
「楽しそうですね」
「お前のそれは、あいかわらず不味そうだな」
「へっ。酒の飲み過ぎで、舌が狂ったんじゃないですか?」
トントン、ドンとカップをテーブルの上に置き、ナシオンはフィアナの隣の椅子にドサリと座った。
「ナシオンも揃ったことだ。フィアナ、今日の裁判の内容について教えてほしい」
タミオスの言葉に頷いてから、フィアナは先ほど法廷内で起こった出来事を、静かに語り始めた。感情まかせに言葉を荒らげることもなく、ただ事実を淡々と述べるだけ。
それでも話が進むうちに、ナシオンもタミオスも顔を曇らせていく。
「黒だろ?」
ナシオンがぼそりと呟く。
「アルテール殿下だろ? 短剣を落としたとか、子どものような言い訳じゃないかよ。いったいいくつになったんだ、あの人は」
呆れたように言葉を吐き出したナシオンは、紅茶をこくりと飲んだ。
フィアナもひととおり話を終え、渇いた喉を潤すかのようにカップに口をつけた。
「だが、我々が思っていたよりも大聖堂は腐っていたな」
イアンから聞いた内容も、フィアナは彼らに伝えた。今回の事件の根っこの部分には、大聖堂の歪んだ慣例が関係している。
子どもから大人へと成長しかけている巫女に魔石を取り込ませ、聖女、もしくは上巫女へと仕立て上げる。それだって、たくさん巫女がいるうちのほんの数える程度だというけれど、聖女や上巫女として認められた彼女は、教皇や枢機卿たちに身体を弄ばれながら、定期的に魔石を取り込まなければならない。
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